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034 溢れる

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 朝食後、今日はあまり動きたくない気分。暖炉の前に敷かれた絨毯の上でごろごろする。

 積み木を立てて並べて、ぐるりと円を描き、端っこを倒すとカタカタ倒れて楽しい。たくさん積み上げて塔も作ったし、山に積んだ積み木を崩す遊ぶだってした。
 ふう、ちょっとのことで疲れるね。やっぱり病み上がりだからかなぁ。


 ラビを枕にころんと転がると、せっかく積んだ家が崩れた。

 幻獣猫のラビ。ウサギのような長い耳。だけど生態は猫のよう。触られるのは好き。構われるのは嫌い。長い耳の匂いはちょっと汗臭い。ピンクのふかふかの首毛は甘いミルクの匂い。
 何がどうなってここにいるのか分からないけれど、確かにラビはここにいて、フッと消えることがある。でもね大抵はオレの相手をしてくれる。大きな体、温かい毛皮、そしてふくふくの感触。トクトクと早足の鼓動がオレの視界を半分持っていく。


「あ~いいね。弟。癒されるなぁ。コウタ、楽しいかい」
 ソファーでくつろいでいるクライス兄さんが、嬉しそうに目を細めた。

 オレは起き上がってラビの毛に指を通しながら答える。

「うん。嬉しいの。楽しいは嬉しいね」
「あぁ、可愛い!こっちにおいで、ぎゅってしよう」
「もう、さっきからぎゅってしてばっかだよ」
 
 ピョンとソファーに飛び乗って兄さんにぎゅっとしがみついた。きゃあきゃあ言い合ってぎゅっと抱きしめ合うと、ずっとずっと一緒に生きてきたみたい。ディック様と同じ、胸がぱんぱんになる安心感。


「そうだ、コウタ。 僕のおもちゃが欲しいんだって? 古いし汚れてるけどいいのかい? 見に行く?」
「行く!」

 胸にぎゅっと飛びついたまま背中を支えられる。すくと立ち上がった兄さんは、大きな一歩でずんずん進む。
 やっぱり、馬に乗ったり剣を使ったりするから姿勢がいいのかな? 

「あらあら、いいわねぇ」
 サーシャ様が優しく言う。サーシャ様が散らかった積み木を木箱に入れようとしゃがんだので、思わずあっ、と声が出た。

『大丈夫よ、コウタ』

 どこからか小さい小さい声がする。ううん、音かもしれない。もしかしたら気のせいかも。そんな声。

「奥様、私が」

 ササと駆け寄ったメイドさんにサーシャ様が笑顔で返すと、積み木がキラリと光を帯びた。

 何か“いいよ”って言ってる気がする。ことんと首を傾げると光が強くなり、コトン、カチン、パタパタと積み木達が木箱に入ってくれた。

「え、・・・?」
「まあ・・・!」

 手を差し出したまま固まってしまったメイドさんとサーシャ様。

「わぁ、ありがとう!」
 お礼を言うと、積み木を包んだ光がパァとなってしゅんと消えた。

 みんなの口が大きく開いたままな気がするけど気にしない。
 さぁ、兄さん、おもちゃを見に行こう!


 物置部屋は随分整頓されて、おもちゃが選びやすいように並べてあった。アイファ兄さんの剣は脆くなっているからって、布に包まれてしまわれていたよ。

「うーん、やっぱりだいぶ汚れているね。 こっちは幻獣のハリーだよ。 あぁ針の刺繍がクタクタだぁ。 こっちは魔獣のサイクロントカゲ。 アイファ兄さんが倒すところを見せてくれてね。 憧れて作って貰ったんだ。 やっぱり張りがないね。 ねぇコウタ、新しいのを買ってあげるからこれで遊ぶのは辞めようよ」

「えぇ~。 オレこれがいい。 アイファ兄さんが戦ってるところ想像したい。 クライス兄さんと同じに遊びたい。」


 両手いっぱいに抱えたおもちゃ。高揚したほっぺはきっとツヤツヤだ。

「うん。 いいけど、遊んでいて壊れても泣いたら駄目だよ。 壊れても当たり前っていうくらい古いんだ。 壊れるのは構わないけど、コウタが悲しむのは嫌だよ」

 そう言って頭を撫でてくれる兄さん。優しいな。オレは胸がじんと熱くなりながら大きく頷いた。

 そうだ! 父様がやっていた維持の魔法! あれならもう古くならない。 傷まないよね。 オレ、知らないうちに魔法を使ってたみたいだからできるかも!

「ちょっと待って! 思いついたからやってみる。離れてて」
 オレは人形を離れたところに並べて、距離を取る。それから両手を広げて、魔力を練る。

あれ?ーーーー練るってどうやるの?
おや? 魔力ってどんな感じ?
はっ、そういえば呪文は?!

 言ったはいいがやり方が分からず、結局固まったオレ。

 兄さんが待っているけど……。あはは……。力なく笑い、頭を掻きながら一応聞いてみる。
「えっと、魔力ってなんだっけ? 古くならない呪文って知ってる?」


 ブブッと吹き出したのはクライス兄さんではなくアイファ兄さん。いつの間に起きたの? もちろんクライス兄さんも笑ったけど……。

「な、? クラ! こいつおっかしいだろ? 大抵いつもやらかすが、やらかさなくてもズレてんだぜ?」

「ププ、兄さん、そんなに笑うもんじゃないよ。 ほら、コウタ、なんかしたかったんだよね? 言ってみなよ。 古くならない呪文は無いけど。」

 えぇ? 無いの? あるよ、維持ってやつ! でもオレ、よく考えたらちゃんとした魔法って分からないかも……。

 しゅんと項垂れたオレにアイファ兄さんがトドメを刺す。
「それにしても、似合ってるじゃねえか女の子の服。 母上に騙されたんだろう? 可愛いお嬢さんだぜ! ひひひ……。今日は絶好調だな、コウタちゃん」

 ムッキー!! 酷い言いように顔を真っ赤にして怒ると、オレを揶揄うように部屋から出てったアイファ兄さん。

 なぐさめるようにオレを抱きしめるクライス兄さん。
「ごめんね。やっぱり気づいてなかった?」

 クライス兄さんが神妙な顔で聞く。オレは訳が分からずにキョトンとすると、クスクスと笑いを堪えながら教えてくれた。

「ほら、その長いスカートは女の子が着る服なんだ。 母上、コウタが可愛いからって着せたかったんだよ。 僕たち、小さい頃、散々抵抗したからさ……。 すごく似合ってるし、メイドさん達が喜んでるから言い出せなくてね。 ごめんね。 コウタってそう言うの気にしないのかなって思ったり……。」

 オレは顔から湯気が出そうな程恥ずかしくなった。するとさっきまで動かなかった人形達が一斉に兄さんに体当たりをする。

「わわ、何これ、コウタ? 怒ってるの? わぁ! い、痛くは無いけど、気味が悪いよ」
 物置部屋を逃げ回るクライス兄さん。

 でもね、これ、オレじゃ無いよ?
 うーん、オレ?
 そんなつもりはないんだけど……。

 どうやら今日のオレは勝手に魔法を使ってしまっているみたい。

 なぜ???


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