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135 行列
しおりを挟むガチャッ。
館の主人が扉を開けると、そこにはずらり使用人が並んでいた。
「何だ? お前たち?」
主人の問いに執事が応えた。
「コウタ様がお熱だと聞きまして、館中の者を集めました。誰の水から試しましょうか?」
分厚い書類を見せたタイトは、心配そうな顔を見せるミルカからコップを受け取る。コップの中は冷えた水だ。
「あぁ、要らん、要らん。魔熱じゃねえからな。案外に元気だ。持ち場に戻れ」
ごくりと水を飲み干したディックは、面倒くさそうに食堂に向かった。
「……だそうです。皆さん、ご苦労様です。持ち場にお戻りください」
淡々と受け流す執事の指示。ディックに追従する家族たちが名残り惜しそうに振り返るが、使用人たちは静かに部屋が空くのを待っているようで、誰一人動こうとしない。
「皆様の朝食が遅れます。さぁ持ち場に戻って!」
イチマツがパンパンと手を叩いて促す。すると先頭のメイドがにこやかに言った。
「水瓶の水を新しくしますので」
そう言ってコウタの部屋にいそいそと入っていく。
「お着替えを確認してまいります。お熱の状態でしたら、薄着か厚着か判断しなくては……」
「昨日のお洋服を引き取って参ります」
「毎朝、新しい風をお入れになるので、窓を開けてきますわ」
「では、適度にその窓を閉めて参ります」
無理やりに用事を作って部屋に入ろうとするメイドたち。
扉番の男も黙っていない。
「坊っちゃまは昨日、勝手に出かけた謝罪を『明日きちんとごめんねをする』と仰ってくださった。受け取って参ります」
「坊ちゃんが気にしていたお花が咲きましたので報告に」
「わたしの挨拶が好きだと仰っていた。今日は自分から挨拶をせねば」
「えー、わたくしは……、坊ちゃんの顔を見ねば一日が始まりません」
タイトはこめかみに手を当てる。誰もが何だかんだと理由をつけて顔を見ようとする。これではコウタが休めないではないか。だがしかし、この数日でこれだけの使用人の心を掴むとは……。
ひと通りコウタの顔を見た使用人が戻ると、今度は朝の訓練を終えた護衛担当の兵士や馬番、庭師などが列を作った。
「そうですか。お風邪を。いえ、いつも訓練を覗いたり、我々を労ったりなさるので……」
「あのお可愛らしいお顔が見れなくて、その、何と言うか、調子が出ませんで……」
「いやぁ、あの無垢な笑顔に力がみなぎるんで……」
あの人は、こんなところでも無自覚に魔力を振り撒いていらっしゃったか。深いため息をついた執事は、これならば寂しがったりしないだろうと胸を撫で下ろした。
「タイト様、坊ちゃんの症状は?」
今度は料理番達だ。
料理長のディーナーならともかく、下働きなぞ用事もないものをと執事は思う。だが、今朝からずっとこのような輩の行列ばかり。相手にするのも面倒である。
「お風邪を召した様子です。鼻水と咳。熱はさほど高くない様で、ディック様も深刻には捉えてみえない程度だ」
淡々と受け応えると、料理番たちが腕組みをして額を寄せ合う。
「じゃぁ大根だな。薄く切って飴と煮るか?」
「ハチミツの方が栄養があります」
「鼻水は辛いぞ。ミント系のハーブを入れよう」
「あれは苦いぞ。糖衣で包むか?」
「坊ちゃんは少食ですから、薬湯でお腹が膨れてしまいます」
「なら、ホーンスースの肝で滋養をアップさせよう」
「ですから量が増えるとお可哀想です」
「仕方ねぇ。面倒だが煮詰めるか」
「だったら……」
治療師を呼ぶほどではないと悟った彼らはあれこれと呟き薬湯を準備し始めた。
王都嫌いの主人は、ここで生活を送る妻息とは違い、滞在を短期間にしようと手続きや訪問などの予定を詰め込んでいる。
一方、やっとのことで王都に送り込んだと息巻く婦人と執事も、この際だからと社交や交渉を詰め込んだ。
さらに後ろ盾に国の英雄を仄めかそうと考える者、王都滞在の腹の内を探ろうとする者、何とか縁を得て地位を上げるのに利用できないかと悪巧む者などからの謁見の申し込みや茶会の招待などが相次いでいた。
そしてここにきて、学校区の崩壊に息子達が関わったと後処理が追加されている。
執事は仕事を嫌がる主人を毎日宥めすかしては政務にあたらせているが、コウタの風邪で嫌な気配を感じている。おそらくそろそろ限界が来るのではと。
「あー、飯、食ったらだりいなぁ。俺も寝るぞ。今日は休みだ。それにアイツの熱が上がったら俺じゃなきゃ対処できん」
やっぱりである。
今日は騎士団に王都滞在中に預かってもらっている私兵についての相談依頼や遠征計画の助言、領の兵団の報告など、領主としての重要な仕事が山積みである。だからこそ、明日の特別訓練の視察が許された訳なのだが……。
タイトはふうと大きく溜息を付き、我儘な主人をどうやって動かそうかと思案する。
「コウタ様は大丈夫でいらっしゃいます。朝からお部屋の前に大行列ですから、ディック様の出番は有りません」
キッパリと告げると、主人はニヤと含み笑いをした。
「オメェは知らねぇだろうが……、発熱時のアイツは一筋縄じゃいかねぇぞ?」
いそいそと足取り軽くコウタの部屋に向かうディックを、スタスタと追いかけた。
「あぁ、ディック様。よかった!」
扉を開けた途端、ミルカがホッと安堵した表情でディックを見た。
ズズズズズ。 チーン。
顔中に広がった鼻水をチーフで拭ったコウタは鼻先をカピカピと白く染め、相変わらずの半目でこちらを見た。
「デッグざばぁ。ゾラに頼んで、デイを見じ行っでぼらっだら、居じゃいっで言うど。ジギャイジュどお店じも、居じやいの。おで、探じじいぎだい」
「はぁー?何言ってるんだ? さっぱり分からん」
『もう、お馬鹿さん! コウタがレイを探しに行きたいって言ってるの。 どこにもいないのよ、変ねぇ』
ピピと青い鳥がディックに体当たりをし、互いにブツブツと呟いている。
「お前、なんでそんなにアイツにこだわるんだ? アイツは暇じゃねぇ。稼ぐ場所なんて幾つもあるんじゃねぇか?」
幼児はフルフルと頭を横に振ると、目眩がしたのか、白目をむいて動きを止めた。
「コ、コウタ様?!」
ミルカが駆け寄って抱き上げると、ふっと正気を取り戻し、ゆらり背の空気を歪めた。
「おい! わ、分かったから、落ち着け! お前、何、考えやがった? 」
ミルカから幼子を奪った主人が、勝ち誇った様に執事を見ると猛烈な勢いで命令した。
「分かったか! こう言うことだ。今日は休みだ! タイト! 面倒になる前にレイリッチを探して来い!」
執事は諦め顔でコクリ頷くと、静かに項垂れて扉を後にした。
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