上 下
188 / 260

176 きいてねぇ!

しおりを挟む

 金属がぶつかる衝撃音にけぶっては消える砂煙。もともと遺跡しかない荒野だけれど、破壊され、えぐられ、焦げ付いた地面が戦いのすさまじさを物語っている。
 脚や腕を凍らされた兵士たちは、ある者は地面に転がり、ある者は腰まで氷漬けられ、威勢よく飛び掛かった勢いは消え、うめき声ばかりが広がっていく。
 後方の遺跡周辺では、相変わらずピカピカ、ドガドガと魔法の光や攻撃音が断続的に続いている。数は多くないようだが、かれこれどれくらい続いているのだろうか?

 アイファ兄さんの大剣が激しい風を巻き起こしたと思えば、あらぬ方向からディック様の長剣が走る。共に稲妻を纏わせて空気や地面を振動させているが、真二つに顔色を隔てた悪魔は、大きく動くことはなく、ただその漆黒の髪をたなびかせて軽やかに剣を受け、避けている。力の差は歴然だった。

「クッ、効いている気がしねぇ」
 受け流された勢いを殺して、地に足をめり込ませたアイファ兄さんが、ディック様をちらと見て言った。

「ああ、効いてねぇよ。お前ん剣は軽すぎる。もっと食え」
 じりじりと間合いを取って身構えるディック様にアイファ兄さんが笑みを溢した。
「はぁ? 今更か? 今、食ったって遅ぇーわ! それより息、切れてんぞ? 歳か? 長期戦だ。 今のうちに休んどけ」

「ただの運動不足だよ。 こんなの準備運動だ。それより、お前、ちゃんと聞いたんだろうな?」
「だから、効いてねぇってんだよ」
「違ぇえわ! コイツの正体や倒し方だ! ニコルに調べさせたろう?」
「はぁ? 何、勝手に俺のこと、調べてんの? 聞いたんならやってんだろうが! こんなバケモン情報があるか! 親父たちこそ、俺に情報寄越せってんだよ」
「早すぎんだよ、合図が! ここまで来るのが精いっぱい。大体なぁ......」

 二人の痴話げんかを聞いてか聞かずか、悪魔はニヤと笑って指を鳴らした。

ー---パチン

 召喚した兵達の合間を縫ってゴブリンたちが沸き上がってきた。
「嫌な野郎だ! ゴブリンは嫌いなんだよ」
 ニコルが後退してジロウをけし掛ける。のんびり屋のジロウが俊敏に駆け回って鋭い爪で一掃した。

「すごいよ、ジロウ! かっこいい!」
 思わず出た拍手に、アイファ兄さんとディック様がオレを睨んだ。

「「 かっこいいのは俺だ! 」」

 えっ? そこ? 今はそれどころじゃないのだけれど。一瞬で緊張が解けて、オレは再び再会の喜びに浸った。

「うん! 二人ともかっこいい! すごくすごくかっこいい」
 瞳の端に涙を浮かべて、さぁ、回復の魔法をたくさん送るよ! 元気になって! パワーだって、うんとあげちゃって! 油断なく、あの怖い悪魔をやっつけて!

 辺りに漂う金の魔力。ううん、回復強めの真っ白な光だ。金の魔力は悪魔が喜ぶからね。オレは父様と母様に抱かれて満天の星を仰いだ夜を思い出した。

ー---光魔法って言うんだ。
 そう、父様が語ってくれた冒険譚。
「ひかいまほう?」
「そう。聖なる魔法なんだけど、悪い心を混ぜ込まないように、女神様みたいなきれいな心で放つ魔法だよ」
「むつきゃしい?」
「あぁ、とびきりね。人は誰だって邪念、っていうのかな? 悪い心がちょっとはあるのさ。」
「わゆいここよ? とおたまも あゆの?」
 父様の毛布にくるまって満天の星を見上げていると、母様がベリーの小皿を持って隣に座ってきた。
「ちょっとー、シル! 私を引き合いにしないでよ! それより、さっさと私の活躍を話してあげて」
「かあたまも、わゆいここよ、あゆの?」
「うふふ。秘密! だけど、魔王をやっつけるには光魔法だけじゃ駄目なのよ」
「だめなの? じゃぁ、負けちゃうの?」
 コテンとオレに頭を預けた母様が、遠い星々を1つ1つ指でさして笑った。

「あの白い星が、父様の光魔法ね」
「じゃあ、あの黄色の星がサチの雷剣だね」
「そして、ひときわ大きな星がスットコ熊爺。小さいのがドッコイ。力持ちっぽくない?そらから少し離れた青い星はソラ」
「じゃぁ、その ちきゃくの ほしは オレ!」
「ふふふ。コウタは居なかっただろう? まあいいけど」

「見て! あの大きな赤い星がアックス。勇者の星よ。今は赤だけど、明け方には緑に輝く不思議な星ね。うーん、あっちの星をタロウにしようか?」
「あっ・・・」
 気づいてオレは、すくと立ち上がった。

「わかった。みんなの ちかやが いゆんだね」
 すると、父様が毛布を掛けなおしてオレを懐に引きずり込んだ。
「まだ冷える。風を引くぞ。 ほら、赤いべり―と黄色のベリー、甘いぞ」
「うん」
 そう言って口に放り込んでくれたベリー。冷たくて甘くてジューシーで……。

「みんな、っていうのは、私たちだけじゃないのよ」
 再びくっついてきた母様を、父様は嬉しそうに毛布を広げてくるんだ。

「ああ。その場には僕らしかいなかったけれど。そこに導いてくれたたくさんの人の力。それからー---」

ー---ザザン!

 目の前に広がった鮮血に意識が戻ってきた。腹を抱えてよろよろと立ち上がったアイファ兄さんは、後ろを向いてペッと血を吐いた。
 か、回復を! と思う間もなく、ニコルがザバッと液体を浴びせた。

「食らってんじゃないよ! 動きが遅い!」
「うっせー! 一撃は入れたろうが!」
「だが、一撃だ! あんなの、何度もできるもんじゃねぇ! おいコウタ!」

 ディック様の突然の指名に、背筋が伸びた。
「は、はい」
「アイツだ、スッカスカの野郎に聞いて、あっち封印してこい。埋めてもいいぞ」
 アイツ? スッカスカって...…、スカのこと? スカに聞いたら封印できるの? あっちっていうのは、クライス兄さん達が戦っているところ?

『ピ、ピッピピ! コウタ行くわよ! サーシャンは大丈夫?』
 残されるサーシャ様の頷きを見届けて、オレはスカの身体を掴んでクライス兄さんの気配をたどった。

「い、い、いやあああああ! 危ないから! 俺様、怖いっす! ま、守って――――」

 







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~

ゆるり
ファンタジー
☆第17回ファンタジー小説大賞で【癒し系ほっこり賞】を受賞しました!☆ ようやくこの日がやってきた。自由度が最高と噂されてたフルダイブ型VRMMOのサービス開始日だよ。 最初の種族選択でガチャをしたらびっくり。希少種のもふもふが当たったみたい。 この幸運に全力で乗っかって、マイペースにゲームを楽しもう! ……もぐもぐ。この世界、ご飯美味しすぎでは? *** ゲーム生活をのんびり楽しむ話。 バトルもありますが、基本はスローライフ。 主人公は羽のあるうさぎになって、愛嬌を振りまきながら、あっちへこっちへフラフラと、異世界のようなゲーム世界を満喫します。 カクヨム様にて先行公開しております。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚

熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。 しかし職業は最強!? 自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!? ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...