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拳骨コロッケ

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「あ゛ぁ!? もっぺん言ってみろッ!!」

 ルイーネ王国王都ライゼンデ。
 この街――いや、この国はダンジョンで生計を立てている。

 戦が絶えなかった南大陸で、国を興したのは戦禍の英雄たちが多い。
 そんな中、唯一遺跡探索や魔物狩り、物資調達等を生業にしていたハンターが興した国がここ“ルイーネ王国”だ。
 この大陸一大きなダンジョンがある遺跡をハンターではない者たちに取り上げられたくなかったハンターたちが発起し、商人等の護衛仕事をする中で仕入れた情報を使い――人死にを出さずして勝ち取った国。
 周辺の英雄たちが興した国の中では異色すぎたが、情報だけではなくハンター自体に牙を剥くのは得策ではないと判断した国が多かったため、ハンターによるハンターのための独立国家が出来上がったのだ。


 そんな国の一番大きなダンジョンとは、ここ王都北西の端にある門からしか行けない遺跡――地下迷宮ダンジョン。
 ハンターたちがどこの国にも取られたくなかったダンジョンだ。

 この地下迷宮ダンジョン、世界三大難関ダンジョンの一つでとても有名。
 規模は世界最大級。
 残り二つは山岳ダンジョンと海底ダンジョンで、規模はそれほど大きくはないが、それぞれの地形を活かしたダンジョンであり攻略方法も特殊のため攻略困難とされている。

 地下迷宮ダンジョンは少し変わっていて、地形を活かさず――と言うより大きすぎて未だ誰も解明できていないが、地下に潜れば潜るほど森や砂漠、海や遺跡内部といった様々な地形に翻弄されるため、攻略困難とされているのだ。


 ハンターは“己の身は己で守れ”と言うのが普通と言えど、ルイーネ王国は代々ダンジョンを守るためにハンターたちで栄えた国。  
 ハンターが貴重なことはよく知っているため、国にあるダンジョンは野良ダンジョンを含め、全てをハンターギルドに管理を任せている。
 少しでも死者おろかもの魔物大暴走スタンピードの被害者を減らすために。

 勿論ただ任せているわけでもない。
 管理費と管理用救助隊育成は、国が担っている。
 管理用救助隊育成科がある国立学院は貴族から平民まで人気の学校。
 字が読め根気さえあれば、卒業後は国保証のハンターギルド員や王宮・地方官吏への就職が約束されているのだ。
 貴族家を継がない嫡子以外の貴族子女や字が読める平民にとって夢のような場所。
 そのため毎年定員に対する応募者は殺到し、何回も受験する人がいるほど。
 大体は五回落ちたら諦めるが。

 晴れて国立学院に合格しても、貴族科や商学科以外そのまま卒業できる者は少なかった。
 国立学院の中でも官吏科と騎士科、医術薬学科に管理用救助隊育成科の卒業試験は、卒業試験イコール国家資格試験だからだ。
 そこで落ちた者は次年度に再度試験を受けるか、試験の必要のない学科へ転学して必須科目を受講しきって早々に卒業資格を取って働きに出るかにわかれる。
 多くはコネの効かない“国立学院に入った”だけで引く手数多のため後者を選択するが、中には六回目の受験で受かり卒業に八年かけた猛者もいるらしい。

 そういえば受験回数は知らないが、八年かけて卒業したやつに心当たりはいるけど……アイツは他学科だったし、面倒がって出席せずにハンター活動していた所為だから違うか……と、そんな余計なことが頭を過ぎ去ったのは、怒鳴られている側の受付嬢。

 要は“国立学院入学”よりも“国立学院国家資格持ちで卒業”の方が少なくとも三十倍年収に差が出るから、借金できるならしてまで卒業に賭ける者もいるということだ。


 そんなルイーネの最大級ダンジョン前、北西の門にあるダンジョン受付で、この国に来たばかりのハンターが受付嬢の説明中に突然キレた。
 もちろん彼女も国立学院を卒業しているし、受け付け業務も慣れたもので四年目。
 授業でも規約違反のいなし方は受講必須であったし、卒業初年度の新人受付嬢ではないプロである。
 手を出すのは最終手段のため、どう話を持ってけば穏便にすませるのかすぐ考えていた。
 彼女の頭の中では、余計なことが多々過っているが。
 例えば、お腹が空いてきたなとか。

 また、ここの受け付けを利用したことがあるハンターたちは、何が起こるか予測できるので少しずつ後退していた。
 おかげで受付周りは怒鳴っている男と受付嬢以外誰もいない。
 妙に静かな中、響き渡る吠える声。

 時間は夕方、受付嬢はもう少しでご飯休憩に入る予定。
 このハンターがいなければ、残りの並んでいた人も休憩前に片付いていたはずだった。
 そうこの受付嬢、お腹が空いてキレる寸前。
 余計なことを考えて、キレないように心を鎮めているのだ。

 遠巻きにしている顔見知りのハンターたちは、彼女が『一にご飯、二にご飯、三に業務』に忠実なのをよく知っていた。
 この“いい笑顔”がキレる寸前なのも、ご飯前は手荒なのも。
 

 今日の人はギャンギャンとよく吠えるなぁ。
 でもそろそろ説明を終えないと次がつっかえるし……。
 

 落ちてきた髪を耳にかけ、溜め息とともに退いてもらおうと口を開きかけた瞬間――手元のアラームが鳴った。
 小鳥が鳴くような可愛らしい“ピィピィ”と言う音で。

 目の前のいぬはほったらかして、マリナは机の上にあるギルド直の通信魔石へ魔力を流した。

「えー緊急事態発生です。業務交代願います」

 もう少しで出るところだったマリナは、何喰わ顔で業務交代を口にした。
 突然無視して交代を告げたのが気にくわなかったのか、案の定男は再び吠え出した。

「――ッ! ふっざけんじゃねえぞッ!! このア、グァッ……」

 最後まで吠えられなかったのは、秒ですっ飛んできた大男にヘッドロックをキメられたからだ。
 可哀想ではあるが、こちらも緊急事態である。
 これが巨乳美女なら喜んだのかもしれないが。
 大男の厚い胸板のなかで必死に腕をタップし続けるハンターを、マリナは見なかったことにした。

「場所は?」
「浅い森林階層です。というか、ギルド長自ら来なくてもいいでしょうに」
「ん? そらぁ、今手が空いてたのがオレだっただけだ」
「ソーデスカ」


 絶対コイツ面白そうとか言う理由だけで、飛び出してきたに違いない。
 書類仕事キライだもんなぁ……。


 マリナの視線すらモノともせず、勝手に話を続けるアドルフ。
 腕のなかには、未だタップし続ける声だけ大人しくなった――声が出せないとも言う――体格のいいハンターがいるのに。
 力が入ってるわけでもないので、本気で落とそうとしていないのだ。
 ただ緊急事態にジャマなだけだったから。

「で? お前の見立ては?」

 マリナは、心のなかで憐れなハンターに手を合わせ、たぶん……と予測を話した。

「新人潰しにあった新人が森林階層の森奥で救難信号を出した――と言う“テイ”だと思います」
「ハア? “テイ”だと!?」
「はい。“テイ”です」

 アドルフに無言で見つめ返されても、マリナも同じように真顔になるだけだ。

「あーその、なんだ。やりすぎんなよ?」
「ハーイ」

 報告も終えたので、この後の受付業務はアドルフに丸投げして――話の途中で始めていた準備運動ストレッチをやめたマリナは、門の中へと向かった。

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