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第五十章 分岐点

決別

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 ミハイルが退学を決めた理由だが……。
 どうやら、俺にあるらしい。
 
 この前スクープされたマリアとのラブホ密会記事。
 報道を知ったことにより、積もりに積もったストレスが爆発したのは、間違いない。
 しかし、彼の中で一番辛かったことは……。

 女に変身したアンナではなく、素のミハイル。
 つまり、俺が男装時の彼を力いっぱい抱きしめ、その場のノリでキッスまでしようとしたから……。

 俺からすれば全部ミハイルだし、アンナでもあるから良いと思うが。
 彼は、酷く傷ついたようだ。

 今も顔をぐしゃぐしゃにして、泣き叫んでいる。

「タクトはさ! 一体、誰が好きなの!? もう、オレ……タクトの気持ちが分からないんだよ!」
 ど直球の質問に、俺は動揺する。
 この場をまたあやふやにすれば、きっと彼を傷つけてしまう。
「俺は……」
「なんなの!? オレを抱きしめて、なんでアンナは抱きしめてくれなかったの! どうして、オレにキスをしようとしたんだよ……」
 自身の唇に触れ、思い出しているようだ。
 
 ミハイルのやつ。俺が抱きしめたことで、混乱しているようだ。
 俺がやったことは、間違いない。
 でも、今決めないとダメなのか……。

「聞いてくれ。俺はアンナを取材対象として、大切にしている。だから、なるべく優しく接するように心掛けている……つもりだ」
「グスンッ。それで?」
「だから、なんていうか。距離感がちょっと違って。その点、ミハイル。お前はマブダチだから、心を許せる存在ていうか……」

 言いかけている最中で、ミハイルの怒鳴り声に遮られる。

「ほらねっ! タクトっていつもそうじゃん! 普段から『物事を白黒ハッキリさせないと気が済まない』て言うけど……。ここぞって言う時、いつもはぐらかすじゃん!」
「そ、それは……ちゃんと答えるよ」
「じゃあ言ってよ。どうして、誕生日にオレを選んだの?」

 ミハイルは真っ直ぐ、俺を見つめている。
 緑の瞳は涙で潤んでいた。
 俺が出す次の答えで、彼の運命が決まりそうだ。
 でも、今はなにも準備していない。計画も立てていない。そんな俺が言えるのか?

「す、す……」

 喉元まで、その言葉は出てきているのだが……。
 この一言を口から発すれば、今までの関係は終わってしまう。
 それが怖い。
 たった二文字なのに……。
 言ってしまえば、どちらかが傷つく。そんな気がした。

「す、すごく大事なダチだからさ……」

 本当のことが言えなくて、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
 ミハイルの顔を見ることができなくなり、視線は地面へと落ちる。

 俺の答えを聞いたミハイルは、黙り込んでしまった。
 ダチのミハイルも、カノジョ役のアンナも、失いたくない。
 だから、俺は嘘をついてしまった。
 一番嫌いな行為だ。

  ※

 数分間の沈黙が続いた後。
 最初に口を開いたのは、ミハイルだった。

「もう……終わりにしよ」
「え、なにを?」
「オレたちの関係」
「!?」

 俺は恐怖から、両手で頭を抱える。
 聞きたなくなかった。
 このあとの言葉を……。

「タクト。いつになっても白黒ハッキリできないもん。このままじゃ、アンナが泣いてばっかりだよ」
「ま、待ってくれ。もう少し時間はないのか?」
 俺の問いに、彼は首を横に振る。
「もう、遅いよ……だって……決めてくれないんだもん」
「ミハイル、俺は」

 お前のことが……。ここまで、出てきているのに。
 どうしても、言えない。

 何も言えない代わりに、ミハイルが答えてくれた。
 いや、情けない俺を、見ていられなかったのだと思う。
 顔を真っ赤にして、叫んだ。
 
「お前なんか、もうダチじゃない! 絶交だ!」

 彼の小さな唇から発せられた言葉は、巨大な砲弾となり、俺の胸を打ち抜く。
 風穴が開いたんじゃないかってぐらい、デカい穴が出来ちまった。
 あまりの衝撃に、俺はその場で膝をつく。

「そんな……俺たち、マブダチじゃないのか?」
「アンナのことを大事にできないタクトは……もうダチじゃない!」
「待ってくれ。約束……契約はどうなる? これからの取材は?」
「知らないよ! アンナそっくりのマリアとでも、すれば!」
「……」

 そう吐き捨てると、ミハイルは俺に背中を向けた。
 公園を飛び出し、駅へと走り去ってしまう。
 
 一人取り残された俺は、地面に両手をつき、呆然としていた。
 しばらくすると、目からぽつぽつと涙がこぼれ落ちる。

「たった一人のダチなのに……俺はまた失ってしまったのか」

  ※

 数十分ほど経っただろうか?
 誰も遊ばない公園で、四つん這いになっていると……。

 近くのブランコが、ぎーぎーと音を立てて、揺れているのに気がつく。
 
「あ~あ、止められなかったか……新宮なら出来ると思ったんだがな」
 嫌味たっぷりに喋る女性は、チャイナドレスを着た淫乱おばさん。
 宗像先生だ。
 いつから、この場にいたのかは知らないが。
 どうやら一連の出来事を、近くで見ていたらしい。
「先生……」
「そんな顔すんなよ」
 宗像先生はブランコを前後に激しく揺らした後、一番高い位置で飛び降りた。
 キレイに地面へと着地したら、鼻の下を人差し指でこする。
「ヘヘヘ。振られちまったもんは、仕方ないよな! でも、諦めるな。とりあえず、話を聞かせろ。お前たちは二人とも、私の大事な生徒だからな」
「はい……」

 この時ばかりは、宗像先生を頼るしかないと思った。
 ていうか、見ていたなら。助けてよ。
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