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第四十一章 ヒロインは一人で良い

釣られやすい主人公

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 あれから、一週間が経とうとしていた。
 ミハイルの状態は少し良くなったと、姉のヴィクトリアから連絡はあったが……。
 まだ熱が完全に引いてないので、しばらく自宅で安静にさせると言っていた。

 俺もその方が良いだろうと感じた。
 あの健康で頑丈な身体だけが、取り柄のミハイルだ。
 よっぽど、疲れていたのだろう……。

 ま、俺もあれから一週間はダラダラと過ごさせて、もらっている。
 超短期で20万字も書いたから、肩こりが酷い。
 新聞配達とレポート作成以外、ほぼ寝込んでいた。

 寝込むというのは、ちょっと表現が違うな。
 正しく言うのならば……。

「み、ミハイルの唇って……柔らかいんだな」

 と先日の“事故”を毎日思い出しては、悶々と過ごしていた。
 あの瞬間、もちろん驚きはしたが……それよりも。
 ミハイルの閉じた瞼が、目に焼き付いて頭から離れない。
 高熱で頭がフラついていたからだと思うが、なんで俺にあそこまで身を委ねられるというんだ?

 考えただけで、胸が痛い……いや、これは違う。
 ドキドキしているのか?
 俺が、男にときめいているとでも言いたいのか。
 違う! 断じて、俺にそっちの気はない!

 と脳内で、完全に否定はしているのだが……。
 布団の中で肯定してくる方が一人。僕の股間くんです。
 元気すぎるのです。一週間前から。

 なので、布団に入り込んで、隠しているのだ。
 妹にバレたくないから。


 一人、布団の中で葛藤していると、枕元に置いていたスマホが振動で揺れた。
 画面を見れば、初めて見る名前だ。
「冷泉 マリア」
 そうか。彼女とは、連絡先を交換していたのだった。

 とりあえず、電話に出てみる。

「もしもし?」
『タクト、久しぶりね』
 なんでか知らないが、マリアの声を聞いた瞬間。
 股間の熱が一気に冷めてしまった。
 きっと理性が働いたからだろう。

「ああ、久しぶりだな。どうした?」
『どうしたって……この前、言ったでしょ。返してもらうって』
 偉くドスの聞いた声だ。
 怒っているようにも感じる。
「返す? 俺、お前から映画でも借りていたか?」
『本当に記憶力の低い男ね、あなたは……』
「すまん。マリアが返してもらいたい物ってなんだ?」
 俺がそう問いかけると、彼女は深呼吸してから、こう言った。

『あなたのハートでしょ』
「……」

 そうだった。
 マリアはメインヒロインであるアンナに対して、敵対心を抱いているんだった。
 10年前に約束した婚約を破棄させるまで、俺の心を奪ったと勝手に勘違いしている。
 だから、この前一ツ橋高校で、男装時のミハイルに宣戦布告したばかりだ。


 俺は言葉を失っていたが、マリアは構わず話を進める。

『タクト。あなたは小説のために、あのブリブリ女と取材したのでしょ? そのせいで、記憶が封印されてしまったのよ』
「え?」
『なら、そのブリブリした記憶を私が改ざんしてあげる』
「すまん。ちょっと、言っている意味がわからないのだが……」
『簡単なことでしょ? 10年間の空白を埋めましょ。デート、取材をしましょ』
「あ、そういうことか……」

 しかし、引け目を感じる。
 メインヒロインである、アンナ。いや、ミハイルは今、床に臥せている状態だ。
 そんな時に、俺だけが一人で遊びに行ってもいいのだろうか?

 今回ばかりは、さすがに断ろう。
 
「マリア。悪いが今回はちょっと……」
 そう言うと、彼女が鼻で笑う。
『もしかして、アンナに引け目を感じているの? 別にただの取材じゃない。それに彼女とはまだ恋愛関係に至ってないのでしょ。なら、いいじゃない?』
「いや……そういうことじゃなくて……」

 スマホの向こう側から、「ふふふ」と笑い声が聞こえてくる。
 そして、マリアは甘い声でこう囁いた。

『今回の取材は、タケちゃんよ』
「え!?」
 思わず、布団から飛び起きてしまう。
『新作の映画チケットを無料でゲットしたのよ、二人分。どうする?』
 俺は即座に反応してしまう。
「行きます!」
『じゃあ、明日の朝。博多駅、いつもの場所で会いましょ』

 電話を切ったあと、少し後悔してしまった。
 タケちゃんというパワーワードにより、考えもせず、即答してしまった。

 まあ映画を見るだけだし、良いよね。
 それに、本体であるミハイルは今、寝ているし……。

 だって、タケちゃんの新作だもん!
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