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063 帰路

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 出発日と同様、空が白々と明け始める頃、オレ達は馬車に乗り込む。

 最後だからとフリオサさんの希望で、馬車に乗る時はフリオサさんに抱き上げてもらったんだ。フリオサさんはオレを抱き上げた手の平をまじまじと見つめて、嬉しそうに震えているけど、うん、気にしないでおこう。

 フォルテさんはニコルの馬に乗り、兵士さん達と荷車の護衛に当たる。代わりにオレを殴った兵士さんのお姉さん(マリアさんって言うんだ)が馬車に乗り込み、ニコルはメリルさんと御者台に座る。
 帰りはたくさんの荷物を積んでいるから、行きのように飛ばすわけにはいかない。二回の野営をするらしい。

 オレが何度も寝込んだせいで日程が遅れ、鉛色の空から雪がちらちらと舞い降りてきた。急がなくては。

 馬車の中は温かくする魔道具があるから、さほど冷え込まないけど、馬に乗った兵士さん達や御者のメリルさん達は寒そうだ。
 まだ雪が積もるほどにはならないことが救いだが、吹き荒ぶ風の音だけで心がドキリとする。

 だからオレは休憩の度に馬達に頑張ってねと魔力を送る。メリルさんやアイファ兄さん達にはとびきりの笑顔で温かな紅茶を差し入れるんだ。


 1日目の野営は無事にやり過ごした。今は二回目に向けて休憩所に向かっている。森も街道も静かだ。オレはマリアさんが打ち解けるよう一生懸命話をする。無口で穏やかなマリアさん。オレ達が貴族だからかとても緊張しているみたい。

 もうすぐ日が落ちそうに空が微睡み、吹く風も雪も冷たさを増していく。昨日からちらちらと舞う雪は馬達の足元を冷やし、凍りつき、所々にぬかるみや氷穴を作ってオレ達の邪魔をする。思うように進めない。

 黒い闇が広がり始めた頃、オレはライトの光を大きくして進路を照らした。

 暗い道を進むことがこんなにも恐怖を生むなんて……。大袈裟だと笑われながら、オレは最大に明るくしたいと駄々をこねて特大のライトを許可してもらったんだ。もちろんオレのキラキラの魔法で。

 滑り込むように休憩所に陣取ったオレ達は馬車と荷車をくっつけて一つの塊になった。

 アイファ兄さんとキールさんがペアを組んで警戒しながら結界石を確かめる。昨日の野営とは違う雰囲気に、オレはクライス兄さんの腕を掴んだ。

「念の為だよ。大丈夫。コウタとマリアさん以外は戦えるんだ。安心して休みな。ただ、今日は肉の匂いは出したくないから、軽いスープとパンで我慢してもらうよ」

 戦える、の言葉にオレの手にぎゅっと力がこもる。

 やっぱり何かあるんだ。

 焚き火の炎を大きくし、松明を増やし、身体を寄せあって休む。
 念の為、ソラにもシールドを張ってもらう。これで安心して休めるね。

「……ここにくるまでの間、全く探索の魔法に反応がなかったんだ」
 ニコルが重そうに口を開いた。

「ええ。ですが、ここに着いた途端、急に気配が強くなりましたね」

 メリルさんが珍しく緊迫した声で話す。うとうとと目が閉じかかっているけれど、漂う気配に眠りきれない。

 カサカサと風で木々の葉が擦れ合う。
「来たか……」

 ぎゅうっと強く抱かれた力で目が覚める。空が白々と薄く光を帯びる時間だ。剣を持って歩き出したアイファ兄さんを薄く照らしていく。

ーーーーガチ、ガチン。
ーーーーーーーキン、キンキン。

 薄いピンクのシールドの向こうでガチガチと歯や爪を当て鳴らす黒い塊、銀の塊が見える。ワイルドウルフとコボルト、一際大きいのはジャイロオックスらしい。
 オレ達を攻撃しようと蠢めく姿に思わず目を見開く。


『コウタ、アイさんを止めて! 今、シールドに触ったら危ない! 破られる』

 ソラがオレの頭の中に話しかけた。

 あ、危ない?!

「待って、待って。アイファ兄さん、ソラが待ってって言ってる。シールドに触っちゃ駄目だって!」

 抱かれたサーシャ様の腕から手を伸ばして止めると、アイファ兄さんは怪訝そうな瞳をよこした。
 ソラはオレ達全員に聞こえるように念を送る。

『みんな、多分シールドは破られる。そうしたら一斉に襲ってくるから、対処できる配置について。幾重にも囲まれてるから、隙は作らない。油断しない。』

 兄さん達は黙って頷いたけど、兵士さん達は驚いてオタオタとし始めた。

 アイファ兄さんはテキパキと指示を出し、オレはマリアさんと一緒に馬車の中に避難させられた。


ーーーーグルルルル。

 獲物を前にして襲えない獣達の苛立ちが募る。威嚇し、よだれを垂らし、ガチガチと歯を鳴らしている。

「ソラさんよ、コイツら、どれくらいいるか分かるかい?」
 ふざけた口調のアイファ兄さんが、緊迫感を高めた。

『周囲に、幾重にも。数えられない。ただ、奥に嫌な奴がいるわ』

「嫌な奴? へぇ、面白れぇ。奴と話せっかなぁ?」

『来るわ。もうこちらに向かってる。アイツがシールドを破る。話したいなら前に出ればいい。雑魚はアイツの下に集まってきているだけ』

 アイツ?

 ソラは敵が分かってるんだ。
 アイファ兄さん、大丈夫かな……。

 オレは馬車の窓にぶら下がって外の様子を伺う。
 どうしよう。怖くて怖くてたまらない。


 アイファ兄さんがシールドの前に立つと、周囲にいた魔物が数匹ずつ後退していく。そしてその背後から、とてつもない大きさの獣が近づいてきた。

 黒い狼。

 漆黒の艶めいた長い毛が、フワフワと浮かぶ雪に照らされて銀の輝きを纏う。金色の静かな眼は、見るものを釘づけて離さない強さを秘め、恐怖を感じさせる美しさ。人の顔ほどの鼻はしっとりと濡れていて、ペロリと覗いた大きな舌にゾクリと震えさせられた。


「……か? お目にかかれて光栄だぜ。神狼様は何がお望みだ?」
 下から見上げるように威圧をかけるアイファ兄さんに周囲の魔物がグヮングヮンと反応する。


ーーーーピシリ

 黒狼の上げた鼻でシールドにヒビが入る。
 あの距離じゃ、逃げられない!

ーーーー兄さん!!


 今にも飛び破ろうとするケモノ達にグランが一喝した。

ーーーーゥウオォォォォォーーン


 静かに、潮が引くように、獣達が後ずさった。

『面白い。我が望む物を用意できるのか?』

 お腹に響く重厚な声。どきどきと鼓動が高鳴り、あの獣に届いてしまったらと恐ろしくなる。

「出来るか出来ねぇか分からねぇが、護りてぇ者があるからな。お互い失い合うよりも賢いだろぅ?」

『ふふふ、我に勝てるような物言いだな。人如きに何ができようか? まぁ、手間が省ける』

「ありがてぇよ。……で? 何が望みだ?」

『お前に分かるかな? ふふふ……。金の魔力だ。金の魔力を寄越せ。時告げの実を実らせた魔力だ。知っているだろう?』

「なっ……!」

ーーーーオレ?
    もしかしてオレの魔力?

 オレが驚くと同時に兄さんが剣に手を掛ける。
 
「残念だがやれねぇな。そんな魔力、知らん」

 バキバキとシールドが割れ、獣達が嵐のように怒号をあげて襲ってきた。

 ガキン、ザワァング。
ーーーーボトッ、ザシャン。

 飛びかかってきた獣が兄さんに薙ぎ払われる。愉快そうに目を細めたグランはその牙をグルルと見せた。

 一斉に襲いかかる四つ足。
 ヒュンヒュンと剣が走る音。バキバキ、バチバチと魔法が飛び、ザンッ、ダンッと魔物達が倒れていく。

 馬車の後ろでサーシャ様もザクザクと剣を振い、クライス兄さんは兵士さん達に指示を出しながらものすごい速さで立ち回る。

 ブワリと風が舞い、対峙したアイファ兄さんの足がズズズと後退して土に食い込む。シュタと飛び上がった兄さんは、太く巨大な爪を薙ぎ、ドドンと雷を纏わせた剣で切り裂く。
 漆黒の毛がふわと宙に舞って金の瞳の前に落ちた。

ーーーー凄い。凄い、凄い。でも、駄目だ。

 敵は湯水の如く湧き溢れ、際限なくそこかしこに倒れていく。グランはその様子を伺うだけだ。
 兄さんの俊速の剣もグラン本体に届かず、ザクザクと襲いかかってくる四つ足の死体がその前に積み重なるだけである。

 このままじゃ……。
 この勢いがいつまでも続く筈がない。

「ソラ、オレ、行くよ。運んで」
 コンコンと窓を叩き、ソラを呼び出す。

『ダメ、コウタ。危ないわ。コウタだけはわたしが守る』
 ソラは馬車の周囲を再びシールドで覆った。

「 ソラ!! オレ、嫌だ。 何も出来なくて、残されるのは嫌だ。 オレ、魔法が分かってきた。だからいざとなったら逃げるから。それに、ソラが護ってくれるでしょう? オレ、行くよ、お願い」

 チラと横をみるとマリアさんは恐怖から身を縮ませて気を失っていた。

 オレはフゥと息を吸って手の平に集中する。

 一点!

 そこに当てれば窓は破れる!

 ジュワジュワジュワ。熱を帯びた手の平からドクドクと力が湧き上がる。

ーーーーブワッ! ドドッ、ドドドド!

 金の粉柱が窓を突き破り、馬車の中からオレを吹き上げる。

「コ、コウタ!!!」
「「「「コウタ様」」」」
「コウちゃん」

 みんなの声がオレを引き戻しそうになる。だけど……奥歯をグッと噛み締めて前を向く。
 
 大丈夫、怖く、怖くない!
 ううん、すごく怖い。だけど、でも!
 
 オレはやれる!
 

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