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第四十一章 ヒロインは一人で良い

強すぎたヒロイン

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 結局、上映が終了するまで、戻って来なかったマリア。
 仕方ないので、俺は彼女の飲みかけのドリンクと残ったポップコーンを持って、スクリーンから退場する。
 出口でスタッフが大きなゴミ箱を用意して、立っていたので、ゴミを手渡す。
 売店あたりを探しても、彼女の姿が見えない。

 本当にトイレで居眠りしているでのはないだろうか?

 俺は心配になり、女子トイレへと向かった。

 廊下を奥へと進むにつれて、なんだか人を多く感じる。
 何やら騒がしい。
 俺も人ごみを掻き分けて、前へと進む。


「やめてっ!」
「いいじゃないかぁ~」
「イヤだって言っているでしょ! 警察を呼ぶわよ!」
 なにやら言い争っている。
「フフ……ずっと探していたよ。ア・ン・ナちゃん♪」
 
 視線をやれば、スーツ姿のチビ、ハゲ、デブの中年オヤジが、マリアの白く細い腕を無理やり引っ張っている。
 キモッ! と叫びたいところだが、このオジさん……以前会ったことがあるな。

 そうだ。半年前、初めて“女装したアンナ”とデートした時、ハーフの女の子と勘違いして、痴漢した犯罪者だ。
 俺が後に警察へと突き出した、前科もちのオジさん。
 出所していたのか……。


「いい加減に離してくれる? 私はアンナじゃないわ。マリアよ」
 碧い瞳をギロッと光らせて、睨みつける。
「ウソだよぉ~ き、君みたいな可愛いハーフの天使ちゃんは、世界でひとりだけだよ~ おじさん、半年間アンナちゃんを探していたんだ。あの柔らかくて真っ白な太ももの感触。忘れられないよぉ♪」

 この人、ガチもんだ……早く治療した方が良いかも。

 しかしマリアを、“女装したアンナ”と見間違えても、仕方ないだろう。
 双子ってぐらい、そっくりの容姿だからな。

 当のマリアときたら、天敵であるアンナと間違えられ、小さな肩をブルブルと震わせて、怒りを露わにしていた。

「私が……あのブリブリ女と同じレベルだと言いたいの? すごく不快なのだけど」
 オジさんの腕を引っ叩く。
 叩いた瞬間、なんか骨が折れるような音が聞こえてきた……。

 もちろん、オジさんは悲鳴をあげる。
「い、痛いよ! なにするんだ、アンナちゃん。半年前の“デート”を忘れたのかい?」
 マリアは何を答えることもなく、右手に拳を作り、オジさんの顔面めがけて、ストレートパンチをお見舞い。
 鼻からキレイな赤い血を吹き出し、地面へと倒れ込むオジさん。
「ブヘッ!」

 これで終わりかと思ったが……マリアの怒りは止まることなく、オジさんの元へとゆっくり近づき。
 倒れているオジさんの胸ぐらを掴むと、軽々と左手で持ち上げ、動けないことをいいことに顔面へと拳を叩きつける。
 何度も、何度も……繰り返し。

「ねぇ、私の名前はなに?」
 冷たい声で問いかける。
「ブヘッ……あ、アンナちゃんです……グハッ!」
 その答えが、更に彼女をヒートアップさせる。
 オジさんの顔を殴りつけるスピードがどんどん速く、そして殴る力も強くなる。

「もう1回、言ってごらんなさい?」
 マリアの瞳からは輝きが失せ、ブルーサファイアというよりは、ブラックサファイアが正しい表現だ。
「あ、アンナちゃん……がはっ!」
 殴られ続けたオジさんの顔は、腫れ上がってもう原形がない。
 別人のようだ。

 なんて、バイオレンスな女子。
 タケちゃんの暴力描写より、酷いし怖い。

 このままでは、マリアが加害者になってしまうので、俺が止めに入る。

「おい! もう、その辺でいいんじゃないか?」
 彼女の小さな肩を掴むと、ゆっくりとこちらに視線を向けられた。
 顔は鬼のような険しい剣幕で、今にも殴りかかってきそう。
 怖すぎるっぴ!

「あら、タクト……」
 俺の顔を見た瞬間、彼女の瞳に輝きが戻る。
「マリア。そのおじさんは以前、痴漢を犯した前科もんだ。アンナの……ストーカーなんだ。許してやってくれ」
「ふぅん……そうだったの。まあタクトがそう言うなら、許してあげるわ。オジさん、覚えておきなさい。私の名前は、マリア。冷泉れいせん マリアよ」
 そう言って、地面に倒れているオジさん目掛けて、唾を吐く。
 もちろん、顔にだ。
「ヒッ! お、覚えました! マリア様ぁ!」
「それでいいのよ。今度、私に触れたら、また顔を変形させてあげるわ。この拳でね」

 よ、容赦ないなぁ……。
 見た目が同じでも、こういうところは全然違う。
 なんていうか、可愛げがない。
 守ってあげたくなるのは、例えあざとくても、アンナなのかもしれない。
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