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第二章 壊れたラジオ

女教師、宗像 蘭のアメとムチ(挿絵あり)

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 一ツ橋高校の事務所にたどり着くとノックを2回ほどする。
 奥から「入れ」と女の声が聞こえる。

「失礼します」

 事務所のカウンターの後ろで、宗像先生は一人背中を向けて座っていた。
 ボロくて汚いマグカップでコーヒーを啜りながら、レポートに目を通している。

「おう、新宮か? なんだ、わからないことでもあったか?」

 イスを回した宗像先生はこれまた風紀乱しまくりな格好をしていた。
 全身チェックのボディコン、胸元ザックリ、座っているのでパンツもモロ見え。
 紫のレースか……。

「わからない? ……このアホな問題がですか?」
 リュックから昨晩書き上げたレポートを宗像先生の机に放り捨てる。
「ふむ……おお、お前頭いいな! 全問正解だ、よくできました♪」
 なんだろう、褒められているのに、この屈辱感は。

「あのですね……ラジオで答え、丸分かりなんですよ。ただ、教師が言ったことを空欄に埋めるだけの作業じゃないですか? バカにしているんですか?」

 そう言うと、宗像先生は鬼の形相で立ち上がった。
 ピンヒールをはいているせいもあって、男の俺が見上げてしまう。しかもこの人、元々が女にしては背が高いし……。

「新宮……お前。文句だけ言いに、わざわざこの私へと会いにきたのか!」
 こわっ! 生徒を恫喝している教師とか、今時いるんすね。

「そ、そうですよ。こんなんじゃ、卒業とか楽勝すぎるでしょ。通う意味あるんですか?」
「何が言いたい?」
 彼女の目はどんどん険しくなる一方だ。
「こんなレベルで高校卒業とかありえんでしょ? それに先生は“レポートを写すな”と強調されていたでしょ? 写すまでもないって言いたいんですよ!」
 宗像先生は俺の問いに睨みを聞かせると、何を思ったのか、棚から汚いマグカップを取り出す。
 その汚いマグカップでコーヒー飲ますの? やめて、俺いらないよ?

「新宮……本校で一番、大切なものは何だと思う?」
「ん~、勉強?」
「ばかもん」
 宗像先生は棚から賞味期限のシールも曖昧なインスタントコーヒーを取り出すと、お湯を注ぐ。
 うわっ! 腐ってないの?
「ほら、座れ」
 そう言うと事務所奥のソファーに通される。
 どうやらここが、生徒と会話する場所らしい。
 得体のしれないコーヒーを机に置くと、先生はドスンと反対のソファーに座る。
 パンモロってレベルじゃねーぞ。

「いいか、お前のはじめての授業は“継続”だ」
「は、はぁ……」
 これって絶対授業とか言いつつ、説教に入るパターンだろ。
「あのな、全員が全員、ラジオを聞ける環境も多くない」
 今時、ラジオなんてどこでもあるだろ!

「新宮、お前は恵まれた環境で育っているだろ?」
 恵まれた? 俺が? 小学生でドロップアウトしたこの俺が!?
「そうは思いませんが……」
「まあ聞け。お前みたいな親御さんが二人そろって健在なのが当たり前……ってのが恵まれているんだ」
「でも、だからって……こんな小学生でも解けるような、(というか、ただ書くだけ)問題で卒業させるとか……」
「だからお前は自身を社会人とかいうのだろ? お前自身が特別な存在であって、『俺はあんな不良どもと違う。これでレポート写すとかどんだけバカなんだ』とかな」
 いやそこまでひどいことは考えてませんが。
「まあ俺の言いたいことはだいだいあってます」
「いいか、お前のようにちゃんと義務教育を受けてきたものばかりではないのだ。だからあいつらには……ラジオがないと知識がないのだよ」
 ん? それってどこの国。

「この日本でそんなスラム街があるんですか?」

「馬鹿者!!!」

 その時ばかりは俺も背筋がピンッと立つ。
「吠えるなよ、若造が! お前のように恵まれた環境でぬくぬくと育ったやつには言われたくないんだよ!」
「う……」
「新宮、お前は不良たちを目の敵にしているが、ちゃんとあいつらと正面から向き合ったことはあるか?」
 なんでそんなことをしないといけないんだ、あいつらは犯罪者予備軍だろ! あ、オタクもか。

「この俺がですか? あんなめっちゃグレーゾーンなやつらと仲良くできるわけないじゃないですか? それこそ、喫煙だってするし、下手したら無免許に前科だってあるかもしれない連中でしょ?」
 俺の持論に宗像先生の眉間にはめっちゃしわが寄っている。
 しかも感情的になっているせいか、足を開いてガニ股になっており、おパンツどころの騒ぎではなくなっている。

「だからどうした?」
「……俺は真面目でやってますし、物事を白黒ハッキリさせない性分なので奴らとは相容れない立場といいますか……」
「それだけか?」
「はい……」
 宗像先生は不味そうなコーヒーをがぶ飲みすると、ため息をついた。


「お前、親がいない子供のことを考えたことあるか?」
「それは……なかったです」
「いいか、あいつらだって最初からワルだったわけではない。お前と一緒で何かにぶつかって挫折したにすぎない」
「……」
「もし本校がなくなってみろ? あいつらはどうなる? 行き場を失い、更生するチャンスも持てないだろ?」
「そんなのは甘えでしょ? 己を高めればいいだけであって……」
 俺がそういうと宗像先生は、自身の頭を乱暴にグシャグシャとかく。
「はぁ……ああ言えばこう言うな、お前は。『日葵ひまり』も偉い逸材をおくってきたもんだ……」
 日葵というのは俺の担当編集のロリババアだ。

「あのな……中卒だと、取れない資格や賃金だって差がでるんだ」
「それがなんですか?」
「お前のように親御さんも健在で実家暮らしなやつはヤンキーには少ない。片親か家族として機能していない家庭が多い」
「……」
「入学した理由が“給料アップ”という不純な動機であろうといいじゃないか。それがきっかけであいつらが犯罪に走ることなく、立派に卒業できたら私は嬉しい。まあ十代で家庭を持っているヤンキーは好かん! だが……それはお前も同じだぞ、新宮」
 なにが? 俺は奥さんいないですよ? アラサーのひがみはやめてくださいな。

「あいつらとは……違います」
「私から見れば、全く変わらん。だから少しはお前のその……なんだ? 優しさをあいつらにもわけてやってくれないか?」
 そう言うと宗像先生は俺に優しく微笑みかける。

「俺がですか?」
「ああ、お前は私が一番期待しているルーキーだ。歪んだお前ならあいつらとも仲良くやれそうだ。しかもお前には出席番号一番としてリーダーシップを発揮してもらわないとな☆」
「はあ!? なんで俺が一番なんですか?」
「あれ? 知らなかったのか? 出席番号は願書が受理された順番、先着順で決まる。お前が今年一番に出したから、出席番号も同様だ」
 謀ったな! あんのクソ編集めが!

「そう……ですか。でも、俺はリーダーなんてまっぴらごめんです!」
 俺がそう言うと宗像先生は巨大なメロンを投げ売りして笑う。


「だぁはははっははは!」


 下品な笑い方だ。そんなんだから嫁の貰い手がないのだ。
「私にはそうは見えんぞ! お前の性格はかなりお節介なやつだからな!」
「なっ!」
 先生は立ち上がると、俺にそっと近づく。

「お前も……苦労したんだな」

 そっと宗像先生が俺を優しく抱きしめる。
 先生のふくよかな谷間に顔を埋めると、心臓の音が聞こえる。
 わぁい! バーブー!

「な、なにを!」
「照れるな。お前がそうやって、壁にぶつかるたび、私が抱きしめてやる。誰かと比較するな。そんなに自分を責めるな」
 おっぱいで息ができない。窒息死そう……。

「は、離してください!」
 俺は突き飛ばすように、宗像先生の腕を離す。
「どうした? 童貞を捨てさせてあげてもいいのに……私はこう見えてテクはもっているつもりだが……」
 キモいわ! 俺はあいにく巨乳が大嫌いなんだよ!

「お、俺をおちょくっているんですか!?」
「いいやぁ」
 そう言う先生の笑みはとても大人っぽく、危険な匂いがする。とても甘く、毒々しい。

「俺は……今までだって、一人でやれてきたんだ!」
「だからなんだ?」
「……だから俺をそんな憐れむような眼で、見ないでください!」
 そう言い残すと、宗像先生に背を向けた。
 逃げるように、事務所の扉に手を掛けた瞬間。

「新宮!」

 振り返ると、先生はまた優しく微笑む。
「な、なんですか!?」
「忘れ物だ」と言って、俺に投げキッスを放り投げる。

 やめろぉぉぉぉ!!!
 いろんな意味でメンタルがボロボロになる。
 俺は先生の振る舞いを無視して、事務所を後にする。

「くっそぉぉぉ! あんのアバズレ教師めが!」
 
 このあと口直しにアイドル声優の『YUIKA』ちゃんのPVをめちゃくちゃ見まくった!
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