7 / 18
青薔薇のソーダ割り
②
しおりを挟む
今日の会議室は、特段人が少なかった。
いつもならマリナと同じ時間から業務に入るメンバー以外に、引き継ぎ業務中であったり、業務資料を作成したりする人もいる。
ミラン副長が組合の会合で居ないのは常であるし、本来会合へ行くはずのギルド長が朝から新人ハンターを訓練場で教育と言う名で叩きのめしているのも恒例だ。
それにしても今日は、珍しく資料作成していた二人以外まだ誰も来ていなかったのだ。
「あれ? 今日少ないね」
マリナの声に顔を上げた二人は、顔を見合わせて何とも言えない表情を作っていた。
「あー……ちょっとね」
「今日は面倒かもしれないよマリナ」
黒髪の合間から覗く猫耳をピクピク動かしているブルーナが、資料を片付けながらマリナに近づき、彼女の肩に手を置いた。
これから起こるであろう事を対処せねばならないマリナへの気遣いのつもりらしい。
だが、当の本人はブルーナの揺らす黒艷の尻尾に夢中だ。
「マリナ? おーい」
「全然聞いてないね。まあ、現実逃避したいのはわかるけど」
ブルーナが顔の前で手を振っても、マリナは依然ブルーナの尻尾をガン見している。
この二人――ハンターギルド情報管理部の中でもいつも資料ばかり作っている資料作成係なのだが、ブルーナも白うさぎの耳を持つケリーも獣人で身体能力が高い。
それを活かして情報を集めるのが得意なのだ。
貴族のゴタゴタから町民トラブル、果てはどこどこの誰それが浮気して殴られただの、ライゼンデの事なら大小関係なく毎日仕入れている。
また、王都以外でもルイーネ国内なら割りと小さな噂まで網羅しているし、周辺諸国のどこで仕入れてくるのかという情報をも持っていたりする。
彼女たちの情報は侮れないとよく知っているマリナは、“面倒”という言葉で思考を放棄していた。
この二人が言うなら間違いないのだから。
現実逃避から戻ってこないマリナを放置して、出来立ての書類を持って部屋を出たケリー。
五分もせずに戻ってきた。
その間、ブルーナはマリナを放置して別の資料作成へと戻っていた。
戻ってきたケリーは、とりあえず立ったままのマリナを座らせ、届けた書類の代わりに持ってきたお茶を淹れる。
ボーッとするマリナを指でつついたり、お茶を飲んだりしながら、仕事を進めるブルーナとケリーだった。
◆
カップの湯気がたたなくなった頃、業務内容を確認し始めたマリナ。
彼女の今日の業務は北西門のダンジョン受付ではなく、真反対の南東5区の渉外だ。
外受付担当の仕事は、ダンジョン前以外にハンターたちが頼る商店も含まれる。
彼らが使う商店の販売状況やこれからの需要の確認をしたり、問題が起きていないかを各区画担当が確認をする。
そうして人間関係を円滑に進めたり、ダンジョン攻略への問題解決を間接的に補助するのも仕事である。
人数が少ない外受付。
マリナの担当はギルドから見た南東区画全域と広く、それを大通りに沿って五つに分けてある。
その5区にある商店を一軒ずつ廻るのが今日のマリナの業務なのだ。
時期的に追加する物は特になく、ここ最近店とハンターの間で問題も起きていない。
マリナの担当部分だけなら、今日は平和に終わるはずだ。
冷めきったカップを口にして、一息ついたマリナ。
気にしているのは、ケモ耳二人の“面倒”という言葉。
二人は教える気はないし、かと言ってマリナがずーっと考えても仕方がない。
カップ内を一気に飲み干して、そろそろ仕事へ行こうとマリナが立ち上がった――瞬間、“リリリ”と虫の鳴く声のような軽い音が室内を満たした。
会議室に置かれた通信魔石が鳴り出したのだ。
《そこにいますねマリナ。本日の業務は渉外でしたね?》
応える間もなくミランからの確認が入った。
彼はわかっていて聞いているのだ、マリナが断らないように。
間違いなく“面倒”が始まると思い、嫌々マリナは魔石に応えた。
「今日は5区に行きます」
《南1区まで通り一つでしたか。丁度良い所に行きますね》
何が丁度良いのかマリナにはわからないが、自分が行かなければならないのは確かのようだ。
すぐにお手上げモードになり、諦めて用件を聞くことにしたマリナ。
どうせ上司命令なら断る選択肢はないのだから。
肩を落とすマリナには見えていないが、通話に参加していない二人の耳はピクピクと小さく動いたり、長い耳をくるくると翻したりして用件を一緒に聞く姿勢である。
彼女たちは日々こうしてコッソリ情報を仕入れているのかもしれない。
マリナが聞いたミランからの用件をまとめるとこうだ。
・ 内受付嬢の指導漏れ
・ その指導漏れハンターのやらかし
・ 更にその内受付嬢がやらかし先に勝手に出向いている――今現在。
これ以上やらかされてはギルドの信用も落ちるので、ミランが戻るまでギルド長を引きずって行ってやらかし先で回収しておくようにと。
「その相手先が南1区の魔道具専門店ですか」
《はい。よろしくお願いしますねマリナ》
「畏まりました。すぐ向かいます」
気が進まないマリナは通信を切り、仕方なく重い腰を上げた。
とりあえず新人と遊んでるアドルフを一発殴ろうと、訓練場へと向かうマリナ。
その後ろでは、ケモ耳二人が笑ったり手を胸の前で握ったりしながら、彼女を見送っていた。
いつもならマリナと同じ時間から業務に入るメンバー以外に、引き継ぎ業務中であったり、業務資料を作成したりする人もいる。
ミラン副長が組合の会合で居ないのは常であるし、本来会合へ行くはずのギルド長が朝から新人ハンターを訓練場で教育と言う名で叩きのめしているのも恒例だ。
それにしても今日は、珍しく資料作成していた二人以外まだ誰も来ていなかったのだ。
「あれ? 今日少ないね」
マリナの声に顔を上げた二人は、顔を見合わせて何とも言えない表情を作っていた。
「あー……ちょっとね」
「今日は面倒かもしれないよマリナ」
黒髪の合間から覗く猫耳をピクピク動かしているブルーナが、資料を片付けながらマリナに近づき、彼女の肩に手を置いた。
これから起こるであろう事を対処せねばならないマリナへの気遣いのつもりらしい。
だが、当の本人はブルーナの揺らす黒艷の尻尾に夢中だ。
「マリナ? おーい」
「全然聞いてないね。まあ、現実逃避したいのはわかるけど」
ブルーナが顔の前で手を振っても、マリナは依然ブルーナの尻尾をガン見している。
この二人――ハンターギルド情報管理部の中でもいつも資料ばかり作っている資料作成係なのだが、ブルーナも白うさぎの耳を持つケリーも獣人で身体能力が高い。
それを活かして情報を集めるのが得意なのだ。
貴族のゴタゴタから町民トラブル、果てはどこどこの誰それが浮気して殴られただの、ライゼンデの事なら大小関係なく毎日仕入れている。
また、王都以外でもルイーネ国内なら割りと小さな噂まで網羅しているし、周辺諸国のどこで仕入れてくるのかという情報をも持っていたりする。
彼女たちの情報は侮れないとよく知っているマリナは、“面倒”という言葉で思考を放棄していた。
この二人が言うなら間違いないのだから。
現実逃避から戻ってこないマリナを放置して、出来立ての書類を持って部屋を出たケリー。
五分もせずに戻ってきた。
その間、ブルーナはマリナを放置して別の資料作成へと戻っていた。
戻ってきたケリーは、とりあえず立ったままのマリナを座らせ、届けた書類の代わりに持ってきたお茶を淹れる。
ボーッとするマリナを指でつついたり、お茶を飲んだりしながら、仕事を進めるブルーナとケリーだった。
◆
カップの湯気がたたなくなった頃、業務内容を確認し始めたマリナ。
彼女の今日の業務は北西門のダンジョン受付ではなく、真反対の南東5区の渉外だ。
外受付担当の仕事は、ダンジョン前以外にハンターたちが頼る商店も含まれる。
彼らが使う商店の販売状況やこれからの需要の確認をしたり、問題が起きていないかを各区画担当が確認をする。
そうして人間関係を円滑に進めたり、ダンジョン攻略への問題解決を間接的に補助するのも仕事である。
人数が少ない外受付。
マリナの担当はギルドから見た南東区画全域と広く、それを大通りに沿って五つに分けてある。
その5区にある商店を一軒ずつ廻るのが今日のマリナの業務なのだ。
時期的に追加する物は特になく、ここ最近店とハンターの間で問題も起きていない。
マリナの担当部分だけなら、今日は平和に終わるはずだ。
冷めきったカップを口にして、一息ついたマリナ。
気にしているのは、ケモ耳二人の“面倒”という言葉。
二人は教える気はないし、かと言ってマリナがずーっと考えても仕方がない。
カップ内を一気に飲み干して、そろそろ仕事へ行こうとマリナが立ち上がった――瞬間、“リリリ”と虫の鳴く声のような軽い音が室内を満たした。
会議室に置かれた通信魔石が鳴り出したのだ。
《そこにいますねマリナ。本日の業務は渉外でしたね?》
応える間もなくミランからの確認が入った。
彼はわかっていて聞いているのだ、マリナが断らないように。
間違いなく“面倒”が始まると思い、嫌々マリナは魔石に応えた。
「今日は5区に行きます」
《南1区まで通り一つでしたか。丁度良い所に行きますね》
何が丁度良いのかマリナにはわからないが、自分が行かなければならないのは確かのようだ。
すぐにお手上げモードになり、諦めて用件を聞くことにしたマリナ。
どうせ上司命令なら断る選択肢はないのだから。
肩を落とすマリナには見えていないが、通話に参加していない二人の耳はピクピクと小さく動いたり、長い耳をくるくると翻したりして用件を一緒に聞く姿勢である。
彼女たちは日々こうしてコッソリ情報を仕入れているのかもしれない。
マリナが聞いたミランからの用件をまとめるとこうだ。
・ 内受付嬢の指導漏れ
・ その指導漏れハンターのやらかし
・ 更にその内受付嬢がやらかし先に勝手に出向いている――今現在。
これ以上やらかされてはギルドの信用も落ちるので、ミランが戻るまでギルド長を引きずって行ってやらかし先で回収しておくようにと。
「その相手先が南1区の魔道具専門店ですか」
《はい。よろしくお願いしますねマリナ》
「畏まりました。すぐ向かいます」
気が進まないマリナは通信を切り、仕方なく重い腰を上げた。
とりあえず新人と遊んでるアドルフを一発殴ろうと、訓練場へと向かうマリナ。
その後ろでは、ケモ耳二人が笑ったり手を胸の前で握ったりしながら、彼女を見送っていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
もふもふ精霊騎士団のトリマーになりました
深凪雪花
ファンタジー
トリマーとして働く貧乏伯爵令嬢レジーナは、ある日仕事をクビになる。意気消沈して帰宅すると、しかし精霊騎士である兄のクリフから精霊騎士団の専属トリマーにならないかという誘いの手紙が届いていて、引き受けることに。
レジーナが配属されたのは、八つある隊のうちの八虹隊という五人が所属する隊。しかし、八虹隊というのは実はまだ精霊と契約を結べずにいる、いわゆる落ちこぼれ精霊騎士が集められた隊で……?
個性豊かな仲間に囲まれながら送る日常のお話。
私のスキルは相手に贈り物をするスキルです~スキルを使ったらお代吸収によっていきなり最強となりました~
厠之花子
ファンタジー
少し力を込めただけで全てを破壊する手、増え続けて底が見えない魔素量、無駄に強化された身体は何を受けてもダメージがない。
・・・・・・唯一の欠点は属性魔法が使えないことくらいだろうか。
力を最小限に抑えながらも、遠くまで見えるようになってしまった瞳と、敏感になった感覚を実感した私は思う。
──普通の生活がしたい、と。
◇◇
『突然だけど、貴方たちは異世界へ飛ばされてもらいまぁす』
『えっ? 何故って? ──バタフライ・エフェクトってやつよ。とにかく存在したら大変な事になるのよぉ』
楽しい高校生活を謳歌していた私──阿瀬(あぜ)梨花(りか)の存在は、この女神とやらの言葉で消え去ることとなった。
いや、その他3名の存在もか。
どうやら、私たちは地球には不必要な存在らしい。
地球とは全く違う環境の為、私を含めた男女4名に与えられたのは特殊能力とも呼ばれる〝固有スキル〟
完全なランダム制の中、私が引いたのは他人限定で欲しいモノの贈り物ができるいう意味不明なスキル『贈物(ギフト)』
それは明らかなハズレ枠らしく、当たり枠を引いた他3名から馬鹿にされてしまう。
しかし、そこで見つけたのは〝(裏)〟という文字──それは女神すらも認知していなかった裏スキルというもの
その裏スキルには、無印の贈物スキルとは違い、対象の欲しいモノ相応の〝お代〟を対象から吸収するという効果が付いていた。
飛ばされた先は魔族同士の紛争中で・・・・・・命の危機かと思いきや、スキルによって10万もの魔族軍が吸収されてしまった。
──それにより、私は序盤からとんでもない力を手に入れてしまう
それでも何やかんやでスキルを役立てたり、異世界生活を楽しんだりする。
──これは、スキルの効果により無駄に強くなってしまった異世界転移者の物語
◇◇
2作目
1話につき1500~2000程度を目安にして書いています。
エブリスタ様で不完全燃焼だった小説をリメイクしたものです。
前作『魔族転生』と同様、拙い文章であり表現に乏しい点や矛盾点、誤字脱字等々あるとは思いますが、読んで頂けると幸いです。
女神の代わりに異世界漫遊 ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~
大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。
麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。
使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。
厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒!
忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪
13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください!
最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^
※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!
(なかなかお返事書けなくてごめんなさい)
※小説家になろう様にも投稿しています
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる