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第三十八章 新時代の幕開け
男の娘と女の子
しおりを挟む廊下の床に座り込んでいるひなたが、その二人を交互に見つめて、こう言った。
「え、アンナちゃん?」
初めて見る彼女からすれば、間違ってしまうのは仕方ない。
瞳の色以外は、双子ってぐらいにそっくりなのだから。
俺はひなたに手を貸して、立ち上がらせてあげる。
「大丈夫か? ひなた」
「ええ……新宮センパイ。一体、どういうことなんですか? なんで、アンナちゃんが高校に。それに私の胸を触ってきて……もしかして、レズだったんですか?」
「……んなこと、あるわけないだろ」
思わず、冷静に突っ込んでしまう。
だってアンナは男だからレズビアンにはなれない。
いや、自分を女だと思って、同性が好きと言うのなら、可能か……。
と、どうでもいい事を考えていると、当の本人が怒鳴り声をあげていた。
「お、お前! いきなり、何するんだよ! ひ、ひとの胸なんか触って!」
ミハイルはかなり興奮している様子だ。
だが、それよりも自分にそっくりなマリアを見て、驚いているようだ。
対して、マリアは特に悪びれるわけでもなく、鼻で笑う。
「フン。別に減るものでもないでしょ? あなたが女の子だと思ったから、触ったのよ。タクトの好みに一番近いルックスだったから」
あいつ、人のことをなんだと思ってるんだ……。
しかもその言い方だと、「タクトはあなたが好きです」って代弁しているようなものじゃないか!
「ハァ? お前、タクトのなんなんだよ!? タクトはオレのダチだっ!」
両者は一歩も怯むことなく、至近距離で睨みあう。
「私は冷泉 マリア。タクトの婚約者よ」
余裕たっぷりと言った感じで、長い髪をかきあげる。
聞きなれない言葉にうろたえてしまうミハイル。
「こ、こ、婚約者!?」
視線を俺に向けて「ウソだろ」みたいな顔で怯んでいた。
オーマイガー!
絶対に会わせたくない、二人が出会ってしまった……。
気まずかった俺は、視線を逸らす。
脇から汗がにじみ出るのを感じた。
生きた心地がしない。
※
驚くミハイルに構わず、マリアは話を続ける。
「ねぇ。あなたが例のブリブリ女。アンナじゃないの?」
そう問われて、ミハイルはビクッと背中を震わせた。
「あ、アンナは……お、オレのいとこだ!」
「いとこねぇ。それにしても、おかしいわ……タクトの書いた小説では、確かこんな表現で描かれていたのよ」
細い顎に手を当てて、考え込むマリア。
そして、記憶力の良い彼女は、俺の書いた文章をペラペラと語り出す。
「えっと……ヒロインはヤンキーで主人公のため、好みにあわせた地雷系ファッションを着用する痛い子で。ハーフ、低身長の華奢な体型。そして、タクト好みのペドフィリアタイプ……つまり、貧乳ってことね」
酷い。俺が書いたとはいえ、面と向かって本人の前で晒すなんて……。
自身のルックスを詳細に語られて、ミハイルは顔を真っ赤にしていた。
「そ、それは……オレじゃない! いとこのアンナだ!」
なんて言い訳するが、どうにも歯切れが悪い。
本人だからね。
「ふぅん。おかしいわね……この高校にタクトが通学していると、出版社の人から教えてもらったから、校内の女子高生を片っ端から探したけど。一番ヒロインに近い体型は、あなただわ」
マリアはミハイルを怪訝そうな顔で見つめる。
「ち、違うって言ってんだろ! オレは男だ! タクトのヒロインは、女の子のアンナなのっ!」
「あら、そうなの……残念ね。確かにこの手に残る感触は、タクト好みのペドフィリア胸部だったのだけど」
なんて、自身の右手を開いては閉じて、思い出している。
ていうか、ペドフィリア胸部ってなんだよ!
いきなり婚約者と名乗る女の子が現れて、ミハイルは驚きを隠せずにいた。
身体をプルプル震わせて、どこか怯えているようにも見える。
あの伝説のヤンキーがだ。
きっと、自分にそっくりな女の子が、この世に存在している事が信じられないのだろう。
しばらく、涙目でマリアを黙って睨みつけた後……。
なにかに気がついたようで、「あぁっ!」とマリアの顔に指をさす。
「お前だろ! タクトに無理やり、胸を触らせた女って!」
それを聞いたマリアは、至って冷静に答える。
「胸を触らせた、ですって? 別に普通のことでしょ。だって、タクトとは10年前からの付き合いだもの。それにタクトが約束してくれたのよ。心臓の手術に成功して、貧乳だったら、結婚してあげるってね」
ファッ!?
もういい加減にして、マリアさん……。
「け、け、結婚だと! お前……タクトが優しいからって、何でもかんでも好きにしていいわけじゃないぞ!」
そう強がってみせる彼だが、白くて長い2つの脚がガクガク震えている。
「フンッ。男のあなたには関係のないことでしょ。私からタクトを奪ったブリブリ女を一目拝んでやろうと、女子高生たちの胸を触っていただけよ」
えぇ……同性でも犯罪でしょ。
ミハイルとマリアが激しく言い争っているなか、隣りで聞いていたひなたが、低い声で言う。
「センパイ、こっち向いてください」と。
俺は黙ってそれに従う。
彼女の方へ首を向けると、一発。
パァン!
右の頬を平手打ち。ひなたの必殺技ですね。
「いって……なにすんだよ」
俺の問いに答えず、更にもう一発。
パァン!
今度は、反対の頬をブッ叩く。
「いっつ! お前、なにすんだ……」
ひなたの顔を覗き込むと、鋭い目つきでこっちを睨んでいた。
「新宮センパイ。あのマリアって子の胸を触ったんですね」
「え……」
「最低です。一発はアンナちゃんの分。もう一発は私のです」
なに、その自分ルール。
めっちゃ痛いし、理不尽すぎませんか。
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