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第十四章 アフタースクール

みんなで帰れば怖くない

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 どうにかミハイルとひなたの目を盗んで用を済ました。

 トイレから戻ってくると食堂に寝ていた生徒たちがぼちぼち起き出す。
 皆、足腰をさすりながら、起き上がる。
 まああんな薄いマットで一夜を過ごせばな……。

 食堂の時計の針を見れば、まだ朝の6時前だ。

 俺が戻ってくるのを待っていたかのように、宗像先生が慌てて駆けてくる。
「新宮、ちょうどいいとこに来たな! こいつら早く食堂から連れ出してくれ!」
 必死の形相で言う。
「え、なんですっか? まだゆっくりしても……」
「バカモン! もう少ししたら三ツ橋の校長が出勤してくるんだよ!」
 なにを思ったのか、俺の両肩を掴むと力強く揺さぶる。
 首がすわってなかったら、折れそう。
「それが何の問題なんですか?」
「怒られるだろ! あの校長、超めんどくさいんだよ! 特に一ツ橋のスクリーング後はタバコの吸い殻がないか、荒さがしするんだよ、アイツ!」
 校長をアイツ呼ばわりとか。それに喫煙を公認してんのはあんただろ。
 俺はタバコ吸ってないし、昨日のことはお前が招いた失態だ。
 
「とりあえず、三ツ橋の校長先生に見つかる前に帰れってことですか?」
 ゴミを見るかのような目で呆れる俺。
「そ、そうだ! 新宮は新入生の中でリーダー的存在だろ? さ、帰れ帰れ」
 こんのクソ教師が。
「わかりましたよ……」
 俺は渋々、宗像先生の要請を受領する。
「よ、よし! さすが我が校の生徒だな!」
 もう生徒じゃありません。退学したいので。

 宗像先生はまだ寝ていた生徒も無慈悲に蹴り起こす。
「こら! お前らさっさと起きろ! そして出ていけ!」
 自分で勝手に寝かせておいて、酷い扱いだ。

「えぇ? まだ早いじゃないっすか?」
 千鳥 力がスキンヘッドの頭をボリボリかく。
「やかましい! 昨日の出席を欠席扱いにするぞ、コノヤロー!」
 恐喝じゃん。
「ひでぇな、先生……」

 宗像先生は用なしと見なすと一ツ橋の生徒たちを食堂から文字通り叩きだした。
 食堂前の駐車場にみんな集まった。
「いいか、三ツ橋の教師にバレないようにコソコソ帰るんだぞ? 物音を立てず決して声は出すなよ?」
 まるで俺たちは不法侵入者のようだ。
「私、三ツ橋の生徒なんですけど?」 
 イレギュラーが一人いた。
 全日制コースの赤坂 ひなただ。

 未だに昨日の体操服姿のまま。これはこれで発見されたらまずいのでは?
 ひなたを見てうろたえる宗像先生。
「う! お前は『あらやだ、私ったら教室で寝ちゃった♪』ってことにしとけ」
 酷い言い訳だ。
「ええ……家に帰っちゃダメなんですか? お風呂にも入ってないし……」
「バカモン! 手洗い場かトイレで洗っちまえ! 石鹸も無料であるし」
 ホームレスじゃん。
「そんな! トリートメントとかしないと髪、痛みますよ?」
 女子特有の悩みですね。
「トリートメントだぁ? 上品ぶってんじゃねーぞ、ガキのくせして! 来い、私が隅からすみまで洗ってやらぁ!」
 導火線に火がついたようで、ひなたの頭をおもちゃのように片手で掴むと校舎へ連れ込む。
「いやぁ! 新宮センパイと一緒に帰りたい~!」
 宙で足をバタバタさせる。
「やかましい! 学生は学校の石鹸で充分だ!」
 酷い校則だ、この時ばかりは通信制で良かったと思えた。
「センパイ~ 助けて~!」
 涙目で俺に助けを呼ぶひなた。だが、俺も早く帰りたい。

「悪いな、ひなた。ブルマのまま授業を受けてくれ」
「センパイのいじわる! 薄情者!」
 なんとでも言うがいい。
 俺は彼女に背を向けた。

「さ、帰るか。ミハイル」
「そだな、一緒に帰ろうぜ☆」
 ミハイルってどんなときも落ち着いて対処できるよな。
 感心します。

 俺たちは宗像先生から言われたように、三ツ橋の関係者にバレないよう、正門からではなく裏門からコソコソ帰っていった。

 なんやかんやで初めてのお泊り。というか未成年拉致事案だと思うのだが。
 第一回一ツ橋高校、歓迎会及び合宿は終了した。


    ※

 最寄りの駅、赤井駅にぞろぞろと一ツ橋の生徒たちが集まる。
 これはこれでかなり悪目立ちしている。
 田舎の駅に朝早くから若者が集合しているからな。
 謎の集団と思われているだろう。

 駅のホームにミハイルと仲良く並ぶ。
「楽しかったな☆ パーティとお泊り会☆」
「そうか? 宗像先生が一人でパーリィしてただけだろ……」
 早くクビになんないかな、あのバカ教師。

「お二人さん♪ 私も混ぜてよ」
 振り返ると後ろにはナチュラルボブの眼鏡女子、北神 ほのかが立っていた。
 すっかり酒も抜けているようで、血色もよい。
「ほのかか。二日酔いとかないか?」
「うん、あれぐらい徹夜の同人制作に比べたら問題ないっす!」
 親指立てて笑顔で答える。
「そうか、よかったな……」
 そうこうしているうちに電車が到着。

 三人で同じ車両に並んで座った。
 朝早いこともあって、車内はガラガラ。
「ところで琢人くん、明日何時に待ち合わせする?」
「え? なんのことだ?」
「何って取材でしょ。コミケだよ」
 ファッ!?
 忘れてた……変態女先生に取材と言う名の拷問を強要されていたんだ。

 それを隣りで聞いて黙っているミハイルくんではない。
「なんだよ、それ! タクトはアンナと取材するんだぞ!」
 拳を作って、怒りで震えている。
「ええ? 私が先約だよぉ。ねぇ琢人くん?」
 俺に振るなよ。
「そうなのか!? タクト、アンナがいるのにほのかとデートすんのかよ!」
 ギロッと俺を睨みつける。
「ま、待てミハイル。ほのかとはデートじゃない。あいつの趣味に付き合ってるだけだよ」
「趣味ってなんだよ!」
 朝からBLの説明はしんどいです。

「なんだ、ミハイルくんも私の同人活動に興味あるの?」
 目を輝かせる腐女子。
「え? 興味っていうか……そのタクトがやることなら知りたい…かな?」
 頬を赤く染めるヤンキー。
 だが、お前が知りたいのものは恥じるものではない。
 全力で逃げるべきものだ。
 興味本位で立ち入るな、死ぬぞ。

「フフッ、ミハイルくんも私の『国境なき同人活動』に参加したいのね!」
 眼鏡が怪しく光る。
「ほ、ほのか? なんか怖いよ?」
 伝説のヤンキーも腐女子の変態オーラには勝てないようだ。
「なら、3人で行きましょ! コミケに!」
「こ、こみけ? なにそれ?」
 ほらぁ、この子はピュアなんだからやめてくれる?
 うちの子はまだ汚れてないのよ、どっかほかでやってくれないかしら。

「大丈夫、私に任せて。幼稚園のころからコミケに出入りしてるからね」
 ヤバいよ、この人イッちゃってるんですけど。
「ふーん、小さな子でも気軽に遊びにいけるところなんだ……」
 ダメだって! それ幼児虐待!
「そうそう、なんだったら妊婦さんにもオススメ!」
 酷い胎教だ。
「じゃあ遊園地みたいなところ?」
 首をかしげるミハイル。
「いい例えだね。そうだよ、ミハイルくん。君も行けばわかるよ。コミケの素晴らしさが!」
 頭痛い。
「タクト、もちろんオレも行っていいよな☆」
 テンション高いな。
 どうしたものか……。
「止めてもついてくるんだろ? 俺は構わんよ、正しヴィッキーちゃんに許可をもらえ」
 あのねーちゃんがコミケの存在を知っているとは思えんが。
「わかった! 帰ったらねーちゃんに頼むよ!」
「フッ、これでまた一人、落ちたか……」
 なに格好つけてるんだ。この変態が。

 しばらく電車に揺られてその後もほのかとミハイルは雑談で盛り上がっていた。
 というか、ほのかが一方的にコミケの知識をひけらかしてるだけだが。

 ズボンのポケットに入っていたスマホが振動する。
 メールが一件。
 宗像先生と学校に残った赤坂 ひなただった。

『センパイ、酷いじゃないですか! トイレで全身洗われましたよ!』
 草。マジでやられたんだ。
 さらにもう一件。
『罪滅ぼししてください! 明後日、一緒に博多どんたくに行きますよ! 取材です!』
 ええ……ゴールデンウィークなのに俺には休みがないんですか?
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