34 / 260
030 一人にしないで
しおりを挟む「ねぇ、兄さんが使ってた木剣。オレ、貰ってもいい? ドンクと剣の練習をしたいんだ」
「ああん? いつのだ? 古いのだったら辞めとけ。脆くなってるからな、怪我すっぞ。 大体、お前に剣は早くないか? 剣、なくても勝てっだろぅ?」
鍛えられた大きな身体。風呂桶に乗ってゴシゴシしながら、オレはアイファ兄さんに剣をねだる。
「オレが丸腰なの知ってて戦わせたの? 酷いよ! オレ、すっごく怖かったよ」
手のひらでオレの視界をガードしながらザブリとお湯を被った兄さんが続ける。
「お前、慣れない剣を持ったら、それに振り回されるし、隙ができるぞ。 どうせ攻撃したって体重が軽きゃ不利なんだ。 受け流し、出来ねぇだろ? 丸腰だったら、避けるしかねぇじゃん。 実際、そうだっただろうに」
今度はオレの頭を泡立てた石鹸をつけてシャカシャカする。
「そうだけど……。闘いならオレも攻撃したいよ? それに、勝てないよ?」
泡が入らないようにそっと片目を開けて話すと、兄さんの手がオレの目を覆いゆっくりとお湯が流される。
「勝っただろ? ちびっ子なんか、避けりゃ勝てるさ。 直球馬鹿だからな。 転んで自滅だ。 俺や親父の身体に乗っかって遊んでるお前が、たかが五歳児の攻撃に当たる訳がない。 読み通りだっただろう」
お得意の悪い笑顔が腹立たしい。
「ま、コウタ様には儲けさせていただいたから、木剣くらい作ってやるよ」
「本当? やったぁ!!!」
兄さんの物言いにちょっとムカッときたけれど、喜びの噴水を見せてあげたんだ。それなのに簡単に魔法を使うなと怒られた。…………シュン。
それから数日、兄さんは庭師さんに頼んで作って貰った木剣をくれた。
「作ったのは庭師だが、名前は俺が彫ってやったぞ! これも思い出って奴に入れておけよ」
ディック様と目配せをしてニカッと笑ったから、オレはちょっと恥ずかしかった。でも、とっても嬉しかったんだ。
早速、ドンクと一緒に鍛錬しようと外に出て出た。
今日は店の裏にはいなかったな。ミュウもいない。
でも家の手伝いとか、二人でお使いに行くってこともあるから、仕方ない。今日は館の裏庭で一人で鍛錬することにしたんだ。
館に戻ろうと細い道をトコトコと歩いていると、おばあさんが困っていた。
「いやね、さっき有名な絶壁を見に行ったんさ。 多分そこだと思うんだけど、大事な袋を落としてしまってね……。」
「それは大変だね! どんな袋?」
オレは一緒に探すことにした。
モルケル村は、南の港町のサースポートに行く経由地だ。
だから船旅をする人達が絶壁を見にきたり乳製品を求めたりして立ち寄ることがある。
王都に行く人にはランドを経由して大回りで十日ほどかける工程と、険しい山道を越える七日程の工程を選ぶ。
普通の人はランド経由だ。ランドまでは半日だから、わざわざこの村を経由する必要はないのだけれど、山越えをする人はこの村で一泊する。
おばあさんは船旅かな? 山越えをするのかな? 大丈夫かな?
以外と足腰が丈夫なおばあさんだけど、木の裏、草の陰、立ち寄った場所を一緒に探す。
暫く歩くと倉庫の方に向かって走っていくおばあさん。
「あぁ、あそこ。あそこにありました」
大喜びで拾い上げたのは大きな袋。お婆さんの身体がすっぽり入りそう。
えぇ! こんなに大きいの? これ、本当に落としたの?
ビックリしているとお婆さんが袋を開けて、オレに袋の中を見せてくれた。
「ほれ、乾燥した薬草を入れてあってね、、、」
ーーーーパシュッ、ドサッ!
袋を覗くと、あっという間に袋を被され、不思議な匂いにクラリと意識が遠のいた。
カッーーーーーードドーン!
ガラガラガラ!!!! ドゴッ!
バキバキバキバキ、ガッシ! ダダーン!
凄まじい雷鳴と、石柱の針山が木々を岩を薙ぎ倒した。
大きな袋を中心として円を描くような針山は、めくれたドレスの下から小汚いズボンを露わにしてカツラをずるりと落とした、しわがれた男を囲んでいた。
「な、何だ今の音は! おい、コウタはどこだ?」
「先ほど、外に行かれましたが……、まさか?!」
すぐさま領主が、私兵が飛び出し、音の方向に走る。馬は怯えて使えない。人の足がもどかしい。
馬車乗り場に続く道。連なった石柱の中心で女装をした男があわあわと腰を抜かしている。
その先には瑠璃色に輝く猛禽。
大人ほどの巨大な羽根を広げ、ギロリと俺を睨むと袋を嘴に突き刺す。
「ディック様ー! コウタ様が!」
座り込んで泣き叫ぶサンの声に冷や汗が流れる。
何処だ?
コウタ、何処にいる?
目視できなければ戦えない。俺の剣では巻き添えにする。
グンと猛禽が近づくと俺の胸に目掛けて袋を放った。
ドサッ!
ーーーーコウタ?!
抱いた覚えのある重さを胸に受け、袋をひっくり返す。くたり目を閉じた幼子が草にまみれて出てくる。
ーーーーこの匂い!!
すぐさま顔を背けて息を吸い直す。催眠の効果だ!
大きく旋回した猛禽が威圧をかけて俺を目指す。周囲の空気が重い。押しつぶされる強い気配。 俺は剣を持つ手に力を入れて身構える。
鍛えた私兵の足が震え、サンは腰を抜かしたままだ。石柱の中の男は意識を失った。
だが、怯む訳にはいかない。この手の中の幼子を守らなければ……。
チャッ!
片手で剣を抜き、コウタを抱いたまま猛禽を睨み返す。
さあ、来い! テメェが俺に挑めんのか?
すると真上に進路を変えた奴は街道の奥に雷撃を飛ばした。
ピカッーーーーードドドン!!!!
ドッカッーーーーーードドドン!
凄まじい音と振動。大地が震え、土煙が立ち上る。
「……うっ……」
耳が壊れるかの爆裂音でコウタが意識を取り戻す。
「お、おい! コウタ、しっかりしろ! 怪我は? 痛いところはないか」
「……………くっ」
白い額に漆黒の髪が絡みつき、朧げな表情であるが、瞳に光が宿る。
大丈夫そうだ。
ホッとするのも束の間。大きな猛禽が再びせまってくる。緩急をつけたスピードに間合いを図る。
ザガッ!
空を切り裂く剣に、瞬時に身体を捻って風を躱した奴は、勢いそのままに回転しながら突き進む。
『ディーさん』
「なっ? 念話か?!」
『あと二人。子ども…………』
「子ども、子ども? お前、ソ、ラ?」
鋭い猛禽の嘴が街道の奥を指し、俺の真上で旋回すると、再び魔法の光を放った。
カッーードドドン!!!!
村の子か? まさか、コウタと同じように?!
「街道だ! 魔法の先に進め! 子どもが攫われた! 急げ! だが、油断するな! 」
大声を張り上げ、周知する。
駆けつけたメリルにコウタを託し、俺も最前線に向かう。 舐めた真似を! 俺の村で勝手をしやがって! 怒りが沸々と湧き上がる。
ガシッ!
襟元に小さな手が伸び、グンと俺を引っ張った。 コウタだ。メリルの手を蹴り飛ばし、行かせるものかと俺にしがみつく。
「行か、行かないで……」
弱々しい声にグッと喉が熱くなる。
「大丈夫だ。すぐ戻る」
頭をわしわしと撫で、掴んだ手をもぎ取るが、すぐに対の手が伸びる。
「行かないで。お願い。お願いだから……」
「コウタ様、ディック様はお強いですから大丈夫です。少しだけメリルと待ちましょうね」
メリルの言葉に全く耳を貸そうとしない。ブンブンと頭を振って抵抗する。
追いついたアイファたちが任せろと肩を叩いて駆け抜けた。
「大丈夫だ。俺は強い。心配するな」
そっと笑みを見せ安心させようとする。メリルもなだめ、何度も手を離そうと促すが、こいつは必死になってもがく。
「ええぃ、放せ! 待ってろ」
思わず力を入れて突き放すと、漆黒の瞳が怒りを露わにし、ブルブル震えて抵抗する。
「行かないで! 強い、強いって言って、みんないなくなっちゃった! オレだけ、オレだけ置いていくなんて酷いよ! もう、もう、一人にしないで! お願いだから! う、う、うわあああああああん」
ーーーー魂からの叫び。
俺たちはハッとし、動けなくなった。
俺の襟元をぎゅっと握りしめたコウタ。メリルの腕の中でくたりと意識を失っていた。
13
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる