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第四十五章 クリスマス前哨戦
もう一つのクリスマス・イブ
しおりを挟むアームレスリングの優勝者が決まり、クリスマス会も終わりを迎えようとしていた。
最後にみんなで黒板の前に立ち、集合写真を撮ろうと宗像先生が提案する。
各自、まとまりの悪い集まり方で……。
先生に言われた通り、真面目に黒板の前に立つ者もいれば、床の上であぐらをかく者もいる。
こういうところが全日制コースと違い、集団行動が苦手と分かる。
宗像先生が今時、なかなかお目にかかることがない、インスタントカメラを持ってきた。
一生懸命フレームに収まるよう、撮影に必死だ。
ガニ股になってまで、位置を測っているから、紫のレースパンティが丸見え。
一応、先生も頑張っているので「しんどっ……」とは、言えなかった。
それよりも、今の俺にとって……一番辛いのは、隣りに立っているマブダチのことだ。
涙こそ枯れたものの、マリアの語った過去を未だに引きずっている。
そして、彼の心理ダメージは、計り知れない。
黙り込んで俯いているミハイルを見て、心配になり声をかける。
「なあミハイル……だ、大丈夫か?」
しかし、彼は何も答えてくれない。
というより、喋る気力がないように見える。
「……」
これはかなりの重傷だ。
そう思っている間に、集合写真の撮影は終わってしまったようだ。
俺もそうだが、ミハイルも目線は、きっとカメラに向けられなかっただろう……。
だが、これでようやくクリスマス会も終わりだ。
この後、一緒に電車でミハイルと帰れる。
2人きりになれば、話題を変えて彼をフォローできるかもしれない。
しかし、次の瞬間。
宗像先生から衝撃の一言が発せられた。
「よし。じゃあ、先ほどのアームレスリング大会で、優勝した千鳥と冷泉は前に出ろ。お互い、イブを過ごしたい相手を指名してな」
「えっ……」
忘れていた。
優勝した選手は、クリスマス・イブを一緒に過ごせる権利がもらえるんだった。
これには、俯いていたミハイルも反応し、顔を上げる。
「クリスマス……イブ……」
なんて、悲しい顔だ。
長い付き合いだが、ここまで落ち込んだ顔は初めてだ。
俺は……ミハイルの震える小さな肩を優しく掴むことすら、できないのか。
※
サンタさんとトナカイが描かれた黒板の前に、宗像先生がイスを2つ並べて置く。
まず、男子部門の優勝者であるリキが座り、インタビュー形式で、先生が彼に尋ねる。
「千鳥。イブを一緒に過ごしたい奴は、この教室の中にいるか?」
「はい! い、いますっ!」
リキにしては珍しく、動揺していた。
「よぉし。じゃあその名前を叫べっ! そしたら、この蘭ちゃんサンタさんが叶えやろう!」
またノリで無責任なことを言ってから……真に受けるじゃん。生徒たちが。
その証拠に、リキはかなり緊張していた。
まるで、告白する時みたいに。
「あ、あの……俺はクリスマス・イブを北神 ほのかちゃんと過ごしたいっす!」
男らしく潔い告白……ではなく、公開処刑だと思った。
夏休みに振られたのに、あいつ……。
リキはほのかへの想いは変わらず、むしろ以前より大きくなっているように感じる。
ま、俺からしたら「何がいいんだ?」って思う。
ただの腐女子じゃないか。
リキの告白により、静まり返る教室。
みんなの視線は一斉に、ひとりの眼鏡女子。北神 ほのかへと向けられた。
自身の名前を呼ばれたほのかは、黙り込んでいた。
俯いて、肩を落としている。
その姿を見た俺は、咄嗟に半年前の出来事を思い出す。
『私は……今。夢で忙しいの! 絡めることしか、考えてないの!』
別府温泉でほのかが、リキを振った時の言葉だ……。
またあんな風に、断られる。
そう感じた。
でも、俺には何も出来ない。
特に今は……隣りに立っているミハイルが心配だ。
「おぉい! 北神ぃ! どうなんだ? 24日を千鳥と過ごす気はないか!?」
デリカシーのない宗像先生が、追い打ちをかけるように、大きな声でほのかに返答を迫る。
先生の大声でようやく、視線を上げるほのか。
虚ろな目でリキを見つめる。
この感じじゃ、また振られるだろう……そう思ったのだが。
彼女の口から発せられた言葉は、意外なものであった。
「えっ? 24日……ですか!? あ、行きます。是非ともリキくんと一緒に行きたいです!」
これには、告白した本人も大喜び。
イスから立ち上がって、ガッツポーズを決める。
「よっしゃー! ほのかちゃんとイブを過ごせるなんて! 俺……諦めなくてよかった」
余りの嬉しさに泣いているよ……。
でも、なんか俺まで泣きそう。
だって、これまでリキは、体当たりの取材をやってきたからな。
まさかの「YES」をもらえたことにより、リキは喜んでほのかを迎えに行く。
黒板の前に設置された撮影ブースへ連れて行くためだ。
ハゲた王子さまと、腐った眼鏡のお姫さま。
「素敵よっ!」と心の中では叫びたかった……が。
ほのかがイスに座った瞬間、現実へと突き落とされた。
「いやぁ。私も24日は絶対に外せない予定があってさ。まさかリキくんも行きたいとは思わなかったよ♪」
俺は彼女の言う『予定』で、すぐに思い出した。
そうだ。
12月24日は、クリスマス・イブでもあるが……コミケも開催されるんだった。
冬のやつ……。
だが、そのことはリキに一切伝わっていない。
「そうなの? じゃあ、俺も一緒に連れていってくれる?」
「もちろんだよ~ 絶景の撮影スポットもあるから、楽しみにしていね♪」
と親指を立てて笑う、ほのか。
絶景ね……どうせ二次創作の裸体パレードだろ。男だらけの。
お互い、意思疎通は取れていないが、まあイブを2人で過ごせることには違いないから……。
良かったね、リキ先輩。
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