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第一章

8.チキンハートは恋より食い気(2)

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 すっごくいい笑顔するなぁ。こっちは背中の冷や汗止まらないのに。言った私が悪いけど、妃なんてもっての外。あぁ、斜め下から美味しそうな匂いが・・・・・・誘惑に負けそう。


「勿体ないか。君は、自分では妃になりえないと?」
「はい。勉学を学び始め、今の私があるのは領民のおかげと理解しました。彼らの暮らしを守るためにも、必要な知識を身につけなければならいと思い至ったのです。領民さえ守れない貴族が、王子妃として国民を守ることは出来ないと思います。ゆえに現在は、そのための勉学の途中でございます」
「なるほどね。じゃあ、聞き方を変えよう。他の候補者のお茶会に出席しないのも、私の婚約者になりたくないから?」
「そういうわけでは・・・・・・」


 そう聞かれると「はいそうです」なんて言えるわけないでしょ! そうだけども! 具体的によくわからない「破滅が待ってるから」とも言えないし・・・・・・。

 でも、単純に他の子達のお茶会って実入りがないからね。だって相手は、日本で言う小学生年齢。なのに、一丁前いっちょまえにプライドだけ貴族で中身もない話が多い。行っても仕方ないし、子供でも大人でも見栄っ張りの話は単純に面白くもない。ゲームだの漫画だのはない世界だし、本や演劇であれこれ面白いって話題でもなく、このドレスはどこので誰がデザインして・・・・・・って自慢。そんなの聞きたくないよね、こちとらお茶請けに会いに来てるし。そのまま言ってみるか・・・・・・婚約者になりたくないわけじゃないしね。

 一個人いちこじんで見たら、日本人のような安心感のある黒髪に王様譲りの青灰の瞳が冷たそうな表情に魅せる外見は割とタイプだし。ちょっと腹黒さん・・・・の彼女にも憧れるけど、王子様・・・の婚約者が嫌なだけ。ちょっと目が泳ぐ。


「正直に申しますと、彼女達の情報は必要ないのです」
「・・・・・・何故か聞いても?」
「はい。彼女達の持つ情報は、私にとって過去の事。故に、出向いてわざわざこちらから情報を提供する必要もありません。私はまだ・・デビューすらしてない小娘にすぎませんので、ご婦人方の情報源・・・になる必要は無いのです。例えば、殿方はご興味ないかと思われますが、ドレス一つの情報であっても、政治利用されかねませんので」


 意外そうな顔をしながら、関心する殿下。あ、目がキラッとした。え、怖いんだけど・・・・・・えっと、どうしよう。変なスイッチでも押したかな・・・・・・とりあえず、続けないといけない感じだし。がんばれ私! チキンハートは逃げ出したから、図太さだけでしのいで!

 あ、脳内でチキンチキン言ってたら、照り焼きチキン食べたくなってきた・・・・・・。


「女の子達には、そうだなぁ・・・・・・自分を着飾るためだけがドレスでしょう?」
「えぇ、そのたかがドレスです。ドレスには都度つど、最新の生地や糸を使い、最新のデザインで流行をおさえる必要があります。高位貴族の女性が一度しか着ない理由も確りとあるのですよ」
「へえ、君はただ着飾る為だけでは無いと?」
「中にはそう言った我儘・・をされる方もいらっしゃいますが・・・・・・私は領内経済を回すために領内で手に入る最新の上質な生地や糸を使い、領内の仕立て屋で仕立てていただきます。使用したドレスは洗濯をしてもらい、教会等へ寄付します。そうする事で、教会が手に入れたなら小物や小さな端切れに直して売る事で、孤児院経営費が手に入ります。大きくない個人の仕立て屋が手に入れたなら、若手へのデザインの刺激を与えてより新しい発想が出てくるかもしれません。古着を扱う店等が手に入れたなら、少しリメイクするだけで最新のドレスでも全く同じものでも無いですし、良い品を簡単に手に入れれない下位貴族の方が購入しやすい値段まで下げることもできます。そうすれば、また購買に繋がり、経済が回っていくのです。そのために、毎回違うドレスを仕立て上げるのです」
「・・・・・・成程。ドレス一つ取っても、新たな雇用が生まれたり技術が進歩していき、経済が回っていくと。ただの贅沢のためでは無いということか」


 感心される殿下は、いつの間にか淹れなおされているお茶に手をつけた。私も促されたので、新しいカップに口をつけた。

 あぁ、ケーキが・・・・・・下げるんじゃないだ! あ、新しい物と替えてくれてる! 出来れば、下げた方も合わせて二つ頂きたい・・・・・・。


「中にはそう言った方もいらっしゃいますが、私はそれが悪いというわけでは無いと思います」
「何故だい?」
「まぁ、着ないのに全て持ったままなら同意しかねますが・・・・・・何か記念の物なら一着二着持っていても良いと思うのです。例えば、結婚式で着たドレスとか」
「君はあくまでも記念だから置いておくと?」
「えぇ。別にドレス自体に執着はございませんし、散財するために仕立てるのも違うと思いますし・・・・・・結婚の記念なら、領主館に飾れますし。何なら領地の仕立て屋のディスプレイに飾るのもいいと思います! 商店街の中なら下位貴族や平民も見る機会がありますし、見て同じ物でなくとも『ドレスを着たい!』とお金を貯めて買われる方が出てくるかもしれません! そうすれば、また領内の経済も回って――って申し訳ございません! こんなくだらない話をしてしまい・・・・・・」


 途中からお茶菓子を目だけで愛でるのも忘れ、脱線してしまって恥ずかしい私に、殿下は口に手を当ててクスクスと笑っていた。


「いや、くだらなくなんてないよ。思った以上に、君が本当に領地の事を考えているのが伝わったから、とても有意義な話だよ。領地の事を思うからこそ、最新情報をおいそれとご婦人方に提供するわけにいかない――ということだろう」
「・・・・・・仰る限りです」


 殿下はお茶を飲み干し、カップを下げさせてからテーブル上で手を組み、こちらを見つめている――ほんといい笑顔するなぁ。


「君、本当に七歳?」
「・・・・・・僭越せんえつながら申し上げますと、殿下こそ十歳には見えませんが」
「あはは。ごめんごめん。少し意地悪がすぎた。君はいつもお茶会で挨拶しか・・してくれないからさ、ちょっと意地悪したかっただけなんだ」


 案の定お菓子に手をつけてないでしょ?という風に、お菓子を指さす殿下。手元にあるのは、先程新しい物と替えていただいた小粒の真っ赤なチゴの実いちごが沢山タルト台に乗ってるお菓子。どうもタルトっぽくない食感が隠れてると予想・・・・・・王宮料理人達の遊び心が隠れているとおぼしきケーキ。

 あ、今のお茶請けばかり見つめている、見習いニナちゃん曰くキラッキラに輝いてる目が眩しい?顔を見られてバレたのか。


「来ては給仕と菓子の話か、お茶菓子一直線。いつもお茶菓子にしか興味ないのかと思ってね?」
「お菓子は・・・・・・その、趣味で作っているので・・・・・・」
「公爵令嬢の君が? 作らせている・・・・・・ではなく?」
「・・・・・・はい。はしたないとは思いますが、厨房設備を借り、料理人達と食事や菓子などを作っております。嘘だと思われるかもしれませんが」
「端なくないよ? 領民達を思ってる君だからこそ、自らの手で作ることで領民側に立って考えられる。それに嘘だとも思わないよ」


 「内緒の話なんだけどね?」といたずらをしている無邪気な子供のような笑顔を浮かべて、殿下は続けられた。


「各候補者達には、内密に調査が入る。君は本当に勉学に励んでいるし、領内視察に出かけては領民と意見を交わす。打算で孤児院に寄付することもなく、自らの手で院を手伝っているとルブーフからの報告にも上がっている。それに料理人達と作っては、皆とともに食していたとの報告も別の者から受けている」
「え、ルブーフ先生って・・・・・・」
「彼のたくさんの仕事のうちの一つだよ?」


 えぇ、これ以上何も聞きませんから。だからその笑顔やめて! 怖い!


「やっぱり、君って面白いよね。本当は家柄だけで選ぼうかと思ってたけど・・・・・・(お祖父様の弟君もいらっしゃるから、乗っ取りやすいと思ってたけど)案外真面目だし、確りと領民側に立って行動もする。臣下になる先で、僕の仕事も任せてもいいくらいの成績具合だし。何より、他の・・と違って自分の立ち位置をよく理解している」


 小声でよく聞こえなかったけど、なんだか聞こえてはいけない単語が聞こえたんだけど!? 確かに、私のお祖父様は前王様の弟。お祖父様時代は大公名乗ってましたけど!? 乗っ取りって言わなかった!? やっぱり、殿下のお腹はまっくr・・・・・・


「ますます気に入ったよ。君がいい。レティシア嬢にとっても、この婚約はメリットじゃないかな? 僕の婚約者だと、王宮のお茶菓子がついてくる。どうだい?」
「お茶菓子・・・・・・」


 思わず反応してしまったけど。そして、いい笑顔で目の前に愛しのお茶請けひとを差し出さないで! まだ手をつけてないチゴの実タルトとは違って、こっちはキャラメル色の四角いケーキ。何味かなぁ? 見た目通りキャラメル? いや、意外と濃いめのチョコレートケーキとか?? よだれが口の端からしたたりかけ……自称鉄壁の仮面が外れそう。ええ、それはそれは魅力的ですよ? 王宮のお茶菓子がみっちり研究できる時間がいただけるのであればね!


「これからよろしくね? 婚約者殿」


 え・・・・・・えぇええーーーーーーーーーー!? 本決まり?本決まりなの!?




 端なくも開いた口が塞がらない私は、そのまま思考停止。というか、目を見開いて固まった。誰か、嘘だと言って!! というか、お茶菓子堪能させて!! 目の前でお預けとか、ないよー!!
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