193 / 260
181 覚醒
しおりを挟むー---わぁああああああああああ・・・・
静寂を破ったのは、クライスの叫び声だった。
「よ、止せ! やめろ! お前には無理だ」
「で、でも。 コウ、コウタが! 父上、放してください!」
飛び出したクライスを全身で受け止める。あの細い腕に、こんなにも力があったのかと冷静になったことで俺を現実に引き戻した。
飲まれた、のか? 喰われた、のか?
ドクンドクンと波打つ心の蔵が、わめき叫ぶクライスが、真っ青になって膝をつくアイファが・・・・・・
たった今、目にしたことが現実だと言っている。
馬鹿な……
俺は夢でも見ているのか・・・・?
奴は確かにアイツを気に入っていた。魔力が美味いと……。
だが、喰うか?
い、いや……、そんなことより考えるんだ!
俺達が今なすべきことを。
コウタを飲み込んだ悪魔に、無謀にも飛び掛かろうとするクライスを制して、全力で思考を巡らせる。まだ手はあるはずだ! それに、相手はコウタだ。常識を忘れろ、と自分自身に必死で言い訳をする。
「ドっちゃん!」
「ぐをぅ!」
ぼろぼろに穴が空けられた装備で、サーシャが再び猛攻撃を繰り出した。ドッコイと息を合わせ、小山のように大きく膨れ上がった奴の足に、腹に、腰に・・・・。ズンと重い拳も、全身を使った体当たりも、丘を吹き飛ばす蹴りさえも大きくなった肢体には効果は薄く、サーシャとドッコイは幾度となく弾き飛ばされている。ドドンと放たれた魔法はクライスの先生たちだろう。だが、悪魔は不気味に笑いながら己の手を広げて、力が滾る様を感じ、悦に浸っていた。
「素晴らしい! さすが御子だ! 見よ! 溢れ出る魔力! 溢れ出る力! どこまでも私の為に尽くすのだ! はははははははははは・・・・・・」
『グルル......、ディーさん、大丈夫。 急いで! まだ、繋がっている、乗って! 』
奴を見上げた力強い金の瞳。俺はクライスを放り出すとグランの頭に飛び乗った。
大きく大きく身体を膨らませたジロウは、凄まじい勢いで宙を舞う。がぶりと嚙みついた腕を足掛かりに、一層跳躍し、奴の頭上高く舞い上がると、胸を目掛けて急降下。俺は吹き飛ばされないように踏ん張りながら力を溜めた。
ー---そこだ!
これ以上ないタイミング、これ以上ない重い一撃!
だが奴は、大きくなったとは思えぬ素早さで、さっと肢体を翻した。
ー---ドガガガガッ!
反動で己に返される残撃。俺とジロウは岩に叩きつけられる。
「グッ、ガッ! まだだ! いくぞ!」
「グルルル」
奴の肩からポタリ垂れた紫の血液に唇を引く。やっとだ、やっと奴に傷をつけることができた。再びジロウに乗って、俺達は空を駆ける。次は喉!
凄まじい勢いで、急滑空するオレと目を合わせた深紅の瞳が三日月のようにしなる。奴は息を吸って、その口を開けた。
「ブ、ブレス・・・・・・!」
瞬間、俺は強い力で突き飛ばされる。
突き飛ばされ、力なく空漂うを俺が目にしたのは、ゆっくりと回転しながら落ちていくジロウと真っ白な熱線ブレスを正面で受け止めるアイファ............?
ー---あの子は人の気に敏感なのね。優しすぎるから、私たちとは離れて自由になったほうがいいのよ。
冒険者になりたいと伝えられた日、アイファの寝顔を見ながらサーシャが言った。
破天荒な辺境伯の長男として育った奴は、俺とおそろいの瞳を輝かせて、いつだって教えを乞うた。特に剣のセンスは抜群で、けれど才能に溺れることなく、剣の手入れや地味な素振りをこつこつもくもくと続ける男だった。
サーシャがクライスを身ごもった時、その体調の不安定さに随分と心を削り、心配をかけまいと苦手な座学や貴族の慣習を進んで学んでいた。「母上を守りたい」と涙して寝入ったと、メイドから聞いた日が幾日あったろうか? 俺達は胸を熱くして気づかれぬように見守った。
クライスが生まれると、アイツは己のことを後回しにして、かいがいしく世話をした。サーシャの手も、乳母の手も必要がないほどに。幼い子が幼い赤子の面倒を見る姿が、可愛い可愛いと顔を溶けさせる姿が、それはそれは面白くて、美しくて。
クライスの才に気づいたのもアイファだった。アイファが学校で習ってきたことをクライスに聞かせると、幼いクライスはするすると習得してしまった。こいつは賢い。その好奇心を伸ばしてやりたいと、家庭教師をつけるよう提案された。クライスが剣よりも古代学(学問)を好む姿を見て、嫡男としてふさわしいのはクライスだとも告げた。辺境伯の地位はそこそこに高い。他家では跡目争いが起こるものだが、自身が一歩引きさがる行為は、彼にとって自然なことだった。あいつは、俺達の誇りだ。
ニコルにしても、キールにしても。悲しみに寄り添ううちに、互いに認め合う心服の仲間になった。
アイツ、真っすぐ過ぎんだよ、護るってことに......。命には順序があるって言ったろうに……! この馬鹿ったれ!
命を失う時、人は己の生きざまを見るという。けれど、大切な者の命が失われるとき、そいつの人生が溢れてくるってのは何だ?
馬鹿だ、俺は、馬鹿だ! なぜ決めつける? アイツが、アイツが......。
俺は今、アイツを、アイファを失おうとしているのか?
突き飛ばされた力から反対の方向に向かいうように、ギュインと意識が引き戻された。スローモーションだった視野が急激に動き出す。
真っ白な閃光が目の前で男を吞み込んで、周囲に広がった。
ダガーーーーーーン!
ガッ、ガッ、ガガガガガ !!!!
風圧で岩に押し付けられた身体。重い雨雲も吹き飛ぼされ、ぬかるんだ地面が干上がり、舞い上がった砂埃が息苦しい。こ、これほどの衝撃を、アイツは、アイツは・・・・・。
転がされた地面をたたく。
くそっ! くそっ! くそっ!
干上がった砂をじっとり濡らした俺は、近づいた足音に頬をあげた。
「なっ?! お、お前・・・・?」
転がっていた大剣を拾った男は、身体からしゅうしゅうと音を立てて白湯気を纏っていた。ガシと大剣を口に咥えて、乱れたくせ毛を頭上で高く縛り上げた。
「なーに泣いてんだよ、くそ親父! 勝手に殺すな。俺は今、サイコーに不機嫌なんだよ」
見下ろされた瞳は、赤と緑のオッドアイ。
あの瞳は・・・・・・?
よろよろと立ち上がろうとしたその時、漆黒にたなびいた体毛を膨らませたグランが言った。
『・・・・・・・・繋がりが、 き、れ、た.・・』
22
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
外れスキル持ちの天才錬金術師 神獣に気に入られたのでレア素材探しの旅に出かけます
蒼井美紗
ファンタジー
旧題:外れスキルだと思っていた素材変質は、レア素材を量産させる神スキルでした〜錬金術師の俺、幻の治癒薬を作り出します〜
誰もが二十歳までにスキルを発現する世界で、エリクが手に入れたのは「素材変質」というスキルだった。
スキル一覧にも載っていないレアスキルに喜んだのも束の間、それはどんな素材も劣化させてしまう外れスキルだと気づく。
そのスキルによって働いていた錬金工房をクビになり、生活費を稼ぐために仕方なく冒険者になったエリクは、街の外で採取前の素材に触れたことでスキルの真価に気づいた。
「素材変質スキル」とは、採取前の素材に触れると、その素材をより良いものに変化させるというものだったのだ。
スキルの真の力に気づいたエリクは、その力によって激レア素材も手に入れられるようになり、冒険者として、さらに錬金術師としても頭角を表していく。
また、エリクのスキルを気に入った存在が仲間になり――。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~
ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」
ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。
理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。
追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。
そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。
一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。
宮廷魔術師団長は知らなかった。
クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。
そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。
「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。
これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。
ーーーーーー
ーーー
※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。
見つけた際はご報告いただけますと幸いです……
豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜
自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成!
理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」
これが翔の望んだ力だった。
スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!?
ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる