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第二十六章 真夏の夜の部

君は男の娘の涙を見る……

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 アンラッキー? なことに、俺はまたしても女物の下着を履くことになった。
 とりあえず、アンナが心配していたので、トイレからベッドに戻る。
 俺が「悪かったな、下着」と言うと、彼女は頬を赤らめて、視線を落とす。
「こ、今回だけだからね……帰ったら捨ててよね、絶対」
「了解した」
 絶対永久保存しとく。

 彼女は俺のことをすごく心配していたようで、とりあえず、尻はなにかぶつけたことにしておいた。
 そう説明すると安心して、またマッサージを続けたいと言われた。

 今度は仰向けに寝て、腕や脚を揉みほぐされる。
 手のひらのつぼや、指を一本ずつ関節ごとに優しく押してくれる。
「あぁ~」
 思わず、声がもれる。
 気持ち良すぎる。
「ふふ☆ タッくん気持ちいい?」
「アンナ、本当にうまいなぁ……」
 急に眠気が襲ってくる。
 ウトウトし始めること数分で、俺は寝落ちしてしまった。

 ~数時間後~

 スマホのアラームで目が覚める。
「しまった!」
 咄嗟に身を起すと、部屋には誰もいなかった。
 ベッドから立ち上がり、彼女の姿を探してみる。
 近くのローテーブルに一枚のメモが置いてあった。

 可愛らしいネッキーがプリントされたメモ紙。
『タッくんへ。気持ち良そうに寝ていたから、起さないでおくね。アンナは先に福岡に帰ってるよ☆ また取材しようね☆』

「そうか……悪い事したな」
 あれだけ長時間マッサージまでしてくれたというのに。
 別れも告げられなかったのか。

 ん? ということは、本体のミハイルはどこにいるんだ?
 スマホで現在の時刻を見れば、『7:32』
 朝食の時間だ。
 昨晩食べたレストランで、ビュッフェが用意されていると聞いた。
 この部屋にアンナがいないのなら、彼も今頃朝食を取りにいっているのだろう。

「俺もそろそろ飯を食いに行くか」
 と部屋を出る前に、尿意を感じた。
 トイレに向かう。

「ほわぁ~」
 あくびをしながら、ガチャンと扉を開く。

「あ」
 目の前にいたのは、ポニーテール姿のミハイル。
 便座に座っていた。
 俺と目が合うと、
「あぁ……」
 と嘆く。
 真っ青な顔で。

 俺も身動きが取れずにいた。
 ドアノブに手を回したまま、硬直している。
 当のミハイルと言えば。
 左手でトイレットペーパーを手に取り、右手で丸めている最中だった。
 いつも履いているショートパンツは、膝あたりまで降ろされている。
 もちろん、下着もだ。ライムグリーンのボクサーブリーフ。
 しかし、それよりも俺は、とあるものに釘付けになってしまう。

 それは彼の股間。
 一言で表現するならば、粉雪。
 草が一つも生えてない未開拓地。
 そこに真っ白な雪が積もり、キラキラと輝く。

 小さすぎる……手乗りぞうさん。
 15歳にしては、あまりにも矮小な短刀。
 か、カワイイ。

 気がつくとその言葉が、頭の中に浮かんだ。
 俺はノンケだし、バイセクシャルでもない。
 なのに、なんだ。この胸の高鳴りは……。

 こんなに小さくてパイテンなおてんてん、見たことないよ!
 可愛すぎる、ミハイルの!
 
 なにか似ている。
 はっ! わかった。
 博多銘菓の『白うさぎ』だ!

 紅白饅頭で、マシュマロと白あんで作られたうさぎの形の和菓子。
 もちろん、白い方だ。
 となればどこからか、聞こえてくる。
 あのCMの歌が。

『白うさぎ~ 白うさぎ~ あなたのお目めはなぜ青い~?』

 とここまでの体感時間、10分ぐらいなのだが。
 実際は、お互いに固まっていること、数秒に過ぎない。

 ミハイルは俺の顔を見て、咄嗟に太ももを内側に寄せ股間を隠す。
 驚きの表情から、顔を真っ赤にさせて、近くにあったものを俺目掛けて投げまくる。
「なに、開けたままにしてんだよ! 早く閉めろよ、タクトのバカバカッ!」
 石鹸や歯磨き、シャンプーのボトルなどが、次々と俺の顔面にブチ当たる。
 が、俺は未知の小動物を発見してしまったので、身動きが取れない。
「白うさぎ……」
「何言ってんだよ、バカッ! 早く出てけ!」
「ああ、すまん……白うさぎ」
 そう言って、トイレのドアを閉めた。

 閉めても未だに、扉の向こうからはミハイルの怒号がこちらにまで響き渡っている。
 しかし、彼の声が俺の耳に届いてくることはない。

「白うさぎ……白うさぎ」
 気がつけば、ずっと連呼していた。

 それからの意識は、ない。

 後々、ミハイルから聞いたが、俺の状態がおかしくて、ろくに歩けなかったらしい。
 朝食も彼に引っ張られて食べに行ったものの、ピクリとも動かないので、彼が献身的に介護したらしい。
「あーん」とスプーンを俺の口に寄せても。
「うさぎだぁ~ うさぎさん~」
 と笑っていたらしい。

 
 気がつくと、俺は福岡に帰っていた。
 心配したミハイルが自宅まで送ってくれたらしく。
 意識を取り戻したのは、次の日の朝だ。

 自室の学習デスクに紙袋が一つ置いてあった。
 博多銘菓『白うさぎ』

 妹のかなでが、俺に向かって訊ねる。
「おにーさま? やっと正気に戻りましたの?」
「はっ!? 俺は一体今までなにを……」
「ミーシャちゃんが心配してましたわよ。別府温泉に行ったのに、わざわざ博多銘菓の『白うさぎ』を買う買うっていう事を聞かなくて、困っていたらしいですわ」
「え、マジ?」
「はいですわ。帰って来てもずぅーっと、あれを食べてましたわね。普段食べないのに。5箱も食べてましたわ……」
「……」
 なんだか、急に胃が痛くなってきた。

 こうして俺の初めて旅行。
 そして、一ツ橋高校一年目の春学期は、無事に終業したのである。
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