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第十八章 危険なペア

法律は守りましょ!

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 俺とアンナはさっそくメイドカフェに入ることにした。

 空高くそびえたつ高層ビル、オタだらけのすぐ隣り。
 オタだらけに比べるとかなり小さな建物だ。
 三階建てで、一階が健康食品を取り扱っている店で、その隣に螺旋階段がある。
 階段を上った二階にメイドカフェがあった。

 先ほど案内してくれた呼び込みのお姉さんが言った通り、新規開店したところだけあって、外見からして真新しい。
 ガラス越しに店内をのぞくと、小規模な店舗のわりに結構にぎわっていた。
 ほぼというか全員男で基本オタクたち。
 
「とりあえず、入るか」
「うん、楽しみぃ~☆」
 どこがそんなに楽しいのだろうか?
 仮にもアンナは女の子……って女装男子だった。
 じゃあ客は相も変わらず野郎ばかりということか…。

 ドアノブに手を掛ける。
 少なからずとも期待はしていた。
 このドアを開いたら、フリフリのメイド服を着たお姉さんたちがそろって頭を下げ「おかえりなさいませ、ご主人様♪」というテンプレの名セリフが待っているのだろうから。

 生唾をのみ込んで、勢いよくドアを開く。
 すると……。

「あ、らっしゃい」

 ガムをくちゃくちゃと音をたて、トレーを片手にご挨拶。
 確かにフリフリのメイド服を着ているお姉さんだ。
 左手を腰に当ててだらーんと立っている。
 やる気ゼロだ。

 俺がそのメイドさんに呆気を取られていると、後ろから罵声を上げられる。

「ねぇ、邪魔でしょ? 入るなら早く入れば」
 恐らく厨房から出てきたであろう他のメイドさんがパフェを持って、俺を睨む。
 こわっ!

「す、すんません……」
 なぜか俺が謝ってしまう。
「タッくん、メイドさんたち忙しいみたいだから早く座ってあげよ」
 アンナが俺の肩を優しくポンッと叩き、席へと促す。
 あなたの方がメイドさんらしいんですけど。


 俺はこの店にかなりの違和感を持ちながら、空いていたテーブルに腰を下ろす。
 二人掛けのテーブルで、アンナとは対面するかたちで座っている。

「うーん、なにを頼もっか?」
 アンナがテーブルの上に置いてあったメニューを手に悩んでいる。
「そうだな、ここはやはりテンプレ通りのオムライスでどうだ?」
 先ほどのメイドたちもさすがにオムライスを頼めば、デレるかもしれんし。
 いや、そうであってくれ。

「じゃあそれにしよっか☆」
 アンナがメニューをなおそうとしたので、俺が途中で声をかけメニューを自分でも確認してみる。
 頼もうとしたオムライスの値段をチェックしてみると、そこには驚愕の金額が。
 千六百円……。
 たかっ!
 
 しかもワンドリンク頼まないといけないらしい。
 アイスコーヒーだけでも七百円もする。
 どんな高級レストランですか?

「まあいいか……経費で落ちるし」
「なんのこと、タッくん?」
「あ、いや、なんでもないさ」
 彼女にダサイところは見せたくないしな。
 気持ちを切り替えて、近くにいたメイドさんに声をかける。

「すいませーん」
 俺がそう言うと、なぜかメイドさんは舌打ちをしてから、こちらに歩み寄る。
「なに、もう決まったの?」
 すんごい冷たい目で見下ろされているんだけど?
 女王様カフェ?

「あ、あの……オムライスを二つください」
「あいよ…りょーかい」
 おめぇはちったぁやる気だせ。
 仮にも給料もらってんだろ。
「飲み物はアイスコーヒーのブラックと……アンナはどうする?」
「うーん、アンナはねぇ…」
 アンナがもう一回メニューを取って飲み物を選んでいると、それを待っていたメイドさんがまた舌打ちする。
「チッ、あくしろよ」
 ちょっと! 悪態ついているよ、このメイドさん。
 その不機嫌さと言ったら、酷いもんだ。
 どっちが客で店員かわからなくなってしまいそうだ。

 俺は終始メイドさんの塩対応……いや鬼対応にブルっていた。
 だが、アンナはそれを気にもせず、鼻歌交じりで飲み物を選んでいる。
「カフェモカにしよっと☆」
 マイペースだな。さすがヤンキーだ。

「じゃあアンナはカフェモカでお願いします☆」
 ニッコニコ笑って注文している。
「あいよ……」
 伝票へ乱暴に書きなぐるメイドさん。
 書き終えるとなぜかまた舌打ちして、厨房へと去っていった。
 なにをあんなに怒っているんだ?

 俺は注文を終えると、殺伐としたメイドさんたちの空気に押しつぶされそうになった。
 ため息を吐いて、アンナの方に目をやる。
「なあこのメイドカフェ、なんかおかしくないか?」
 根本的に。
「そう? アンナはメイドさんたちの服、可愛いから見ているだけで楽しいなぁ☆ アンナもああいうの着てみたい☆」
 ぶれないな、アンナちゃん。

 俺の違和感とは裏腹に客は大勢いる。
 ゴールデンウィークのせいか、新規開店のせいかはわからんが、奥の大きなテーブルには6人ぐらいのオタクたちが大きな声をあげて騒いでいる。

「ランカちゃん、カワイイでごじゃる!」
「今期アニメはなにが好きでありますか?」
「……俺のターン……ずっと俺のターン」
 いや最後のやつ、メイド見てないでひとりデュエルしてるよ。

 だが、そんな喜びもむなしく、ランカちゃんと呼ばれたメイドさんは、それを見て汚物をみるような目で睨んだ。
「うるせぇな、早く食って帰れよ、キモオタがっ!」
 こわっ!
 なにこの店、ツンデレ娘のイベントでもやってんの?

 
  ~数分後~

 やっとのことで注文したものが届く。
 頭の上で器用に大きなトレーを二つ、軽々と持って歩くメイドさん。
 しかし相変わらず、連続で「チッ、チッ」と舌打ちを続けている。
 もうここまで行くと病気とかチックなのではないかな?

「おまちど!」
 そう言うとオムライスを二つ、雑にテーブルへと叩き落とす。
 乱暴なメイドさんだなぁ。
「それから、飲み物な!」
 ガンッという嫌な音を立てて、グラスが置かれた。
 弾みでグラスからコーヒーが少しこぼれる。
 なんなんだよ、この店。雑すぎるだろう。

「あ、ケチャップいる?」
 忘れていたかのような発言。
 いるに決まっているだろう。
 というか、そのためにオムライスを頼んだ。
 例の美味しくなる魔法の呪文ってやつさ。

「い、いります」
 俺がそう答えるとまた舌打ちで返される。
「チッ、ほらよ」
 またしても乱暴にケチャップを置かれた。
 そしてメイドさんはポケットから伝票を取り出し、テーブルに残すと背を向ける。

 俺は慌ててメイドさんを呼び止める。
「あ、あのう、例のやつはないんですか?」
 振り返ったメイドさんは鬼のような険しい顔つきで「あぁ?」と言う。
「んだよ、こっちは忙しいんだけど?」
 頭をボリボリかきながら、めんどくせっと言った感じでテーブルに足を戻す。

「その、あれですよ。メイドさんと言ったらお決まりのオムライスに絵文字とか『美味しくなあれ』とかやるじゃないですか?」
 恐る恐る聞いてみる。
「え、メイドさんってそんなサービスがあるの?」
 隣りにいたアンナは知らなかったようだ。
「ああ、よくテレビやアニメでも見る定番のやつだよ」
「へぇ~ そうなんだ、楽しそう☆」
 アンナが嬉しそうに笑うが、目の前に立つメイドさんは舌打ちの頻度がかなりあがっていた。

「チッチッチッ……」
 舌かまない?
 そして、こう繰り出した。
「あのさ、なんかたまに勘違いしてくるキモオタいんだけどぉ。ここはただの喫茶店。んで、働いている女の子はたまたまメイド服を着ているだけなの」
「え?」
 俺がアホみたいな声で聞き返すと、更に不機嫌そうに舌打ちを繰り返す。
「わっかんねーかな……あのさ、あんたまだ十代だろ? 勉強不足だよ」
「す、すんません」
 なんで俺が謝っているんだろう。
「そういう『美味しくなあれ』とか、絵文字とかは接待にあたるんだわ。風営法違反になんの。だからメイドさんと基本お話もダメ、お触りもダメ。さっきも言ったけど、たまたまメイド服を着た女の子が営業してる喫茶店てこと」
 ファッ!?

「そ、そうなんですか……勉強しときます」
「わかればいいよ、ケチャップはセルフだから。早く食って帰れよ」
 ヤクザみたいなメイドさんだ……。

 俺はメンタルがボロボロになっていた。
 メイドさんと言えば、癒しの代名詞みたいなんもんなのに。
 なぜこんな罵倒を繰り返されるのか?
 デレの要素が皆無だ。

 落ち込んでいる俺を見て、アンナが心配そうに声をかけてきた。
「タッくん、大丈夫? そんなに期待してたの?」
「ま、まあな……とにかく食べよう」
 俺がテーブルに置かれたケチャップに手を伸ばしたその時だった。
 アンナがそれを止める。
「待って」
「え?」

 アンナは深呼吸した後、俺にニッコリと微笑む。
「ご主人様☆ オムライスにケチャップをかけるんですけど、リクエストの言葉はありますか?」
 なにかのスイッチが入ったかのように演技を始めるアンナ。
「あ……じゃあ、『だいすき』で」
 流れでリクエストしてしまった。
「かしこまりましたぁ☆」
 そう言うと黄色い卵の上に赤い字で『だ・い・す・き』と描かれた。
 更にそれらを囲うように大きなハートつき。

 書き終えるとアンナは手でハートを作りながらこう言った。
「美味しくなあれ、美味しくなあれ☆ タッくんのオムライスが世界でいちば~ん美味しくなあれ☆」
 なんという神対応。
 泣けてきた……。
「萌え萌えきゅーん☆」
 最後にウインクでとどめ。

 俺のハートはその一言で射抜かれてしまった。
 メイド喫茶、来てよかったぁ。
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