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050 サースポートへ
しおりを挟む「やったぁ! オレも行っていいの?」
四つ足の襲撃から数日。オレ達はサースポートに行くことになった。サンは涙を流して反対しているけど、オレの心は決まっている! 行くよ! 絶対!!
「本当は行かせたくねぇが、お前、留守番させると泣くだろう? 拗ねるし。危険だが、一度、心配される方になってみろってことだ」
ディック様が不機嫌そうに俺のほっぺを撫でたり伸ばしたり……。い、痛い。 伸ばされると痛いんだけど……、まぁ、いいか!!
サンはこの調子だ。
「い、嫌です! 駄目です。魔物が出たらどうなさるんですか? この前、あんな恐ろしいことがあったばかりですよ。こんなお小さいのに……。安全が確認されるまで駄目です。せめて春になさればよろしいのに……。うっうっ」
この前の魔物の襲撃で届く予定だった冬の蓄えが駄目になってしまったんだ。うちは大丈夫でも村の人は蓄えが足りなくて冬を越すのが厳しくなってしまう。だからどうしても、サースポートに行って、幾らかの食料や資材を運んで来なくてはいけないんだって。それに、怪我を負ったナンブルタル領の兵士さんを自領で静養させてあげたいしね。
ここに本格的に雪が積もり始める季節まではあと2週間ほど。今なら間に合うだろうって、短期間での日程だけどオレも連れて行って貰えることになったんだ。
「今回は兵士さんのこともあるから、領主代行、貴族として行くんだよ。マナーは馬車で教えるけど、ちゃんと言うことを聞かないといけないよ」
クライス兄さんに大きくコクンと頷くとサーシャ様がクスクス笑ってオレを抱きしめる。
「コウちゃんはそのままで大丈夫よ。むしろしっかりしてるって褒められちゃうわ」
「そのままは流石にまずいぜ? おい、人前で魔法は厳禁だ。それから、ソラの変身や、そうだ、きらきらを振り撒くのも止めろよ? あぁー、動物とのぺろぺろ大会も……、何とかなるか?」
「……ならないよ!」
ぷうと頬を膨らます。アイファ兄さん、意地悪だ。でも、あれはオレが好きでやってるんじゃない!
サースポートに行くのはオレとクライス兄さんにサーシャ様。メリルさんが御者をして、ナンブルタル領の兵士さんが案内役だ。
護衛は何とアイファ兄さん達『砦の有志』一行に私兵さんも数人。アイファ兄さんもキールさんも貴族なのに護衛って可笑しいね! でも本人達がそうしたいって言うから仕方ないのかな?
ディック様と執事さんは留守番なんだ。村の戦力を落とす訳には行かないって。 サーシャ様は、貴族としての務めが嫌なのよって言ってたけど……。
サースポートまでは乗合馬車なら二日と半分だけど、今回はスピード重視で飛ばすから一日半くらい。野営が一回入っているよ。野営地の結界を調べ直すし、結界の魔道具も使うから大丈夫! いざとなったらソラがシールドを張ってくれるからね、安心だ。
普段なら絶対に起きていない早朝。
オレ達は出発する。
サンと執事さん、ディック様にぎゅっとして貰ったら馬車に乗り込む。朝の冷気でディック様の顔が曇る。薄茶の瞳が沈んで寂しそうだけど、今度はオレがちゃんと戻ってくるからね。しっかり笑って元気な顔を覚えてもらうんだ。
「私まで馬車に乗せていただくなんて恐縮です。命を救っていただいた上に、国に送っていただくとは……。このご恩は決して忘れません」
ナンブルタル領の兵士さんは右手と頭に包帯を巻いて、ペコペコと何度も頭を下げる。頭の包帯に滲む血から怪我の酷さが分かって痛々しい。クライス兄さんと同い年の十七歳。フォルテさんって言うんだ。
しばらくは外の景色を楽しんでいたけど、荒地と遠くの森しかない。飛ぶような風景は目が回りそうで、オレは外を見るのを諦めた。速い馬車の揺れに退屈し、クライス兄さんの膝の上で、こくんこくんと微睡む頃、いつもは穏やかな兄さんらしくない厳しい声が聞こえてきた。
「いいかい? 何度も聞くが……。君の返答が例えどんなものであっても、僕たちの態度は変わらないことを約束する。だから正直に答えれくれ」
強い気迫だ。オレは遠くに意識があるのにピクリとも動けない。
「エンデアベルトは戦う家系だからね、経験が何より貴重なんだ。僕達は自身も命の危険に晒されながら最後まで任務を遂行しようとした君を高く評価している。例えその身が完全でなくても、この経験は財産だと考える。戦闘職でなく、ただの農夫になったとしても、見捨てることはしない」
「そ……、そんな。勿体無いお言葉です。私はただの無能な臆病者です」
慰めるサーシャ様の優しい物言いが馬車の音でかき消された。フォルテさんは泣いているようだ。
「サースポートは交易の街だ。ナンブルタル領は交易や海軍が名を馳せている。兵に対する考えが違って当然だ。だからあえて問う。 今回、君は三人の同胞を失った。そして君自身も取り返しのつかない怪我をしている。おそらく今後、剣を握ることはできないだろう。これは仕方がないことだ。 もし、ナンブルタル軍が、君を任務に失敗した者として扱うのであれば、僕たちは君を帰す訳には行かない。君さえ良ければ我が領に迎え入れよう。親族が心配なのであれば、全てを引き受けるつもりがある」
「そんな……。こんな何も守れなかった男に……ぐくっ……」
大きな嗚咽でパチリと目が覚める。大きく開いた瞳がサーシャ様と合わさると、華奢な手がオレの背中をトントンと叩く。
ーーぁあ、駄目だ。寝ちゃう……。
ブルルと頭を振って、冷たい窓に頬をくっつける。うん、目覚めてきた。
ぐしょぐしょになった顔を包帯で拭うフォルテさんと目が合って、どうしたらいいのかと目を泳がせる。するとフォルテさんは優しく、そして寂しそうに笑った。
「ーー兵士長がどのような処分をくだすのか分かりません。ですが私には同胞の最後を見届けた責任があります。おめおめと生き残ってしまった責任も……。有難いお言葉ですが、ナンブルタル兵として責務を全うしたいと思います。 こんな私にここまで温情をかけてくださるとは……、エンデアベルト家の懐の深さに敬服いたします。ありがとうございます」
「わかった。…………コウタも目覚めたようだからね。この話はここまでだ。もし、気が変わったのならいつでも言いたまえ」
キョトンとクライス兄さんを見上げるといつもの兄さんの顔でオレの髪を撫でてくれる。コシコシと頬擦りをするとサーシャ様がずるいと言ってオレを抱き抱える。
馬車を囲むように『砦の有志』の馬が距離をとって爽走する。明けた空が高くなったお日様とソラとで溶け合っている。窓を開けてオレが手を伸ばすとソラがグンと近づいてきゃははと笑い合う。でも冷たい風が馬車に入るからとすぐに中に引き込まれては毛布をかけられた。
「ふふふ、ずっと昔、私にも弟がいたな……」
フォルテさんが呟く。
「コウタ様は本当に皆様に愛されていらっしゃいますね。羨ましいです。弟もとても可愛い子でしたが……、私の力が及ばず…………、申し訳ありません。不敬で……、ぐすっ。あまりにも、ぐすっ……。お可愛らしくて……、お幸せそうで……」
再び咽び泣くフォルテさんの包帯が、さっきよりもずっと赤い。体調も十分ではないのだろう。
サーシャ様の膝からピョンと飛び降り、フォルテさんの膝に抱きついた。
「……ねぇ、……痛い? 身体が痛い時って、心も痛くなるよね? オレ、弟になってあげられないけれど、お兄さんがよくなるようにってお祈りはできるよ」
「わっ、待って! コウタ」
「駄目よ、コウちゃん」
慌てたサーシャ様とクライス兄さん。何?、どうしたの?、と顔をあげた時には馬車の中はホワワンとしたピンク色で覆われ、馬車の周囲はキラキラとした金の粒が舞っていた。
「お? おおぉ……。温かい……何と気持ちがいいことか……。これは……?ーーーーん? 腕の痛みが……? あ、頭の傷が?」
腕を振り、頭を触り、ぱちぱちと瞬きを繰り返すフォルテさん。
クライス兄さんが力なく笑って、呟いた。
「うん、やっぱ、帰せなくなっちゃったかな? うちで恩を返して欲しいな。……駄目かい?」
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