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184 悪魔の後始末

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 ディック様とジロウの背に乗って、オレは今、王都に向かっている。行方不明になったプルちゃんのことは心配だけれど、繋がりがなくなった訳ではない。うんと遠いだけ。今は幾つもの黒煙を上げる王都が優先だ。そして、王都から漂ってくる黒煙が周囲に溶けこみ、勇者の剣の前で再び姿を現して、その剣先に染み込んでいくのも気になる。

 ジロウのお母さん、タロウがアイファ兄さんや冒険者さん、ブレイグさん達をまとめて運んでくれている。「そろり歩く」なんて言っていたけれど、さすが神獣だ。風のように走るジロウとは比べ物にならないけれど、馬や馬車なんかよりよっぽど速い。


 王都に近づくと、町の城門はたくさんの人で溢れかえっていた。荷物を持って王都を捨てていく人、逃げていく人達。半狂乱のようになって走り惑っているのに、その足は目的を見失っているかのようで、足を踏んだの、押した押されたの、はては気に入らないからと互いをののしり合い、叩き合うなど混沌としたいた。そしてその身体から悪魔が好んだ黒煙がゆらゆらと立ち上っている。


「門は無理だ! 王城に直接向かうぞ! ジロウ、城の後方の山を目指せ! そっから降りて王を引っ張り出す」
 ディック様の指示でジロウは王城の背後の山に向かう。この山もエンデアベルト地方同様、厄災の名残の砦だ。堅強な砦を中心に城が建ち、街を作って国が生まれた。その歴史の象徴。
 当然、頑丈な結界や警備の兵達がいるけれど、街の混乱の中を行くよりずっと早い。そして、こんな風に混乱した人々を収めることこそ王の務め。危険だけれど、王様を引っ張り出して王城を人々の混乱を鎮静化するべきだ、というのがディック様の見解だ。


 オレ達は警備が手薄になる山頂の手前でタロウと合流した。正気になった冒険者さんたちは、広がる火の手や混乱した町の人たちの救助にあたる。そのために王都門付近から町中に散っていったとブレイグさんから聞かされた。

「私が先に行こう。私の顔で城内まで行ければいいが......。難しい場合は、すまん、任せる」
 ブレイグさんの先導で山を下りると、心配は杞憂に終わり、すんなりと通してもらえた。ディック様やアイファ兄さんは罠ではないかと慎重に周囲を伺って歩いていたけれど、どうも王様からの口添えもあったようだった。


「おう、ディッ君。待っていたよ。こんなになるならもっと早く教えて欲しかった」
「知らん! そもそも俺らんせいじゃねー。お前、王だろう? こんなになる前に静粛させろよな?」
 事態のいくらかを想定していたような王様との会話。王様は受勲式の時みたいな立派な正装をしていて、王妃様も美しく着飾られている。難しい打ち合わせをする必要がないほどに支度が整っていたので、オレはあと少しだとほっとした。

 王様たちが支度していた私室はものものしい警備で、何重にも結界が張られていたのだけれど、民の前に出るために長い廊下を歩き、幾つもの階段を下りて上がって行くと、当然、結界も薄くなる。次期に王様一行にも変化が現れた。


「きゃぁ!」
 王妃様のお付きの侍女が剣を向けて襲ってきたのだ。すんでのところでブレイグさんが弾き飛ばしてくれたけれど、赤い瞳に変えた侍女は瞬時にお腹を弾けさせて息絶えた。

「……これって。あの森ん中、みてぇだ」
 アイファ兄さんの拳に力が入る。ここは結界の影響が少なくなっているところなのかな? ふと心配になってブレイグさんを見上げると、ブレイグさんはふうふうと肩で息をしながら額を押えていた。

「……くっ。 見えぬ何かが......。 すまん、情けないことに制御が......。離れてくれ」
 声を震わせたブレイグさん。辛そうに片膝をつく。悪魔の何かが......、人を狂わせる何かがあるんだ。
「ジロウ、スカ! 何だか分かる?」

 周囲を見回して見えぬ何かを探すと、くんくんと匂いを辿っていたジロウが花瓶の前で止まった。どうやら悪魔が飲んでいたあの液体が花瓶の水に仕込まれていたらしい。スカが言うには、あの水が少しずつ空気に混ざり、悪魔の影響を受けた人が赤い瞳になってしまうみたいなんだって。だったら、その効果を消してしまえばいいよね?


「ディック様、オレの出番!」
 難しい顔をするディック様に許可を得て、オレはジロウから降りて深呼吸をすると、そっと目を閉じて身体の中の魔力を練る
 そして周囲に広がるように、薄いけれど広く、光魔法を放出する。オレの気配を察して絶妙な力加減でジロウが風を起こしてくれたから、少ない魔力でも効果抜群だ。ふわふわと白い柔らかな光が広がって、周囲を浄化した。

「す、すごい! 身体が軽くなった! さすがコウタ殿! 恩にきます」
 ブレイグさんだけでなく、ディック様達も身体が楽になったと驚いていた。くたくただけど、みんなが喜んでくれると嬉しいね! 元気が出るね。 頭の上のソラもピピと褒めてくれたんだ。(王様たちはとっても驚いていたけれど、今は非常事態だからね、気にしないことにしているよ)



 街が一望できる大きなテラスに着く。門前ではお城に押し入ろうとする人々に阻止する兵達。あっちこっち怒号が飛び交い、たくさんの人たちが傷つけあっていた。王様の登場を知らせるラッパの音で人々の視線が集まる。安堵の顔が少し、困惑、不安、怒りが多数。こ、怖い。

 だけど、王様が声を発しようとするとたくさんの野次や罵声で言葉がかき消されてしまう。そしてまた、人々は混乱の渦の中に。

「 王様、これを! マイクと言うものです。古代遺産ですが、声を大きく拡散する魔道具です」
 いつのまに? クライス兄さんが王様にマイクを差し出す。兄さんの部屋でいつか見た魔道具。ちゃっかり持ってきていたなんて! さすがクライス兄さんだ。

「あー、すまんのう。(のぅ、のぅ、のぅ......) おお、(おぉ)本当に(本当に)声が大きくなる。(なる、なる、なる……)すごいのぅ!(のぅ、のぅ、のぅ......) 面白いのぅ(のぅ、のぅ、のぅ......)」 
 マイクの性能に驚いた王様。だめだよ、喜んじゃ! 不謹慎だから!

 ズゴン!!  
 と、王妃様の鉄槌のおかげで正気に戻った王様が人々に演説を始めた。

「皆の者、落ち着け! 落ち着くのだ。 己をよく見よ。 何が不安だ? 不安があるものは教会に行け。そこで兵らが丁寧に話を聞こう、寄り添おう。 何が不満か? 不満ならば我が聞こう。 我の力が足りぬのだ。共に解決の糸口を探そうではないか? 」

「「「 王が話を聞くのか? まさか? 」」」
「「「 教会は……、そうだ司祭様はいつも話を聞いてくれた」」」
「「「だが、恨めと、憎めと言ったぞ? 兵らに言ったところで何になる?」」」

 聴衆の反応は様々だ。けれど、王が直々に話を聞くということ、己の非を認めたことにざわついている。

「お主たち、落ち着いて隣を見よ。己の大切な人ではないのか? お主らは何のために傷つけあう? 飢えているのならば食料を、寒さに凍えているならば毛布を与えよう。金が欲しいのか? 出せるだけ与えよう。 じゃが、本当にそれでいいか? それで、お主らの大切な者を守れるか? 与えられるだけならば、それは近く底を尽く。じゃが、創り出す側になれば苦労はあるが生きる意味も生まれる。 思い出せ、勤勉なる民よ。何のために生きる? 何のために……? 我は逃げも隠れもせん。 ただ、主らの幸せを祈るのみである」

 王様の潤ませた瞳に、人々は吸い込まれていく。だけど、これが悪魔の仕業なら、言葉だけでは駄目だ! 淀んだ空気を、支配された心を癒さなければ。だけど、どうやって? こんなにたくさんの人を、こんなに広い範囲を。オレとジロウでも無理だ。

 絶望な気持ちでふと風を感じた。傾いた陽の光の先に、小さな光。
ー---プルちゃん!!







 
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