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017 手の内
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ーーーーキィ
静かに開いた扉に顔を上げると、予定通り、あいつが帰って来た。チャッ、俊敏な執事が素早くドアを閉める。俺は窓から外を確認し、少しだけ開けていたカーテンをシュルッと閉める。
「随分、慎重だなぁ。」
長い旅をしてきた若い男はイタズラな顔をして声を抑えて呟く。
「あぁ、悪い。思ったより早かったが……。良かったのか?」
俺は警戒を解かずに、男の顔色を伺う。
「呼んでおいて、都合聞くかぁ?最・優・先、なんだろ?」
男は伏せた眼を上げ、俺と瞳を合わせるとニヤリと唇を引く。漆黒に近い濃い茶の瞳。
「確認を。」
早くしろと急かすように執事が割り込む。そうだ。呆けていたら気付かれる……か……。
「……で、お前はどれくらい背中を預けられてっかってことだ」
ここはエンデアベルト領、唯一の街、ランド。木造や石作りの家が連なり、宿や店、ギルドなど一通りは揃っているが、辺境らしくただそれだけの町である。
硬くした土路はさほど広くなく、かろうじて小さい馬車が通れる程度で辺境ゆえに商売人の荷車が通るだけ。王都や北南の隣領、南のサースポートに向かうための主要街として便利ではあるものの賑わいや利便性は他街が圧倒的に勝る。
それでも訪れる人が途切れないのは、領主や兵士により強い魔物がすぐに討伐されるためで海路よりも安全が約束されいるからだろう。また中級冒険者にとっては山や平原、荒野、海といった多種多様な依頼が豊富で稼ぎやすいという利点もある。
昼を少し過ぎた時刻。外はまだ明るいが、母屋の影に入るそこは冬の夕暮れ時のようだ。
狭く薄暗い部屋の中央に男達は集まる。古びた机が一つと簡素なベットがあるだけの部屋は、街外れの宿屋の従業員の一室。
若い男は一瞬その眼を見開くと、視線を外して呆れたように呟く。
「疑うってことか? それとも……。俺も信用できねぇって事態か?」
「いや、そうじゃない。あくまで、だ。そりゃ、何度も一緒に死線を潜っただろう。共に頼りあってる仲間だ。俺だって認めるさ。いいパーティだよ。お前らはさ……。」
あいつらとは俺も何度も会っている。いい奴らだ。そうでなけりゃ、お前を預けちゃいねぇ。信頼してるさ。本心からな。だが……。
続かない俺に若い男はふぅと息を吐くと、両手を上げて降参のポーズを取る。
「分かったよ。あいつらには言うなよ。まぁ、こんだけ手の込んだことをすっから、言う訳ねぇって知ってるけどよ」
「……まぁ、全部っちゃ全部か? あいつらがその気になりゃぁ、俺はお終いってくらい。そりゃ、殺られはしねぇけど、……まぁ、そうなっても後悔はないってくらい信用してるぜ? これでいいか?」
俺が止めていた息を吐いて、フゥーと大きく吸い込むと、銀灰色の瞳が頷いた。執事は持っていた小さな皮袋から、その入れ物に見合わない大きさの塊を出すとそっと机に載せる。
「悪かった。だが、助かる……。」
敵になればこの上なく厄介だ。こいつが文句なく信頼してるんだ。大丈夫だろう。分かってはいたが、有難てぇ。
執事が息を吐くように呪文を唱えると、机上を照らすだけの小さな灯りが布に包まれたそれをほんのりと輝かせた。
「魔力が込められています」
俺と執事は再び窓の外の様子を伺う。
若い男がゆっくりと布を取り除く。そこから現れたのは、落ち着いた艶めきと見事な仕事が施された銀塊の小さな鎧、そして金糸の模様の魔法陣が繊細に織り込まれた美しい白い貫頭衣だ。
「っ、なっ。何だ。古代遺産か? それとも迷宮品か? こんな状態で? いや、まさか?」
「どう思う?」
驚愕する男に聞く。
「どうって……。どうなんだ? こんな、どうしたんだ?」
目の前にある物が信じられない男に、まぁそうだろうなと、俺たちは頷く。
「あぁ、もう一つ。それを身につけていた奴がいた。どうだ?」
「はぁ? なんだよ、それ? 出自は遺跡や迷宮じゃねぇってのか? いや、迷宮か? ますます分かんねぇよ。これ、何年経ってる? 千年? まさか今? それくらいは分かんだろう?」
「分かるんなら調べてるんだよ! 手掛かりがねぇっての。そんな状態で千年経ったものか? ーーそんな訳ねえんだよ! じゃ、この状態はどうしたかってこった。どうにもできんだろうよ!」
「そいつ、手の内なんだろ? 尋問でも何でもすりゃいいだろ? それがセオリーってもんだ! それとも何だ? しくじってんのか?」
結論を出さない若者、情報を出さない男に、痺れを切らし、次第に声がを荒らげる。いつの間にか二人は大声で言い合い、互いの胸ぐらを掴むほどになっていた。
「コホン。 似た物同士、親子喧嘩はそれくらいにしていただけませんか?」
冷酷な低い声で制した執事は、そそくさと疑惑の物を皮袋に納めた。
若い男が口を開く。
「……。 護れってことだろう? 必要ないって思うのは、俺の買い被りなのか? 親父、歳取ったって奴か?」
「あぁ? 俺らには必要ねぇよ。 そこまで鈍っちゃいねぇつもりだ。」
「……。まぁ、この冬さえ超えれば、答えは出る、と思う。後は、何か掴んだら知らせろ。」
アイツのことになると冷静さを欠くことは自覚している。きっと俺は情け無い顔をしているのだろう。
俺は心中を悟らせないように閉めたカーテンの隙間から空を眺めた。
「はぁ、分かった。 あんまり期待するなよ。 あと……俺らを信じるな。」
そう言うと、一回り大きくなっていた息子は静かに部屋を出た。
「ありがとよ。頼りにしてっぞ。背中は……任せろ。」
「うっせぇ。あいつら連れてってやっから早く帰りやがれ。」
若い男の捨て台詞を聞くと、年長の執事が淡々と吐いた。
「本心が聞けて良かったですね。ところで、言わなくて良かったのですか? ご兄弟になさるのでしょう?」
そうだった。まぁいい。すぐに会う。あいつを見たらどんな顔をすっかなぁ。俺はニヤリとほくそ笑んだ。
静かに開いた扉に顔を上げると、予定通り、あいつが帰って来た。チャッ、俊敏な執事が素早くドアを閉める。俺は窓から外を確認し、少しだけ開けていたカーテンをシュルッと閉める。
「随分、慎重だなぁ。」
長い旅をしてきた若い男はイタズラな顔をして声を抑えて呟く。
「あぁ、悪い。思ったより早かったが……。良かったのか?」
俺は警戒を解かずに、男の顔色を伺う。
「呼んでおいて、都合聞くかぁ?最・優・先、なんだろ?」
男は伏せた眼を上げ、俺と瞳を合わせるとニヤリと唇を引く。漆黒に近い濃い茶の瞳。
「確認を。」
早くしろと急かすように執事が割り込む。そうだ。呆けていたら気付かれる……か……。
「……で、お前はどれくらい背中を預けられてっかってことだ」
ここはエンデアベルト領、唯一の街、ランド。木造や石作りの家が連なり、宿や店、ギルドなど一通りは揃っているが、辺境らしくただそれだけの町である。
硬くした土路はさほど広くなく、かろうじて小さい馬車が通れる程度で辺境ゆえに商売人の荷車が通るだけ。王都や北南の隣領、南のサースポートに向かうための主要街として便利ではあるものの賑わいや利便性は他街が圧倒的に勝る。
それでも訪れる人が途切れないのは、領主や兵士により強い魔物がすぐに討伐されるためで海路よりも安全が約束されいるからだろう。また中級冒険者にとっては山や平原、荒野、海といった多種多様な依頼が豊富で稼ぎやすいという利点もある。
昼を少し過ぎた時刻。外はまだ明るいが、母屋の影に入るそこは冬の夕暮れ時のようだ。
狭く薄暗い部屋の中央に男達は集まる。古びた机が一つと簡素なベットがあるだけの部屋は、街外れの宿屋の従業員の一室。
若い男は一瞬その眼を見開くと、視線を外して呆れたように呟く。
「疑うってことか? それとも……。俺も信用できねぇって事態か?」
「いや、そうじゃない。あくまで、だ。そりゃ、何度も一緒に死線を潜っただろう。共に頼りあってる仲間だ。俺だって認めるさ。いいパーティだよ。お前らはさ……。」
あいつらとは俺も何度も会っている。いい奴らだ。そうでなけりゃ、お前を預けちゃいねぇ。信頼してるさ。本心からな。だが……。
続かない俺に若い男はふぅと息を吐くと、両手を上げて降参のポーズを取る。
「分かったよ。あいつらには言うなよ。まぁ、こんだけ手の込んだことをすっから、言う訳ねぇって知ってるけどよ」
「……まぁ、全部っちゃ全部か? あいつらがその気になりゃぁ、俺はお終いってくらい。そりゃ、殺られはしねぇけど、……まぁ、そうなっても後悔はないってくらい信用してるぜ? これでいいか?」
俺が止めていた息を吐いて、フゥーと大きく吸い込むと、銀灰色の瞳が頷いた。執事は持っていた小さな皮袋から、その入れ物に見合わない大きさの塊を出すとそっと机に載せる。
「悪かった。だが、助かる……。」
敵になればこの上なく厄介だ。こいつが文句なく信頼してるんだ。大丈夫だろう。分かってはいたが、有難てぇ。
執事が息を吐くように呪文を唱えると、机上を照らすだけの小さな灯りが布に包まれたそれをほんのりと輝かせた。
「魔力が込められています」
俺と執事は再び窓の外の様子を伺う。
若い男がゆっくりと布を取り除く。そこから現れたのは、落ち着いた艶めきと見事な仕事が施された銀塊の小さな鎧、そして金糸の模様の魔法陣が繊細に織り込まれた美しい白い貫頭衣だ。
「っ、なっ。何だ。古代遺産か? それとも迷宮品か? こんな状態で? いや、まさか?」
「どう思う?」
驚愕する男に聞く。
「どうって……。どうなんだ? こんな、どうしたんだ?」
目の前にある物が信じられない男に、まぁそうだろうなと、俺たちは頷く。
「あぁ、もう一つ。それを身につけていた奴がいた。どうだ?」
「はぁ? なんだよ、それ? 出自は遺跡や迷宮じゃねぇってのか? いや、迷宮か? ますます分かんねぇよ。これ、何年経ってる? 千年? まさか今? それくらいは分かんだろう?」
「分かるんなら調べてるんだよ! 手掛かりがねぇっての。そんな状態で千年経ったものか? ーーそんな訳ねえんだよ! じゃ、この状態はどうしたかってこった。どうにもできんだろうよ!」
「そいつ、手の内なんだろ? 尋問でも何でもすりゃいいだろ? それがセオリーってもんだ! それとも何だ? しくじってんのか?」
結論を出さない若者、情報を出さない男に、痺れを切らし、次第に声がを荒らげる。いつの間にか二人は大声で言い合い、互いの胸ぐらを掴むほどになっていた。
「コホン。 似た物同士、親子喧嘩はそれくらいにしていただけませんか?」
冷酷な低い声で制した執事は、そそくさと疑惑の物を皮袋に納めた。
若い男が口を開く。
「……。 護れってことだろう? 必要ないって思うのは、俺の買い被りなのか? 親父、歳取ったって奴か?」
「あぁ? 俺らには必要ねぇよ。 そこまで鈍っちゃいねぇつもりだ。」
「……。まぁ、この冬さえ超えれば、答えは出る、と思う。後は、何か掴んだら知らせろ。」
アイツのことになると冷静さを欠くことは自覚している。きっと俺は情け無い顔をしているのだろう。
俺は心中を悟らせないように閉めたカーテンの隙間から空を眺めた。
「はぁ、分かった。 あんまり期待するなよ。 あと……俺らを信じるな。」
そう言うと、一回り大きくなっていた息子は静かに部屋を出た。
「ありがとよ。頼りにしてっぞ。背中は……任せろ。」
「うっせぇ。あいつら連れてってやっから早く帰りやがれ。」
若い男の捨て台詞を聞くと、年長の執事が淡々と吐いた。
「本心が聞けて良かったですね。ところで、言わなくて良かったのですか? ご兄弟になさるのでしょう?」
そうだった。まぁいい。すぐに会う。あいつを見たらどんな顔をすっかなぁ。俺はニヤリとほくそ笑んだ。
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