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第二十章 夜の大運動会

最終種目

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 第三種目である『地獄の頭かち割っちゃうよ、逆立ちロワイヤル』は、30分以上も苦戦を強いられた。
 ミハイルもクモの乱入でトラブルなどもあったが、どうにか耐え抜いた。
 対する三ツ橋高校側は、ひなたと福間のコンビが勝ち残った。

 余裕と思われていた生徒会長の石頭くんは、念仏を唱えている最中に血の気がなくなり、危うく即身仏になりかけてしまう。
 見兼ねた光野先生が、彼を棄権させたのだ。
 本当に命をかけてしまったんだな。バカな生徒会長。


 決勝戦に残ったのは、一ツ橋から俺とミハイル、三ツ橋からひなたと福間。
 
 宗像先生が、グラウンドに入ってくる。
 二つのフラフープを地面に置く。
「青色は男子、ピンク色は女子だ」
 は? いきなり何を言いだすんだ。この人は。

 俺たち生徒が訳が分からないといった顔で、ポカーンとしている。それを見た宗像先生が「早く入らんかっ!」と怒鳴る。
 要領を得ない俺が、先生に声をかける。

「フラフープの中に入れってことですか?」
「そうだ。男子の新宮と福間は青。女子の古賀と赤坂はピンクだ!」
「あ、わかりました……」
 先生にそう言われて、黙って福間とフラフープの中に入る。
 ミハイルとひなたも同様だ。
 てか、ちょっと待てい!
 なんで男子のミハイルがピンクに入ってるんだよ!

「宗像先生、ミハイルは男ですよ?」
 俺がそう言うと、先生はギロッとこちらを睨む。
「あぁ? 仕方ないだろ……他に女子がいないんだ。古賀は男だけど華奢だし、女の子相手にちょうどいいじゃないか」
 いや、ミハイルさんは物凄いバカ力なんで、ひなたはボコボコにされますよ。
 なんの試合するのか、まだ聞いてないからわからんけど。
「しかしですね、公平性が……」
「やかましい! とっと始めるぞ! 早く運動会終わらせないと、グラウンドの照明が落ちるんだよ!」
 先生にそう言われて、ふと運動場の時計に目をやる。
 もう夜も遅い。
 既に運動会が始まって3時間以上が経っていた。
 夜の10時半を超えている。
 あっれ~、おかしいな。
 なんで未成年の俺らが、まだ学校に残っているんだろうね?
 そっか、このアラサーのくせして、ブルマ履いているバカ教師のせいだね。

「ハァ……」
 反論する余力もなくなってきた。
 というかバカバカしい。

「んじゃ、仕切り直しだ!」
 そう言うと、宗像先生はマイクを片手に持つ。
「貴様らっ! これで最後だ! ただいまから決勝戦をはじめるっ!」
 なぜかプロレスの司会者みたいな盛り上がりだ。
 それに反して、生徒たちは疲れきっていた。

「「「おお……」」」
 やる気ゼロ。
 何人かは疲れて居眠りしている。
 そりゃそうだよな。もう深夜に近い時間だもの……。
 虐待だよ、生徒虐待。


「ルールの説明は不要だ! フラフープの中から先に出た方が負け! それ以外は何をしても良し! 殴ろうが蹴ろうが、ブチ殺そうが、死ぬまでやり合え!」
 ファッ!?
 なにを言いだすんだ。
 反則どころか犯罪じゃねーか。
 ファイトクラブやりにきたんじゃないぞ、俺たちは。

「では、見合って見合って……」
 宗像先生はどこからか、軍配を持ってきて、それを構える。


 目の前に立ちそびえる巨人……に見えたのは、福間 相馬。
 以前、こいつとはひなたの件で一発やられたからな。
 負けたくはない。
 ただ、俺より身長が10センチ以上は高いし、たくましい筋肉で覆われた鎧を装備してやがる。
 自慢じゃないが、俺は弱い。
 小学校の時だって、ドッジボールは逃げ専門だ。

「よぉ、新宮! 運が悪かったな、この水泳部の王子様が相手でよぉ」
 上から俺をのぞき込む。
 指をポキポキ鳴らして、威嚇のつもりなのだろう。
 てか、自分で王子様とか痛いやつだな。
 そんなんだから、ひなたに好かれないんだぞ。

「くっ! 福間か……暴力はやめにしないか?」
 冷や汗が出る。
 こいつと力比べして、絶対に負ける自信ならある。
 何か策はないか?
「ぼーりょく? さっき若くて美人の蘭ちゃん先生が言ってた通りだ。これはスポーツなんだから、先生の説明したルール内なら反則にはならないぜ?」
「なん……だと?」
 洗脳されてやがるぜ。
 しかも、こいつ宗像先生のことをやけに褒めちぎっているな。
 あ、福間と初めて出会った時、先生のことを「BBA、オワコン」だとか言って締め上げられてたな。
 恐怖によるマインドコントロールか。
 なんてことだ。
 敵はアラサー教師にあり!


 頬から汗が零れ落ちる。
 ヒューッと強い風がグラウンドを通り抜ける。
 しばしの沈黙のあと、ピストルの音が鳴り響く。

「始めいっ!」

 宗像先生の声と共に、福間が両手を左右に広げる。
 長い腕で俺を囲い込む。
 逃げられなくなってしまった。

「さあ、新宮。ラブホの続きをヤろうぜ」
 ちょっとその言い方やめてくれませんか。
 なんだろう、俺と福間くんが二人でラブホに行ったように聞こえるから。

 隣りから奇声があがる。
「ええ!? タクト、そいつともラブホに行ったの?」
「センパイってそっちだったんですか!?」
 お前らいい加減にしろ!
 当事者の貴様たちに言われたくない。
 俺は被害者だ。


 だがしかし、困ったものだ。
 福間に弱点という弱点は見当たらない。
 悔しいが、こいつには正攻法で勝つことはできないだろう。
 ならば、俺の得意とする心理戦だな……。
 

「福間……ちょっと、話いいか?」
「あ? 殺し合いの最中だぞ? なめてんのか!?」
 だからもうその命の掛け合いはやめにしましょ。
「お前、ひなたのパンティーの色……知っているか?」
「な!? いきなり、な、何を言いだすんだ?」
 明らかに動揺している。
 そうだ、こいつの弱点は想い人である、赤坂 ひなただ。

「俺は知っているぞ。あいつは俺と同じで物事を白黒ハッキリさせないとダメなタイプでな……」
「なんだって!? つ、つまり新宮が言いたいのは……」
「そう。ヤツのパンティーの色は……」
 言いかけて、咄嗟に指をビシッと指す。
 その方向は隣りで試合をしていた赤坂 ひなた。

「あ! 福間くん、アレを見て! ひなたちゃんがはみパンしてるよ!」
「えぇ!?」
 首をグリンっと横に向けた。
 リーチが長い腕も力が抜け、ダランと垂れる。
 その隙を逃さない。
「フンッ!」
 腰に力を入れて、全身を福間めがけて叩きつける。

「わっ……」
 あえなく福間 相馬は円陣から落ちてしまった。
「フッ、勝ったな」
「騙したな! 反則だぞ、新宮!」
 負けてしまった福間は、地面に尻もちをついていた。
 よっぽど、ひなたのパンティが気になって仕方なかったのだろう。

「宗像先生は何でもアリだと言っていたろ? これも兵法の一つよ」
 腕を組んで、見下す軍師、新宮 琢人。
「ずっこいぞ! せめて赤坂のパンティーの色を教えろよ! いや、教えてください!」
「自分で頑張ることだな……」
 まさか俺が勝ってしまうとは。


 勝利の余韻に浸っていると、隣りから「フンギャッ!」と悲鳴が聞こえてきた。
 目をやると、赤坂 ひなたが地面に倒れていた。
 口から泡を吹いて、白目。
 お股をガッパリと開いて、まるで出産中の妊婦さんみたい。
 どうやら気絶しているようだ。

 ピンクのフラフープの中には、ミハイルがポツンと立っていた。
 呆然とした顔で、人差し指を倒れた赤坂 ひなたの方に指している。

「あ、あれ? ひ、ひなた? 大丈夫か? ちょっと押しただけなのに……」
 指一本であれだけ吹っ飛ばされたの……?
 相変わらずのバカ力だ。
 こわっ。

 そこでピーッと笛の音が鳴り響く。


「勝者! 一ツ橋高校!」
 宗像先生の声がスピーカーから聞こえると、紅組から歓声が上がる。

「ヒャッハー! 反則と暴力とか、悪い奴らだぜ!」
「キシャキシャ……見たか、これがヤンキーの力だぜっ!」
「あとの奴らは皆殺しだぁ!」
 だから殺人しちゃダメ。


「やっと終わったか……」
 フラフープから出て、ミハイルの元へと向かう。
「うん、やったね☆ タクト!」
 ミハイルも俺の方へ歩み寄る。

 ただ、そばでは福間が気絶している赤坂を抱えて、必死に叫んでいた。
「赤坂ぁ! 死ぬな! せめて俺ともう一回ラブホに行ってから死んでくれぇ!」
 こいつ、本当にひなたのことを好きなの?

 俺とミハイルが、勝利を分かち合おうと、握手をかわそうとする。その時だった。

「バカモン! 団体戦では一ツ橋が勝利したが、また個人戦ではMVPが決まってないだろうが!」

 それもそうだった。というか忘れていた。

「両者、再度フラフープの中に戻れ!」

「あ、タクト……」
 ミハイルは名残惜しそうに、手を伸ばしていた。
「仕方ない。ちゃちゃっと終わらせよう。どちらが勝ってもいいだろう? 俺らダチなんだからさ」
 俺がそう言うと、彼は嬉しそうにニカッと歯を見せて笑った。
「だよな☆」

 円陣の中に戻り、再度ピストルが鳴る。

 今度はミハイルとにらめっこ。

 試合が開始した共に、彼の小さな唇が微かに動く。
「なぁタクト」
 俺にしか聞こえないぐらいの声で囁く。
「あん?」
「オレの願い事はタクトの願いだから、この試合、タクトに勝ってほしい」
 そう言って、両手を身体の後ろに回す。
 ブルマに手を当てて、戦う意思がないことを俺に示した。

「つまり俺がMVPになるのが、ミハイルの願い事だってのか?」
「うん☆」
 風と共に、金色の長い髪が揺れる。
 宝石のような美しいグリーンアイズが輝く。
 こんな可愛いヤツを手を出さないといけないのか……。
 イヤだな。
 
 だが、これはミハイルの願いなんだ。
 男の俺がリードしてやらねばな。
 って、なんで女の子扱い?
 まあいい。

「わかった、俺が指一本で軽く押すから、オーバーに倒れてくれ」
「オッケー☆」
 公平な試合ではないが、彼が喜ぶのなら、それもまた本望だろう。

「いくぞ、ミハイル!」
「うん! こい、タクト!」

 俺は右腕を宙にかかげると、勢いよくミハイルに向かって、急降下させた。
 彼にあたる寸前で、スピードを落とし、衝撃を和らげる。
 人差し指を立てると、彼の左胸にブスッと刺す。
 とはいっても、ものすごく弱弱しい力だ。
 攻撃されたミハイルも痛くはないだろう。

 次の瞬間、俺の予想を裏切ることになった。
「な、な……」
 言葉が詰まったように、唇を震わせる。
 顔を紅潮させ、後ろへと隠していたはずの両手はいつの間にか、前に戻っていた。
 その間もずっと俺の指は、彼の胸に突き刺さったままだ。
「どうした、ミハイル。早く倒れちまえ」
 追い込むように、指をグリグリと動かす。

 うつむいて黙り込むミハイル。
「……」
「おい、早く負けてくれよ?」
 尚も俺の指ドリルは動きを止めない。

「どこ……触ってんだよぉぉぉ!」
 
 一瞬だった。
 彼の細くて小さな可愛らしい手が、拳にかわり、俺の顔面に襲い掛かったのだ。
 トラックが正面衝突してきたかのような物凄い衝撃だった。

 俺は気がつくと、夜空を舞っていた。
 星がキレイだ。
 そう思ったころには、鼻から大量の真っ赤な血が吹き出る。
 地面に頭を強く打ち、意識が遠のいていく。

「今年のMVPは古賀 ミハイルだぁ!」

 何やら騒々しいな。
 だが、そんなことよりも眠たくなってきた。
「グヘッ……」
 これが走馬灯ってやつかぁ。

「あ、ごめん。タクト、勝っちゃったよぉ」
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