60 / 260
054 残された者
しおりを挟むナンブルタル領主館は、エンデアベルトよりずっと豪奢で大きいけれど、造りは概ね同じだ。華やかな中庭は奥の方で陸軍の兵舎とつながっている。
フォルテさんがいるのは、そんな奥庭だ。たくさんの兵士さんに囲まれて中央に鎮座しているその姿から、不穏な気配を感じてしまった。
休憩所で兄さん達が話していたことを思い出す。
ーーーー罪に問われるかもしれない。
ーーーー無事ではいられないだろう。
どうなるの? まさか酷い目に遭う?
そんなのは嫌だ!!
窓に手を掛けるとカタと小さく動いた。そんなに重くなさそうだ。
見上げると蝶番の鍵が二つ。オレには届かないけど、ソラなら。
メリルさんは、メイドさんの相手をしている。
ーーーー今だ!
オレはソラに頼んで嘴で鍵を持ち上げてもらう。さすがソラ。ピピと小さな声で合図をしてくれた。
行くよ!!
バタン!
「あっ、コ、コウタ様?」
「ごめんなさい!フォルテさんが……、すぐ戻るから」
開け放した窓に気付いたメリルさんにササと断ると、オレは猛禽のソラに飛び乗ってフォルテさんのもとに向かう。
海風は穏やかでほんのり温かい。それでもソラの羽ばたきは突風を巻き起こし、窓ガラスを叩く。
ビシビシシ………。
よかった。
割れなくて。ホッとする。
広大な庭の奥に向かう。ソラの滑空ならほんの一瞬。
オレをフォルテさんの前に降ろすと白い虹を滲ませるでもなく、すっと元の大きさに戻った。
「コ、コウタ様! 何故此処に? どうやって?」
突然舞い降りたオレに狼狽えるフォルテさん。オレは彼を背に兵士さん達と対峙する。
この人に何かするならオレが許さない! 強い意志で睨みつける。
「何だ、お前? 退けよ! 俺たちはそいつと話しているんだ」
一番大きな人が低い声で威嚇した。そんなの、オレ、怖くないもん。ディック様の威圧はもっとすごいよ。
キッと睨んだまま動かないオレに相手がイライラを募らせる。
「貴族様か? 偉そうに。此処は兵舎で荒くれ者が集まる場所だぜ? ガキが来るところじゃねぇ! とっとと失せろ! 邪魔だ」
腕を掴んでオレをどかそうとする。オレはぎゅっと身体を縮ませて掴めないように抵抗する。
「どかない! フォルテさんに何かするでしょ?」
「何だと? お前、こいつが何をしたのか知っているのか? 仲間を見殺しにしたんだぞ。ガキの出る幕じゃねぇ!」
「コウタ様。私のことはいいのです。危ないですから……」
後ろからオレを掴んで引き戻そうとするフォルテさん。 だけどオレはどっちにも捕まらない。
「嫌だ! 危ないなら、絶対、どかない! フォルテさんは悪くない。仕方がなかったんだ。責めたって意味がない。よく生きたって褒めるところだ! おじさん達は間違っている」
右に左に身を翻し、オレは大きな声で叫ぶ。誰も悪くない。責めたって何も変わらない。置かれた場所で生きるんだ。
「お、おじ? おじさんだって? 俺はまだ十九だ! こいつは俺の姉さんを……、未亡人にしやがった! あんなに幸せそうだったのに……許せねぇ!」
男は、オレを庇おうとしゃがんでいたフォルテさんの胸ぐらを掴む。フォルテさんはされるがままだ。
駄目だ! 嫌だ!
ーーーーググッ!
フォルテさんを押し除けて、前に躍り出る。逃げて! 抵抗して! フォルテさんは悪くない!!
ドカン! ズザン!!
ーーーー『コウタ!!』
弾けるような衝撃。
空を舞う浮遊感。
全身を打ち付ける振動に気を失う。
ーーーードドドドドド
ーーーーーーーーーーガガガガ、ドッカン!!
▪️▪️▪️▪️
「コ、コウタ?」
遅かった!
メリルから報告を受け、館を飛び出したコウタを追ってくると、後一歩のところでソラが雷撃をぶっ放した。
コウタに何かあったんだ!
無事か? コウタは?
辿り着くと兵士達を囲むように地面が焼け焦げ、煙が舞い上がっていた。
フォルテが真っ青な顔で人形を拾い上げ、兵達は腰を抜かして震えている。
ただ一人、石柱の牢に閉じ込められた男は、力なくぶら下げた腕からポタリと血を滲ませて立っていた。
コウタ!!
ぐったりとした人形に近づくと、小さなソラが仕切りと羽ばたき、僕に不安を訴えた。震える手でフォルテから受け渡されたそれは……。
ふわりと柔らかな頬が見る見るうちにドス黒い紫に変色し、天使のような可愛い顔が大きく歪んで腫れ上がっていく。
ーーーーひぃ!
ーーーーきゃぁ!
後方で母とメリルが倒れ、フリオサが力なく座り込むのが分かった。
何が起きた?
僕の、僕の可愛い弟に?
「わ、私を庇って…………」
ポタポタとフォルテの涙が土に染み込み、焦げ臭い風が黒い煤を舞あげている。
僕の時間がしばらく止まった。
ーーゅん
バキッ、バキバキ、ドゴン!!!
恐ろしいほどの威圧感。
器用に石牢だけを粉々に破壊した剣技。聞き慣れた声が殺気を帯びて低く強く響く。
「誰がやった? お前達。エンデアベルトだって分かってるんだろうな? いい大人が、たった三つのガキに? 笑わせるな? 今、此処で皆殺しにしてほしいってか?」
絞り出すような、だが、叫ぶような兄さんの声色。息を乱して剣を構える様に僕は安堵し、涙がツツと頬を伝う。
ーーーーうっ。
微かな反応。時間が戻った僕は震えながらその手に力を入れる。
「コウタ? ああ、コウタ。大丈夫かい?」
そっと目を開けようとするも、腫れ上がった瞼は漆黒の瞳を見せてはくれなかった。
憎い男がゆっくりとしゃべり出す。
「じゃ、邪魔するからだ。俺の姉さんの仇だ。こんな死に損ないを庇うなんて……。 貴族様! 分かっただろう?こいつは疫病神だ。こいつのせいで、姉さんも、そいつも……」
グッと奥歯を噛み締め、僕達は怒りに押しつぶされながら奴を睨みつける。
「へっ、どんな罰だってかまわねぇ。だが、そいつが、フォルテが、のうのうと生きてやがるってのが許せねぇんだよ」
吐き捨てたセリフにアイファ兄さんの腕に力がこもった。だが、それよりも一瞬早く、歪んだ瞼を押し上げたコウタが僕の腕から身を乗り出した。
「……生きてたっていいんだ」
僕の腕にしがみついた小さな指がぎゅっと力を入れる。小さな身体をゆっくりと押し上げ、息も絶え絶えにその瞳を深く大きく漆黒に染め上げた。
「生きろって託されたんだ。生きてくれって、願われた。 一緒に……、一緒に死ねたらよかったのに。 一緒に死んじゃえたら苦しまないのに! でも、生きろって助けられたら? 精一杯生きるしかないでしょう? オレ達に出来ることってそれしかないでしょう? 犠牲になった命が、ちゃんと輝いてたって、無駄じゃなかったって証明するのはオレ達だから。 残された者の辛さを、どうして一緒に背負ってあげないの? オレは……オレは……生きててほしい! フォルテさんに幸せになって欲しい! 犠牲になった人を……、その想いを……、残された者が背負うんだ。 褒めて! 褒めてよ! よく生きたって、褒めて! オレ……オレ……、うわわわわわわわあん」
コウタは力の限り泣け叫ぶと、再び力なく目を閉じた。
姉を失った男は膝から崩れ落ち、煤けた土を涙で濡らし続けた。
フォルテは男の肩を庇って抱き寄せると声を出しておいおいと泣いた。
僕の腕には小さな指痕がくっきりと残り、心の叫びの重さに身体中がビリビリと震え続けた。
残された者の辛さ。悲しみ。
コウタは自分とフォルテを重ねて見ていたのかもしれない。どうしても助けたかった訳。
こんなちっちゃい身体で。こんなに力のない小さな手で。
あぁ、いつだって一生懸命なのは、君も残された者だったから。
僕達は君に言ってあげたんだろうか?僕の元に来てくれてありがとうって。
偉いぞって褒めてあげていたんだろうか?
君の悲しみを一緒に背負ってあげられているだろうか?
▪️▪️▪️▪️
「まだまだ。全然足りねぇな……」
見上げるとアイファ兄さんが曇った瞳でコウタを見つめている。
「……うん」
力なく答えながら濡らした布に氷を挟み、頬に当て直す。
「……ったく。とんでもない弟達だよ」
「えっ……、僕も?」
意外なセリフにキョトンとする。
「あったりまえだ。守っても護っても、護りきれねぇ。ちっとは兄貴らしくさせてくれってもんだ」
握った拳に力を込めながらやるせなさを隠さないアイファ兄さん。そういえば二人きりで話すのって久しぶりだ。
「十分、守ってもらってると思うけど?」
「これでも……か?」
二人で横たわるコウタを見つめる。
冷やした布で湿った漆黒の髪が苦しそうな顔に纏わりつき、腫れ上がった皮膚と恐ろしい黒紫のあざで痛々しさが募り、心が引き裂かれそうだ。
「やっぱり、僕も、もっと護ってもらいたいかも……」
不意に漏れた呟きに片目を大きく開けた兄さんは、悪そうないつもの顔でニッと笑った。
「熱が出るぞ……」
「……うん。生きててくれたから。覚悟する」
ふふふ、コウタ劇場第2幕か。セガさんがいないから、水探しに難航しそうだ。
13
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
外れスキル持ちの天才錬金術師 神獣に気に入られたのでレア素材探しの旅に出かけます
蒼井美紗
ファンタジー
旧題:外れスキルだと思っていた素材変質は、レア素材を量産させる神スキルでした〜錬金術師の俺、幻の治癒薬を作り出します〜
誰もが二十歳までにスキルを発現する世界で、エリクが手に入れたのは「素材変質」というスキルだった。
スキル一覧にも載っていないレアスキルに喜んだのも束の間、それはどんな素材も劣化させてしまう外れスキルだと気づく。
そのスキルによって働いていた錬金工房をクビになり、生活費を稼ぐために仕方なく冒険者になったエリクは、街の外で採取前の素材に触れたことでスキルの真価に気づいた。
「素材変質スキル」とは、採取前の素材に触れると、その素材をより良いものに変化させるというものだったのだ。
スキルの真の力に気づいたエリクは、その力によって激レア素材も手に入れられるようになり、冒険者として、さらに錬金術師としても頭角を表していく。
また、エリクのスキルを気に入った存在が仲間になり――。
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜
自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成!
理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」
これが翔の望んだ力だった。
スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!?
ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる