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242 デジャブ? またというか、やはりというか
しおりを挟む憲兵が集まる舎館、ギルド、教会など主要施設につながる道の街頭が、ほの淡く灯り始める。貴族の館の窓からも。視界を奪われた人々は真っ暗な山や畑に向かって走り、戦う冒険者らは高い塔の灯りを目指して走る。間もなく、空の全てが暗闇に覆われる。星達の瞬きがあるのか、ないのか。たとえあったとしても、人々の心の慰みにはならない。その背には漆黒のドラゴンがいるのだから。
闇に紛れたドラゴンは凶暴な白目を浮き立たせ、時々ブレスを貯めるように大きく息を吸って白光りする。夜は力が半減するとか、実は夜目が利かないとか、そんな弱点はないものかと考えもするけれど、見た目に変化はない。逆に漆黒の体躯が闇に溶け出して艶を帯び、一層に強そうだ。グルルギャルルと鼻を鳴らす音が空気をも振動させる。ほんの少し移動するだけで、崩れかけた城はがらがらと大きな石を落とし、美しい庭には大きな岩が転がり穴が開く。 『歩くだけで大災害』本で読んだ言葉が、目の当たりにして現実味を帯びる。そんな生き物と対峙するのは大好きな人達。怖い、ただ怖い。キールさんの背中をぎゅっと掴んで、必死で不安を打ち消した。大丈夫、ディック様なら、アイファ兄さんならと。
ディック様達が跳ね橋が上げられた橋を、迂回とロープで渡った様だ。キールさんが急いでライトで照らすけれど、そんな小さな灯りではドラゴンの全体像が分からない。急所を狙うなんて無理だ。
「ウワオー――――ーン!!」
聞き覚えのある頼もしい声が聞こえた。ジロウだ! ジロウがオレの気配を辿って来てくれた。ジロウは途中、ドラゴンの気配をも察知し、超特急で駆けつけてくれたんだ。
『ねぇ、コウタ! 間に合う? 間に合う? お肉! お肉! 』
キールさんにおぶわれたオレのお尻を鼻で突いて、早く行こうと催促をする。ジロウ、駄目だよ。ドラゴンはディック様でも無事では済まない生き物なんだもん。思ったようにお肉なんか囓れないよ。そう窘めると、いそいそとキールさんがオレを下ろしてくれた。行かせてくれるの?
「コウタ。俺はここで冒険者や憲兵達の指揮を執る。突っ込まれちゃ、アイファが暴れにくいからね。魔法が使える奴らがいれば、攪乱、いいや、今日は視界確保のライトを増やす。お前は怪我をしないように、近くで見てこい。奴らがお前への得点稼ぎで張り切るはずだから」
なんだか悠長な言葉だ。だけど、行かせてくれる。オレはジロウの背にまたがってにっこり笑った。信頼に応えるには、絶対に怪我をしないこと。そう心に言い聞かせて。だけど、その前に!
「いくよ、ジロウ! 特大のーーーーライト!」
ーーーーカッ!
ぐぉおおおおおおお
「「「「 ぎゃーーーー、まぶしいーーーー」」」」
「「「「 きゃぁあああ! ド、ドラゴンがあんなにーー 」」」」
あれれ? 視界を確保するのに、なるべく大きなライトで光らせたんだけれど。お日様をイメージしたライトはドラゴンがくっきり分かるように上空に大きくを意識した。だけどやり過ぎちゃった? 怪我をしないようにと思ったのに、早速キールさんから拳骨を貰ってしまった。痛ちゃい。小さくするって言ったら、みんなが混乱するだけだからそのままだって! だけどほら。逃げる人も逃げやすいじゃない。 オレは頭を押さえながら、ジロウの背にしがみつき、ひらり跳ね上げ橋の先を目指した。
「来たか? やっぱお前、普通を知れ。やり過ぎだ。……にしても、でけぇな。黒い個体か。ちっとは手応えがあるかもしれねぇが、ちゃんと見とけよ。一瞬で決めるぞ!」
えっ? ディック様、血まみれは? 軽い台詞に思わずキョトンとしてしまった。
「ああん? 今日は俺が見せてやるよ。年寄りは座っとけ。派手に噛ましてやる!」
『駄目駄目! 尻尾! 尻尾の付け根は僕にちょうだい! お願い! お願い! 』
ジロウが慌ててダダをこねる。なんなら兄さんの腕にかぶりついているし。もしかしてミツクビガメの尻尾が美味しかったから? それと同じだと思っているのかな? まぁ、大きさは大して変わらないけれども。
「でも、でも、ディック様。前に血まみれで退治したって! 気、気をつけて!」
余計な心配かもと思うけれど、とりあえず不安な気持ちは伝えることにした。すると二人が嫌そうな顔をする。
「「「「 ブレスだ! 避けろーーーー! 」」」」
強い力で宙に引っ張られた。たくましい腕はディック様。アイファ兄さんもジロウに噛みつかれたままクロームの城の高い塔に向かって壁を蹴って走り上がる。ハッと見上げると、直ぐ横にドラゴンの大きな瞳がぐぐっと動き、すぐさま黄白色に発光した大きな光が牙の間に見える。
オレ達、まさか、まさか、おとりーーーー?
ギャゴオオオオオオオーーーーーーーー
ドガガガガーーーーーーーー
キラキラと瞬いた星を見た瞬間、真昼のように明るくなって、熱い、熱い、熱い、熱い!!
すんでのところで下降し始めた直ぐ上を、赤から白に向かって同心円を描くような熱線が放たれた。あっという間に地上に降りて離された手が、がくがくと震える。凄いけど、熱くて、怖くて、あっという間で、やっぱり怖い。いろんな感情と焼けるような熱。汗びっしょりで立ち上がれない。なのに…………。
「じゃあ、尻尾はオメーにやっから、首は俺に寄越せ」
「はぁ? 一番目立つとこだろう? 俺がやる。親父はコウタ係だ」
「何を言う! コウタ係は今、務めただろう! 次はお前だよ! 俺が首。首ったら首」
「いんや、俺が首。だったら親父は尻尾を切れよ」
『オオン、オオン! 尻尾は僕。僕が食べる! ちゃんとみんなの分も残すからーー』
えーっと、ドラゴンの目の前で喧嘩しなくても。それほどの余裕があるの? なんだか深刻になった自分が空しくなった。
ーーーービュン! ドガン! バキュン!
太い尾を持ち上げたドラゴンはクロームの城を破壊し始めた。石つぶてがビュンビュン飛んできて、対岸の冒険者達が大慌てで物陰に隠れている。
「あんた達! 何のんびりしてるの? みんな必死で逃げているんだから、緊張感を持て!」
瓦礫の中からボロボロに汚れて出てきたニコルが一喝。そして一枚の紙を見せた。
「「 ゲー―――― 」」
さっきまであんなに張り切っていた二人が、突然、目の色を失った。ジロウもニコルに説明されてキュウンと悲しそうに伏せてしまった。ついでに、今度はどっちが殺るか、なすりつけあいを始めた始末。 何? 何? 何がかいてあったの?
エンデアベルトメッセージ? ううん、そんな分かりにくいものではなく、ドラゴンの絵と爪や牙、腹、背など細かな場所と説明書き。
「サーシャ様がね、ドラゴンが出たら素材が欲しいって。メモを預かってきたんだ。サンリオールに行くことになるなら二人に討伐が回ってくるだろうってね。で、その覚え書き。傷をつけたくないところとか、綺麗な形を作ってほしいとか。まぁ、殺っちまってからでも出来なくはないんだけど、生きたままで上手いこと切ってくれればさ、切り口の鮮度とか加工しやすさとか、随分違うんだとよ」
とことことオレを抱きしめて、頬ずりしながら教えてくれた。二人が言うには、それはかなりの高難度で、特に腹に血をつけちゃ行けないってところが無茶なんだそう。うん、確かに。
あれ? ドラゴンって、たくさんの人で急所を何度も攻撃して、お互いボロボロになりながらやっとやっとで討伐するんじゃなかったんだろうか?
「はい、ブレス来るよー―! 次は貴族館方面ーー」
ニコルの軽やかな一声で、オレ達は再び貴族館の上空に走り上がる。ありゃりゃ。今度は高度が足りなくて貴族館の最上階がブレスで吹き飛ばされちゃった。さすがに二回目は心得たし、ジロウが風魔法で冷やしてくれたから熱くない。うん、こうやってブレスをコントロールすれば被害は少ないね。だけど、そろそろさ、ドラゴン、何とかしようか。
「しょうがねー。二人で行くか?」
「ああん? 嫌だね。親父がどうぞ。コウタがビビんねーように俺が見といてやるよ」
「ンガ! 卑怯だぞ! だったら俺もやらん! お前が行け!」
あーあ、せっかくまとまりかけたのに、再び口論、ううん、取っ組み合いの喧嘩になった。今度は二人ともが行きたくないらしい。ふぅ。教えてくれればオレが行くって言ってみたら、二人揃って駄目だって言うし、ジロウは待ちきれなくてヨダレがだらだら。どれくらい魔力が残っているか分からないけれど、いいよ、ジロウ、オレの魔力を舐めていて!
ふわり!
ジロウが舐めやすいように、多めに魔力を振りまいた。けれど、ほら、特大のライトを出したままだったし、閣下とか、必死で戦った後だったから、つい、その、うっかり。ちょっと魔力が出過ぎただけで。
シュルルルルル! ドラゴンの身体の周りをうねるように舞い上がった金の光の粒が、たった今、ブレスを出し終えて深呼吸のように吸い込んだドラゴンのお口に届いてしまったわけで。
ーーーーぱぁああああああああああああ
満点の星空がライトの下でチカチカと再現されたように、オレの金の魔力が巨大なドラゴンを包んでいく。
ーーーーカチリ
オレの耳に、ニコルの耳に、ディック様とアイファ兄さんの耳に、乾いた音が届いた。
「「「「 ま、ま、まさか? 」」」」
ギャオオー――ーン
バタタタタ! 羽を大きく羽ばたかせたドラゴンがオレと目をピタリ合わせた。漆黒と漆黒の瞳が見つめ合う。嫌な予感しかない。
ディック様を見上げ、アイファ兄さんを見上げ、ジロウと目を合わせる。残念そうな顔でコクリ頷くジロウ。オレは、ドキドキしながら一応確認することにした。
「ふ、ふ、伏せ!」
ドド――ーン。
けたたましい地響きを立てながら身体を横たえたドラゴン。その瞳はにっこりと嬉しそうだ。しんと静まりかえる世界。がっくしとうなだれたオレはいつしかライトの光を消してしまっていた。周囲に浮かぶのは冒険者達が援護のために出した弱々しい光。
オレ達は、はぁーーと大きなため息をついて、どうしようかと途方に暮れるのだった。
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