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051 休憩所

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 出発してから随分と経った頃、オレ達は休憩所で昼食をとる。馬で護衛をしていたアイファ兄さん達も一緒だ。
 メリルさんが小さな皮袋から大きな分厚い布を出して地面に敷くと、次はお弁当箱をいくつも出した。

 皮袋は魔法が付与してあって、入り口は小さくても中身はたっぷり入るんだ。最近、上等な維持の機能の付いた袋を手に入れたんだって。
 維持っていうのは、袋に入れた時のままっていう機能。お料理は冷めないし、腐らない。これは古代魔法で、遺跡からの出土品でしか確認されていないんだ。すごいね。だからマアマの出来立てご飯が食べられるよ!

 休憩所は簡素な柵に囲まれていて、中央に石造りのテーブルと焚き火の炉がいくつか置いてある。誰かが土魔法で作って、残して置いてくれたもの。それを修理しながら使っているみたい。今の季節は誰もいないからオレ達の貸切だ。


「アイファ様、モルケル村に一番近い休憩場の結界石には異常がありませんでした」
「ここの結界石も、他の場所も異常ありません」
 護衛の兵士さん達からの報告が入る。
兵士さん達は道中の休憩所の調査もしてくれている。

 サースポートに行く街道には幾つかの休憩所があって、馬車や冒険者達はそこで休めるようになっている。
 旅人同士、集まって休んだ方が安全だし、そもそもはみんながよく休憩を取る場所がだんだん整備されて休憩所になったようだ。

 街道や休憩所の整備は領主の仕事だよ。でも、うちの領は主に森が中心で街道に出て比較的すぐ隣領になる。だからここはもうナンブルタル領なんだ。

 結界石は休憩所に魔物が入り込まないようにする石だ。小さいから強い魔物には効かないけど、旅人の見張りの負担を和らげる程度の効果はある。

 兵士さん達はフォルテさんが襲われた原因を探っているのだけれど、襲撃の跡はあっても理由はわからないみたい。


 食事の席でオレがフォルテさんに回復魔法をかけてしまったことがバレて、アイファ兄さんやキールさんにめちゃくちゃ叱られた。
 ニコルだけは大笑いして、慰めてくれたよ。
 でも、サーシャ様はフォルテさんのこと、安心したって柔らかく笑った。

 ナンブルタル領は海軍に力を入れているから陸軍兵の扱いが良くないんだ。フォルテさんは上官を亡くしてしまったでしょう? 
 そのことで罪に問われるのかもしれない。でも、その身をエンデアベルトが引き受けるってことにすればフォルテさんは無事かもしれない。

 微妙な立場のフォルテさんは、本当はナンブルタル領に帰したくないんだけど、どうしても自分の手で亡くなった仲間の遺品と死に様を伝えたいって言ったから、オレ達が連れて行くことになったんだ。

 襲撃のあと、商人さんや仲間の遺品をうちの兵士さん達が回収したんだよ。

 フォルテさんはオレ達と一緒にお弁当を食べるなんて畏れ多いって恐縮してるけど、しっかり食べないと怪我は治らないからね。お肉を取ったらあーーんってしてあげるんだ!

 オレのフォークがお口に近づくと背を逸らして困った顔をする。
 駄目駄目、そんな遠慮はオレには伝わらないよ。
「ねぇ、オレの腕、疲れて痛くなっちゃうよ。早く食べて?」

 この際だ。ちょっとくらい強引にしないと、この人は食べてくれない。
 ねっ、兄さん達がニヤニヤして見てるでしょう? 大丈夫だよ。
 ほらほらと突き出したお肉、ふわりと漂う香ばしい香り、マアマ特製の肉ダレはオレだって早く口に入れたい。

「うっ……、坊ちゃま、失礼致します」

ーーーーパクッ。
「う、うまい!!」

「よかった! マアマのご飯、美味しいよねぇ! 美味しいものを食べたら元気になるよ。美味しいって感じれば、心もちゃんと大丈夫になるからね、うふふ」

 フォルテさんの言葉に安心したから、オレも大きな肉塊をムシャリと齧り付く。うん、肉汁たっぷりで美味しいね。

 フォルテさんの紺碧の瞳がピタリと止まる。すると口元を押さえてふるふると肩が震え出した。

 駄目だよ、泣いちゃ。ご飯が食べられなくなるよ。
 そっと顔を覗き込もうとするけど、身体ごとオレを避ける。

 クスクスと笑うのは兄さん達だ。

「みんな、笑っちゃ駄目だよ。フォルテさんは真剣なんだから」
 ぷんと頬を膨らませて戒める。

「「「「ギャハハハハ……」」」」

「お、可笑しいのはお前だよ。」
「だ、だめよ笑っちゃ……。ふふふ、コウちゃんも、真面目なんだから、うふふふ」
「……、ち、ちびっ子……、く、苦しい。でも、くくく、か、可愛い……ははは」
「む、無理……」

 キールさんは地面を叩いて笑い転げている。オレ、まだ何もしていないよ。

「ごめん、ごめん。ほら、こっち向いて。鼻もほっぺも肉ダレで大惨事だよ」
クライス兄さんがおでことほっぺを拭いてくれたのに、またまたお腹を抱えて笑い出す。
「ほら、ひ、ひげが生えちゃってる。クスクス。あ~、ごめん、無理~」
「これはこれでお可愛らしくて、ずっとこのままでいらしていただきたいのですが……。愛しいですが……お拭き致します」
 メリルさんが残念そうに顔を拭ってくれた。


 もう、酷いよ! タレの付いた顔なんて、全然お可愛らしくない! キッとみんなを睨んでやったけど、オレのお顔じゃ全然迫力がないね。

 ふふふってフォルテさんが笑ったからもういいや。
 きゃきゃきゃっとみんなで笑うと楽しいね。美味しいね。


 昼食後、本当に少しの休憩でまた馬車に乗り込む。
 予定より随分早く進んでいるから、サースポートの目の前の休憩所まで飛ばすことになったんだ。街に近い方が安全だもんね。

 これでもオレの馬車酔いを心配して予定を立ててくれたみたいだけど、オレ、ソラに乗っても平気だもん。馬車なんかでは酔わないよ。

 お馬さん、頑張って。 ふわりとキラキラの粒を浴びせてエネルギーを補充してあげる。

 馬さんも牛さんもオレの身体から溢れるキラキラを食べると元気が出るって言ってたからね。



 冬の夜は早い。昼に出発してしばらくすると空が徐々に茜色に染まり始めて暮れてきた。
 荒野の先の木々が長く影を落とすと魔物みたいでドキリとする。


 休憩所に着くと早々にニコル達が結界石や柵の点検に散り散りになり、メリルさんと兵士さん達がテントを張り、サーシャ様はテントに持ち込む荷物の整理をしている。

 テントの前に設置された炉ではパチパチと小さな火が揺らぎ、冒険者の名残りのテーブル前でポツンと残されたのはオレとフォルテさんだ。

「あの、その……、坊ちゃま。私と二人きりで怖くはありませんか」
 言いにくそうにフォルテさんが話しかけてきた。

「全然! だってフォルテさん、優しい顔をしているし、話し方だって丁寧だよ。アイファ兄さんやディック様はね、言葉遣いが悪いし、怒るとすっごく怖いんだ」
 オレがディック様の怒った顔を再現してあげると、フォルテさんはプッと吹き出した。

「それは……、本当に怖そうだ」

 うん、全然怖くなれてなかったんだね。吹き出しながら相槌を打ったって仕方ないのに……。
 クスクスとフォルテさんの優しさに乗っかって笑い合う。

 つい、うっかり。持たれたかかった身体が包帯の右腕に当たった。

「ーーっつぅ!」

 顔を歪めたフォルテさん。ごめんね。随分よくなったとはいえ、オレのお祈りはほんのちょっとだった。回復までは程遠いはず。

「ごめんなさい。痛かったよね? もっとちゃんと治さないと……」

 周囲を見渡せば、みんな仕事に集中している。真っ暗になる前に作業を終えないといけないからね。見つかったら叱られるけど……、多分、大丈夫。きっと分からない。

「えっとね、ちょっとだけの内緒だよ。じっとしててね。でも、嫌だったら教えて」
 フォルテさんに断るとソラに気付かれにくくする魔法をかけてもらう。きっとこれで時間を稼げる。オレはフォルテさんの包帯が巻いてある手を取って、そっと目を閉じる。

 リトルスースを狙った時の感じだ。
 指先から一点に意識を集中する。
 
 オレの身体が温かくなってフォルテさんの体温を感じれば魔力が繋がった証。このままオレの魔力を流してみよう。

 痛いところはどこ?
 周りと違うところは?

 青黒い霧が腕全体に纏わりついている。頭の澱みは少ない。

 ならば腕に……。

 フォルテさんの身体に流れる温かな血液に合わせて、魔力を絞って “お願い” する。

 治りますように。
 痛みが消えて、動くようになりますように。

 小さく絞る魔力は難しい。身体から溢れていたものを一点にするのだから。

 ドクン、ドクン。

 オレの鼓動とフォルテさんの鼓動が重なってきた。汗が流れる。

 でも後少しーーーー。

 不意に辺りから雑音が聞こえる。
ーーーー坊ちゃま、坊ちゃま? 
    ああ、コウタ様?

ーーーーコウタ! おい、コウタ!!!

 ハッと気がつくとアイファ兄さんがオレを抱えていた。
 フォルテさんも心配気にオレの顔を見つめている。

 何? オレ、またやらかした? それとも寝ちゃってた?

ーーーーそうだ!フォルテさん!

 突然思い出すと、オレは兄さんの腕から転がり降りて、包帯の右腕をぐいと掴む。

「わぁ!! コウタ様! 一体?」
 フォルテさんは驚いているけど、顔は歪めていない。きっと、きっと成功だ。
オレは確信を持って包帯を解き始めた。




 



 
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