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19話
しおりを挟む翌日、私はソワソワしながら、殿下の帰りを待っていた。
私も荷が着く場所へ向かいたいと殿下に伝えたのだが、殿下は『任せて!』と言って、出掛けて行った。
殿下が居ない…という事は私が自分の仕事だけに集中出来る、数少ない時間という事だ。
私は、殿下の執務室へと向かう。
昨日のうちに、私の執務室と共同という事に勝手にされてしまった為だ。
私が執務室へ向かっていると、殿下の執務室の前でエレーヌ様と、殿下の事務官が揉めていた。
「どうしたのです?」
と私が少し離れた所から、声を掛けると、揉めていた2人とエレーヌ様に付き添っていた侍女と護衛が一斉にこちらを見た。
エレーヌ様は私の姿を認めると、
「まぁ…妃殿下。何故こちらへ?」
と怪訝そうな顔で私に問いかけた。
うーん。いつもより態度が刺々しい。
すると、揉めていた事務官が、
「こちらの執務室は妃殿下と殿下の共同の執務室になっております。
ですので、先程も言いました通り、2人の許可がなければ、このお部屋には立ち入る事は出来なくなっております」
とエレーヌ様に私の代わりに答えた。
へぇ~。私の許可も必要なんだ…。殿下がそう決めたのね。
「共同?そんなの初めて聞いたわ!どういう事なの?!」
と食って掛かるエレーヌ様。
どうも、共同になったのは初耳だったらしい。執務室に入ろうとしたら、私の許可が必要だと止められた…って所か。
私は執務室の前に到着すると、困っている事務官に代わり、
「どういう事も何もありません。その事務官の言う通りです。
エレーヌ様が例え殿下から執務室への出入りを許可されていたとしても、私は許可しておりませんので」
殿下の考えは簡単にエレーヌ様をこの部屋へ入れさせない事だろう。
この前、待ち伏せされて怖かったと言っていたし。
私は咄嗟に殿下の考えを汲み取りエレーヌ様にそう答えた。
そして私は続けて、
「それに、殿下は只今ご不在でいらっしゃいます。執務室に何の用が?」
とエレーヌ様に向かって言った。
すると、エレーヌ様は、
「へ?殿下は出掛けているの?…じゃあ……私の言う事を聞いて下さったのね」
と独り言の様に呟いた。
『私の言う事』とは父を嵌める為の嘘の事だろうか?
エレーヌ様は殿下が彼女の言う事を真に受けて、父の積み荷を確認に行ったのだと思ったようだ。
私はつい不安になる。
…もし殿下が本当はエレーヌ様の味方で、私と父を陥れようとしているのなら?
いや…今はそんな事を考えても仕方ない。
殿下を信じるしか…そう考えながら、私は自分の中の矛盾に気づく。
いつの間にか、殿下を信用している自分がいる。
父の件が本当なら、そして殿下が父を助けてくれたなら、殿下の中身が殿下ではない誰かだと信じるつもりだったのに…。
私が黙っていると、
「そう…。なら殿下には後でお話があると伝えて」
とエレーヌ様は目の前の事務官に言うと、私の方へ向き直り、
「そういえば…最近、妃殿下はやたらと殿下の側に張り付いていらっしゃるとか?急にどうなさったのです?
今さら殿下に媚を売っても…」
と言ってクスリと笑った。
笑ってはいるが、目が笑ってない。
エレーヌ様も内心穏やかではないだろう。もう10日程殿下はエレーヌ様の元へ通っていない筈だ。
ここ3日は私と一緒だし。
「媚を売る?私が?エレーヌ様の目にはそう見えてますの?それならば、良い眼科医を紹介しますわ」
と私が扇で口元を隠せば、エレーヌ様は一瞬、怒りのオーラを纏った。
しかし、直ぐ様いつもの可愛らしい雰囲気に戻ると、
「まぁ…そんな風に仰らなくてもよろしいではないですか。妃殿下が私をお嫌いなのは重々承知しております。
しかし、私は妃殿下と仲良くなりたいと常日頃思っていますのよ?」
と小首を傾げる様子は小動物にしか見えない。
いつも私から虐められていると殿下に嘘を吹き込んでいるくせに…白々しい。
「嫌い?私、そんな事を思った事も口に出した事も御座いませんわ。
というより…貴女を気にした事も御座いません。私は私のやるべき事をやるだけ。
仲良くしようとは思っておりませんが、嫌うなんてとんでもない」
これは本当の事だ。殿下の事は大嫌いだったが、エレーヌ様には何の感情もなかった。殿下の話を聞くまでは…だが。
すると、エレーヌ様はハラハラと涙を流し始めて、
「そんな言い方…あんまりですわ。私は仲良くしたかったのに…」
と俯いた。
お付きの侍女が急いでハンカチを取り出し、エレーヌ様を慰めるように背中を擦った。
…馬鹿馬鹿しい。こんな事で泣く?
先に喧嘩を売ってきたのは、そっちでしょう?
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