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その74

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私がクリス様に近付く事を躊躇っていると、クリス様が私に気づき、向こうから近付いて来た。

「こっちに」
私にそう言うと、私の手を引いてガゼボに連れて行く。

そこにはお茶の準備はしてあるものの、侍従も侍女もいない。

クリス様は私を椅子に座らせると、自らお茶を淹れようとした。

私が思わず、
「私がやります」
と、その茶器を受け取ろうとするも、クリス様は、

「大丈夫だ。茶ぐらい淹れられる」
と言って、私に構わず淹れ始めた。

私の前に置かれたカップには…何故かあまり香りのしないお茶が入っている。

獣人は、お茶も香りがしない物を好まれるのかしら?そう思っていると、クリス様に飲むように促される。

私は一口飲んでみるが…味がしない…。

私と同時に飲んだクリス様も、

「…なんだこれは?味がしないな…」
と呟いた。

まるで不思議な物を見るように、カップの中の液体を見つめている。
その顔が何故か面白くて、私はつい笑ってしまった。

私が、

「きっと、蒸らす時間が短かったのですね。私が淹れ直しても宜しいでしょうか?」
と言うと、クリス様は恥ずかしそうに、

「頼んで良いか?お茶を淹れるのも難しいもんだな…」
と言った。

私がお茶を淹れ直し、カップをクリス様の前に置くと、

「さっきと全然色も香りも違うな」
と、またもや不思議そうな顔で、カップの中の液体を見つめる。

私が、
「飲んでみて下さい」
と言うと、クリス様は直ぐに一口飲んで、

「旨いな」
と笑った。

私も、自分の分を飲んでみる。うん。ちゃんと味も香りも楽しめる。



そんな私を見て、クリス様は、

「ずっと、俺を避けていたな」
と話し始める。

「…避けていたわけではありませんが…私は王太子殿下と話をするような立場の人間ではありません。
まして、この国の王族より婚約破棄された姫の専属侍女なのです。
…今はベルガ王国にご厚意で置いて頂いている身ですが、本来ならアルティアに戻らなければいけない立場。
私達は今は、ひっそりと過ごす事が最善であると思っております。これ以上目立つ事をするつもりはありません」
と私は答えた。

その答えを聞いたクリス様は、
「俺の事を怒っているか?」
と私に訊ねる。

…怒る?怒っているのは、クリス様や、アーベル殿下だ。

私や、ミシェル殿下ではない。
これは怒りではない。
ただ、クリス様やアーベル殿下は、私達の味方ではなかったと言う事だ。
このベルガ王国に来てからずっと、クリス様もアーベル殿下もミシェル殿下から一歩も二歩も引いていた。
こちらからも、あちらからも歩み寄る事はなかった。
ずっと相対していただけだ。見ていただけ。

私達に歩み寄ってくれたのは、フェルト女史だった。ただそれだけ。

私はゆっくりと首を横に振った。
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