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144 秘密の共有

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 草原の奥に佇む巨木。幹は大人二人分ほどの太さで、上下左右に伸びる枝は濃緑の葉を豊かに茂らせている。葉と葉の間には小さな赤い果実。幼子の手の平に造作なく収まる丸い玉は、真紅の艶をまとって陽の光を一身に受けていた。

「すごく綺麗だね! 一つ一つが赤いお星様みたい」
 兄さんの肩に乗せて貰って一つもぎ取ると、その実はいとも容易く潰れてしまった。

 甘い。

 指についた汁は、何とも言えない複雑で潤沢な香りを放っていた。酸味があるのに、口に含めば甘く、濃く、深い味わい。苺のような蜜柑のような葡萄のような。芳香で豊かな果汁が手からじゅるるとしたたり落ち、慌てて口に入れれば、固い種を残した肉厚な実が解けるように、するりと溶けた。これは美味しい。だけど、採るのは難しい。

 ピピ、ルリリ。
 ソラは木の上の実を夢中で啄む。うふふ、よかった。ソラ、嬉しいね。にやと頬が緩む。すると兄さんがオレを地面に降ろした。

「お前さ、じつは自分で採れるだろう?」
「えっ? だって実がある枝はすごく高いよ?」

 巨木はとてつもなく大きい。一番下の葉だって兄さんの背とほぼ同じ。ぴょんとジャンプしたって届くはずはない。真意を掴めずキョトンとしていると、アイファ兄さんは目を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「誰も見てねぇ。本気出してみろ? お前、加護ってやつを貰ったんだろう? 魔力は分かんねぇくらいあんだから、上がったのは絶対ぇ、身体能力だ。思い切り跳んでみな」

 加護ってなんのことだろう? だけど確信に満ちた兄さんの瞳にオレはこくんと頷いた。オレ、女神様から賢さは貰ったけれど、運動能力はそんなにずば抜けていないはず。

 少し上の、はみ出した枝を狙って思い切り踏み出す。まさかね。あんな所まで手が届くはずはない……?!

 ザザザザザ……。

 ガシと掴んだ枝にドキリ。ブンと身体を振ればしゅたと枝に乗った。狙った枝より少し高い。兄さんの背を楽に超える高さに、どきどきと鼓動が高鳴った。
 下を見れば驚いて見上げるニコルとしゃがみ込んで頭を抱える青年二人。

 トンタントンと、ニコルが枝をしならせて横に座った。

「言ったアイツがびっくりしてるよ。ねぇ? ちびっ子。アンタやっぱり面白いねぇ~!」
 キシシと笑うニコルのオレンジの瞳が眩しい。オレもニッと笑い返して兄さんに手を振る。

 はぁ、びっくりした。
 ソラのさえずりはまだ遠いけれど、自分の力でこんな高い所まで来た。すくと立てば、眼下に広がる若緑の草原。こんなに見晴らしがいい場所は久しぶりだ。傾き始めたお日様が雲を濃く染め始めていた。

 手当たり次第、摘んで食べて。空間収納に採取した実を入れたけれど、取り出せば瞬時にその実が崩れて果汁が広がる。まだ青みが残る実ならば、かろうじて形は残るけれど、その味は完熟のものと雲泥の差だ。

 こんな時は……。
 オレは木からしゅたと飛び降りて草原に立った。柔らかな草の匂い。さわとほおを撫でる風。うん、この景色も悪くない。すたた歩みいでて見晴らしのよい中央に座り込み柔らかな草で籠を編み始めた。草の籠ならば実が傷つきにくいだろうから。

 小さい籠を一つ。チェーリッシュの実はたくさん採れば報酬も上がるから、籠もたくさん編もう。柔らかな草は、容易く手折れるし、青柔らかな香りを放って気持ちよく編める。

 とん。
 小さな爪のある指がオレの手を止めさせる。ハリネズミの幻獣が野苺を運んできた。ありがとうと、一つ受け取れば、リスの幻獣が胡桃を、ノネズミの幻獣が山葡萄の実をくれた。気がつけば幻獣たちに囲まれて、オレの籠はすでにいっぱい。

「みんな、ありがとう。でも、この籠はチェーリッシュの実を入れるために作っているの。嬉しいけど、自分たちで食べて」
 手の中に入った一匹の毛をふわり撫でれば、うっとり笑顔を浮かべた彼らが次々と毛を擦り付けて笑う。
 うふふ。嬉しいね! みんな来てくれてありがとう!
 心が幸せでいっぱいになると、パッと幻獣たちが消えてしまった。

 あれ? どうしたの?

 ぴょんぴょんと近づいてくるのは、ウサギのような猫のような魔物だ。ウサギのような長い耳がリボンのように捻られていて、可愛い身体付きなのに、顔は面長くネズミのように二本の歯が飛び出ている。小さく細く尖った目が、意地悪い猫っぽくて怖そうだ。

 これって……。依頼に出ていたキャンディロップ?! 想像図に近いけど、ずっとずっと強そう。でも、さっきオレに飴をくれたし……。生捕りにはしたくないなぁ。

 チラリ。兄さん達を見ると、三人ともこちらに気づいてないようだ。弱っちいって言ってたし、大きな音で驚かすんだったっけ。
 すうと息をすうと、オレは力の限り叫んだ。

「どっかーん!」

 ビクリ! ねじった耳を解いた魔物はお尻を突き出すと猫のような尻尾の付け根から勢いよく小さな塊を飛ばした。

 ぽととととー。

 「「「…………」」」

 オレが弱っちい、からだろうか?舐められているんだろうか? それとも、動物や従魔達みたいにオレの魔力が欲しいんだろうか?

 キャンディロップは、逃げるどころかくるり踵を返して近づいてくる。

「どっ、どっかーん! どっかーんだよ?」

 慣れない大声を出すたびに、尻尾を振り上げ、お尻を突き出して飴を降らせるけれど……。しっぽの付け根って……?

 オレが困惑していると、サッと飛び出してきたニコルが奴の耳を捕まえた。

「ち、ちびっ子! お、お手柄! だけどアタシたち、見ちゃいけないもんを見ちゃった?」
 ぐしぐしと笑いを堪えて掴んだ魔物を眺める。キャンディロップはグルグルと唸り声を上げて、ジタバタと手足を動かしていた。

「う、うん。 あっ、ねぇ? 逃してあげよう! だってオレ、キャンディロップの飴玉が好きだもん。オレたちに飴玉をくれようとしたんだよ?」
 
「お前さ、あの飴、どっから出た……ブッ?!」
「この野郎! ペッペッ!」

 ニコルの後ろから近づいてきた兄さん達に向かって、小さな魔物は茶色く粘る玉を、やはり尻尾の付け根から飛ばしてきた。アイファ兄さんの頬に、キールさんの口に見事命中。

 ーーーードッドッドッドッ
    ーーーープププププ

 奴は尻尾を真上に上げてお尻を見せると、飴と茶の塊を混ぜこぜに放出する。石つぶてより威力はないけれど、ふわり甘い香りに混ざって、嗅ぎたくもない臭い匂い。紛れもない排泄物で……。

 オレたちは謎に包まれたキャンディロップの秘密を知ってしまったようだ。地面に落ちたものは消えるけれど、服や身体についたものは匂いすら消えず……。

「どうする? コイツ。 依頼主に突き出す?」

 鼻を押さえたニコルがオレを見た。兄さんは嫌そうな顔で首を振る。

「オリもねぇし、捕まえてる間、そんなもんを放出されたらたまんねぇ。 逃がそうぜ。 キャンディの夢を壊したら可哀想だしよ」
「「違ゲェねぇ」」

 オレもこくりと頷いた。

 キャンディロップの秘密はそのままにしておこう。研究者には悪いけれど。捕まえなければ大きな被害はない。命の危機を察知しなければ、出すのはキャンディだけなのだろう。
 どこから出されたか、なんて、知らなければいいんだ。

 オレ達はみんなで秘密を共有することにした。






 
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