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096 秘密しかない

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「カーッカッカ!こ、こりゃ、どこぞの貴族様か?」

 食べられるかと思うほどの大きな口を開いて、いかにも冒険者崩れだと分かる日焼けした男が大笑いした。ディック様の首をガシガシと押さえて、ペシペシと頭を叩いている。受付のお姉さんも、居合わせた冒険者さん達も呆然として、強面のバカ笑いを見つめている。ディック様は嫌そうな顔をした後、クイと顎で合図を送ると、肘で男の腹を突き、ガシとオレを掴んでキールさんから奪い取った。

「お前、クライスに教わらなかったか?」
 しまった! 貴族用の挨拶は駄目だった! あっと思い出したけど、その顔すら笑われて、オレはご機嫌斜めだ。ギルドマスターはズコックさんって言うらしい。昔、ディック様と一緒に冒険していたことがあるんだって。だから仲良しなんだね。

 薄汚れたギルドの一室。オレ達はここで昼食を摂る。ガタガタと不安定なテーブルに修理の跡が残る椅子。壁なんてところどころ穴が開いていて、それを誤魔化すでもなく何かの素材が大胆にはみ出しながら詰め込まれている。

「おう、キール、やってくれっか?」
テーブル一杯に所狭しと料理が並べられるとギルドマスターが人払いの指示を出し、メリルさんが扉の外を見張るために部屋から出ていった。
 キールさんが指輪に呪文を唱えるとフワワンと周囲に幕がかかった。声が漏れないようにする結界だ。

「おいおい、か? 仰々しいな。あの古代……いや、例の物については何の進展もねぇんだよ。ちゃんと察してやってるだろう? 物騒な結界はもう勘弁してくれよ」
 強面の大男が、らしくない弱気なセリフを吐き、意味ありげにオレと目を合わせたけれど、ディック様はニヤリと悪い顔をして言った。

「あんなのは序の口だ。王都に行く前に口裏を合わせなくちゃなんねぇからな。秘密の共有ってやつさ」
 がくりと肩を落としたギルドマスターを尻目にディック様は早速とばかりに、むしゃむしゃとステーキに齧り付いた。


 ディック様達の食事の様子を暫く眺めていた彼がため息混じりに口を開いた。

「ーーで? お前が王都に行くんだろう? だったら大掛かりな調査と四つ足の処理はそのままでいいな。 お前があっちで説明すりゃ納得されるだろうよ」

「いや、四つ足はいいんだがな……」
 珍しく言い淀んだディック様はキョトンと首を傾げるオレの口に骨付き肉を押し込んだ。
「わぁっ! ふぐっ! ーーーーもう、苦しくなっちゃうよ」
 一口食べて口から取り出したそれは、蒸してあるのかほろほろと肉が外れて柔らかい。

「ーーなんだ? 坊が関係すんのか?」
 不思議顔のズコックさんにサーシャ様が困った顔をして笑った。

「うふふ。成り行きで……。あなたにはバレちゃうだろうから話すけど、この子ったらグランちゃんと契約しちゃって。あっ、大丈夫。 幼体だから犬ってことにしてるから」
 ズコックさんが両手で顔を覆った。
「あぁ? あの犬コロ、やっぱグランか……。 はぁ……俺にも、犬ってことにしとけよ。さもなきゃウルフの亜種だ。 ……で? キールの従魔じゃねぇってことか?」

 キールさんは頷いて力なく笑う。オレは口いっぱいに頬張った肉と格闘している。

「魔物のことはたいした問題じゃねぇ。俺がいない間の懸念はナンブルタルだな。あそこは既に衛兵が入ってるが、情勢が見えねぇから不安に思って移ってくる奴がいるだろう。逆恨みをする奴がいるかもしれねぇ」
「おう、分かってるぜ。適当に見定めてやるさ。そういやぁ、この前、お前んとこで兵が悪さしていた件だが……」
「ああ、あれはもういい……。お前に任せる。はぁ……、神龍なんざ報告できんだろう」

「はぁ?! 寝ぼけてんのか? 神龍って……フゴッ!! 」
 驚くズコックさんの口をディック様が塞いだ。

「声がでけぇぞ。国には報告するな。だが、今後のこともあるからな。教えてやるから覚悟しろ」

 ディック様は湖の白龍のことを話し始めた。ギルドマスターは嫌そうな顔をしながら聞いていたけれど、だんだん机に身体を預け、最後にはガックリと項垂れて大きなため息をついた。
「…………、お前じゃなきゃ……こんな話、誰が信じる? くそぅ。なんで教えるかねぇ。何もできんぞ。 聞かれたって俺は知らん! それで通すからな!! 今日は何なんだよこれ?! 秘密しかねぇ! 俺にどうしろって言うんだよ」

 今度は急に怒り出したズコックさん。ディック様とサーシャ様は落ち着いた所作で食事を進める。大丈夫かな? 随分、消耗しているみたい。心配になってズコックさんを見るとカチと目が合った。

「こんな……、こんな天使みたいな可愛い顔をしてるのに、コイツ、全部関わってんのか?」
 わなわなと立ち上がってオレを見下ろすからオレはついヘラと笑った。

「おい、コウタ。今だけいいぞ。そいつに冷たい水をやってくれ」
 珍しくディック様のリクエストだ。オレは二つ返事でカップを取ると、カップの中を水で満たして手の中からカランと氷を落とした。
「はい。お水。氷も入れてキンしておいたから冷たいよ」

 なかなかカップを受け取ってくれないズコックさんを見上げて、元気が出ますようにと心の中でお願いをする。
「……はぁ?む、無詠唱? ・・・・・オメェ、今、何やった?」
「えっと、お水と氷……。えっ……?ディック様、えっと、駄目だった?」
 ディック様を見返し、上目遣いで確認をすると、オレは震える大きな手にそっとカップを持たせた。
「おい、ディック! 何でチビが水を出す? テメェ、どんな仕掛けだ?」

 えぇ?! そこ? 狼狽えるオレ。キールさんが笑いながら説明する。
「……でしょう? コウタはできちゃうんだよ。 魔法。 無自覚だからさ、これから色々やらかすだろうよ。上手に処理して貰いたいなって」

「……く、クソォ! 何でそんなこと教える? 言わなきゃいいだろう? 知りたくねぇよ。どうせ目立たないように、程よく辻褄を合わせろってこったろう? できることとできねぇことがあるんだよ。」
 何を怒っているかオレにはさっぱり分からないけど、強面顔をさらに強力にした大男はカップの水を氷ごとゴクリと飲みこんだ。

「…………テメェ。やりやがったな?」
視線鋭くきっと睨んだズコックさん。ディック様とサーシャ様が同時にオレを見た。えっ? オレ、まだ何もしてないけど。

 ドン!!

 机の上に置かれたカップ。半分ほどに減ったはずの水がチャポンと溢れ、テーブルクロスに染みていく。

「コウちゃん!」
「コウタ……、お前……やりすぎだ」

 急に頭を抱えたディック様の姿に、ギルドマスターは勝ち誇ったように低い声で言った。

「坊ちゃんよ。何で回復薬を飲ませるかな? ん?」

 えぇ? 回復薬? オレ、水を出しただけだよ。そう思った時、オレは思い出してしまった。元気が出ますように。確かにオレは心の中で願ってしまった。たったそれだけで回復薬になっちゃうの?

「えへへ。 お水じゃなかった?」
 ビクビクと突き刺さる視線に耐えながら笑うしかないオレ。目を泳がせて慌てて肉を頬張る。しまった! ステーキ肉は噛みきれない。口いっぱいに詰め込んだ肉に涙目だ。



 ため息をつく大人達。
 気を取り直したディック様が不気味な笑みを湛えて言った。
「分かったろ? 今日はお前に頼みがあんだよ。断るなよ?」
「断るわ! もうテメェの話なんか聞かないぜ」

 耳を塞いで駄々をこねる大男。キールさんが後ろに回ってその手を取る。

「お前んとこに冒険者用の適性検査の魔道具があるだろう? そいつでコイツを測ってくれ。 で、適当でいいぞ、ちょっと手心加えて証明してくれりゃ、気持ちよく酒を飲ませてやる」
「はぁ? ガキの適性検査? 馬鹿言うな! ガキは教会って決まってんだろう」
 ディック様の胸ぐらを掴んで男が叫んだ。でもディック様も負けてはいない。すぐさま掴み掛かって反論した。
「教会じゃ問題になるに決まってんだよ。俺の倅が、ちょっと寄ったギルドで、ついうっかり適性検査をしてもらったって体でいいんだよ。わかるだろう? 証明さえもらえば大事にはならん」
 
「ケッ! んなもん、知るか! ガキん頃から魔力が豊富なやつはたまに居るぜ? 貴族なら大喜びするもんじゃねえのか?」

「テメェ、見ただろう? 従魔に回復、他にも問題ゴロゴロの奴だ。 コイツはまだ3つなんだぜ? あ、4つか? しかも出自が訳ありだ! お前、この能天気バカのツラ見て、バカ正直に測定出来るか?」

 ーーん? 馬鹿……、オレ、今、めちゃくちゃ悪口を言われた気分。頬張った肉と闘いながら嫌な顔をすると、口の端から咀嚼しきれなかった肉とよだれがジュルとはみ出した。


 皆でオレの顔を見つめる……。

 ギルドマスターが納得したように盛大なため息をついて呟いた。
「く、くそう。 なんて日だ。 コイツ……。 秘密しかねぇ」

「ふふん、観念したか?」
 謎に自慢げなディック様は巨大な腸詰にフォークをブッ指して大きな口でガブリと喰らい付いた。

「おうよ! 終わったら酒をたらふく奢ってもらうぜ」
 ヤケクソになって机の上のカップを持ち、ゴクリゴクリと飲み干したギルドマスターは、艶々と肌を輝かせたわりに、疲れ切った表情で頭を抱えたのだった。
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