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その86
しおりを挟むクリス様に私が見つかったと連絡がいったのは、私が隠れて話を聞いた、あの応接室での話し合いから、約半日が経った夜の事だ。
イヴァンカ様曰く、
「本当に大切な物を失くしてしまうかもしれないっていう極限の気持ちを少しでも長く味わった方が良い」
との事だったが、クリス様の我慢の限界が訪れ、王城の近衛を全て動かそうとし始めた為、焦って連絡したのだった。
私はイヴァンカ様と、公爵邸の応接室に居た。
何とも落ち着かない。
そこへ、
「シビルが見つかったと聞いたが!」
と大きな声と共に、扉が乱暴に開かれた。
クリス様と側近のコルッチ様が部屋に入って来る。
私はその声と音にビクッと肩を揺らす。
「殿下…もう夜なのですからお静かに」
と言うイヴァンカ様の声を無視するように、クリス様はずんずんと大股で私の前に来ると、椅子に座る私を見下ろす位置に立った。
…怒ってるよなぁ…。怒られるよなぁ…。
そう思いながら、私はずいぶんと上の方にある、クリス様の顔を仰ぎ見る。
私が覚悟していると、クリス様は、
「そんなに…逃げ出したくなる程…俺が嫌か?」
と、苦しそうな声を出した。
耳は後ろに倒れているし、尻尾もしゅんと垂れ下がったままだ。
私が答えに困っていると、
「だが…俺は…シビル…お前を手放せそうにない」
と呟いた。
私は、
「殿下が嫌なのでは…ありません。王太子妃になる事に不安があったのです」
と素直に答えた。
「でも…」
と私が、もう覚悟を決めた事を告げようとすると…
「シビル、お前の気持ちは良くわかった。
ならば、俺は、王太子を降りる」
そのクリス様の言葉に、部屋にいるクリス様以外の全員が、
「はぁ??!!」
と驚いた声を挙げたのは言うまでもない。
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