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ワールドエンド邂逅編

白の御使い

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 夜空に赤い光が敷き詰められている。

 その絶望的な光景を見上げながら、白い人影は、なんの感慨もなく飛び上がった。

 地上百二十メートルの電波塔、平坂タワーを駆け上がり、千を超えて降り注ぐレーザーの合間をすり抜けて空に到着すると、腰から二本のカトラスを振り抜いた。

 剣先で結界陣を描き、半径十キロまで拡大させ、自分を餌に空を覆う赤目のカラス達──鳥型デミタイプを引き寄せる。
 光の環を圧縮させて百を超えるデミタイプを閉じ込めると、次の瞬間、結界内で放たれた無数の光の矢が蹂躙した。

 巨体の鳥達が、黒い羽根を撒き散らして爆散する。
 最期の足掻きに放たれたレーザーを足取りも軽やかに避けると、人影は、目深く被った白いローブの裾を爆風にはためかせて、カトラスを動かす。大量の結界が生成される。
 上空で幾度も光が輝いて花火を連続で打ち上げたように、崩壊した平坂の街を煌々と照らし、ぴたりと静かになった。

 ものの数秒の虐殺のあと、赤い光が消え、赤い夜に静寂が訪れた。
 そして、赤黒いオーロラの合間から、黒い月が現れた──が、ムンドゥスに月は存在しない。
 天上に掲げられた黒い円が、ぐねぐねと動き始める。円の中から無数のカラスが飛び立つ。左右に別れて列をつくるカラスたちの奥から何かが、ずるり、と這い出る。

「────エンネア」

 白いフードの下から、冷徹すぎて性別もわからない声が聞こえた。

 次の瞬間、カトラスを構えて前方に大跳躍をする。
 ずるずると円から這い出る漆黒の何かが、黒く尖った口を開き、超高濃度魔力波を打ち出す。が、高層ビルを撃ちぬいて着弾したその赤い光を、剣は無情に切り裂いた。

 白い影がカトラスで十字に切ったレーザーの中央を突貫する。
 超高速の跳躍で一気に距離を詰め、瞬間移動し、相手が自動展開させた魔力障壁を撫で斬りにする。
 荒れ狂う魔力風を物ともせず、レーザーの残りカスが平坂の街を跡形もなく吹き飛ばすと同時に、エンネアと呼んだ漆黒の化け物──巨大たな鷲型のデミタイプの前に着地した。

「…………」

 エンネアに肉薄した刹那、左右のデミタイプ達が一斉にレーザーを放つ。
 挟み撃ちになった赤い光の包囲網を、フードの下の唇さえ動かさずに、手を振って光の盾を展開させ防ぐ。互いの攻撃で同士討ちに死んだデミタイプ達には目もくれず、剣を構え直した。

 世界に、黒い羽根と、血の雨が降る。

 そして、別空間からの全身転送を終えたエンネアが飛翔した。
 雲の上、高度上空に飛び上がる。くちばしを開き、三対六枚の羽根を大きく広げる。

「ギィアアアァア」

 凍る大気を化物の咆哮が引き裂く。
 喉から、六枚の翼から攻撃術式が展開され、魔力波が放たれる。
 街を薙ぎ払い、高層ビル群を吹き飛ばしたレーザーが、絡み合い混ざり合い一本の赤い槍となって地上に放たれた。

「……────」

 七本の螺旋で作られた赤い槍を見上げ、白いフードを揺らし、不意にカトラスの一本をくるりと宙に放り投げる。
 小声で何事かつぶやいた瞬間、柄の青い宝石が輝き、巨大な盾に変化した。

 青く輝く盾をかざし、赤い槍に突撃する。槍と盾が激突し、轟音と共に光が歪み、世界が歪むを
 空間を歪ませながら赤を押し返し、打ち消した青い輝きは、流星のように雲を抜けて空の海に達した。

「ギ……ッ」

 一つしかない複眼の赤目をギョロつかせ、くちばしから煙をあげる黒い鷲に、青い星が衝突する。
 次の瞬間、エンネアの口へ飛び込んだ白いローブは、カトラスの刃先を閃かせて体内に突撃した。

 化物の断末魔は一瞬で終わった。
 カトラスの一閃がエンネアの頭部から腹部を真っ二つに切り裂いたのだ。

 切り刻まれたエンネアが塵になると同時に、赤い夜が終わる。
 そして、戦闘は終了した。




 /*/




 平坂は寺も神社もあるが、教会は一切ない。
 だからその場所は、住宅地の森の中にひっそりと隠れるように存在していた。

 星降る夜の下、白亜の礼拝堂から、荘厳なパイプオルガンの音色が響く。
 古いゴシック様式の建物は濃厚な木々の匂いと霧に包まれて、生温い風に吹かれる森は、この世のものではないような神秘的な空気を漂わせていた。

 夜の森に、足音がする。むせ返るような甘い土と緑の匂いの中を、白い人影が歩く。夏虫の一匹も殺さずに歩き、礼拝堂にたどり着くと、獅子を模したドアノッカーに手を伸ばした。

「………………」

 ドアを開けた瞬間、天上から降り落ちるパイプオルガンの音が白いローブの表面を撫でていく。
 赤い唇を動かし、何か言いかけたが、やめて、赤い絨毯の上を静かに進んだ。

 講壇の手前で止まり、膝をつき、頭を垂れた。

「────デミウルゴス・プロトタイプ=エンネア、討伐完了致しました」

 讃美歌が止まる。
 白金のローブを目深く被った男が、鍵盤から手を離し、振り返る。
 最高級の絹が赤い絨毯の上を滑り落ちる。月光に照らされた金の刺繍がつやつやと輝いていた。

「ご苦労だったね」

 優しい声だった。
 その声音から発音まで、この世の優しさと慈愛を隅々まで溶かし込んで煮詰めたような声で微笑むと、男は椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。

「顔をお上げ。疲れたかい?」
「……はっ。いいえ」

 頭をわずかに上げて断りを入れる様子に、男は笑みを深くする。

「この地は異神の地だが、とはいえ、人の子はいる。ならば我々がするべきことはひとつ。迷える子羊を守り、救い、導くは我らの役目」

 我らが聖王の御名の元に、祝福あれ。
 聖歌を歌うようにささやいて、男は十字を切った。
 それから、講壇へ無造作に置かれた紙を三枚、手に取った。

「報告書を読んだよ」
「…………はっ」

 報告書の写真には隠し撮りと思われる、不機嫌そうな金髪の少年、銀髪の少女(何故かカメラ目線でピースしている)と困ったような藍髪の少年が映っている。

『魔術特別区平坂におけるデミウルゴスタイプの出現増加について』
『デミウルゴス・プロトタイプ=デカの出現及び殺害経緯』

 そう書かれた書類を楽しげに指先でなぞり、男は、夜の静けさそのもののように口を開いた。

「……彼らについては、もうしばらく、様子を見ましょうか」
「ですが、それは……!!」

 白いフードを揺らして顔を上げたが、出過ぎた真似かと下を向く。地に添えた指先が、カタカタと震える。

 男は目を細め、講壇から離れると、革靴の先を絨毯に沈みこませるように音もなく歩き始めた。白いローブの前に立ち、膝を折る。震える細い手を優しく持ち上げた

「心配ありません。全ては主のお決めになること。……彼はまだ目覚めておらず、助けが必要です。顔をお上げなさい。私達は、絶望が許されないのだから」

 白銀のローブに触れて、その下の頬に触れる。
 白い頬を濡らした返り血を拭って、男は、世界の庇護者のように微笑んだ。

「御休みなさい。サンダルフォン」
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