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その58

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私は庭師の元に向かうも、あえなく撃沈していた。
全く相手にされないのだ。

それでも、私は毎日、毎日時間のある時に、庭師の元へ向かった。

相手にされなくても、毎日、毎日話しかける。
この前、フェルト女史に花の図鑑を借りた。

流石に毎日見ていれば、図鑑の花々と、この庭園の花が合致し始めた。

その話を振ってみても、庭師は
「あぁ」とか、「ふん」とかしか答えてくれない。

この庭師が『トーマス』という名前なのは、さっき使用人が呼びに来たから分かったが。


今、トーマスさんは、使用人に呼ばれ王城の方へ向かって行った。

残された私は、1人で花を見てまわる。

ふと、そこに見たことのない花を見つけて、近寄って行くと、

「その花には触るなよ」
と声が掛かった。

私が振り返ると、そこにはアーベル殿下が立って居た。

私は慌てて礼をとり、頭を下げる。

「楽にして良い」
そう言われて私は頭を上げた。

「その花は、俺が育ててる花だ。珍しいだろ?」

アーベル殿下がこんなにたくさんお話になるのを初めて聞いた。

「はい…これは、薔薇の一種ですか?」
と私が訊ねると、

「そうだ。品種改良して作られた薔薇だが、育てるのが難しいんだ」

…笑顔のアーベル殿下を初めて見た。
いつも、無愛想な顔しか見たことなかったから。
笑顔のアーベル殿下は、まだ幼さが、残っているようだった。


と、私がアーベル殿下にこの庭園で出会っても仕方ないのだ。

こんな事がミシェル殿下にバレたら、大問題。

私は早々に、ここから離れる事を決めた。しかし、流石にこのまま戻るのも失礼であろう。

「難しいお花なのに、こんなに綺麗に咲いて…素晴らしいですね。アルティアでは見たことありませんでした」
と私が素直に感想を述べると、

「そうだろうな。なかなか手に入らない。
俺もこれをここまで咲かせるのに時間がかかった」

「そうなんですね。本当に…綺麗です。貴重なお花を見せて頂いてありがとうございました。それでは、失礼いたします」
と、私は頃合いを見計らって、その場を辞した。

アーベル殿下は、去っていく私の背中に、

「また見に来ると良い」
と声をかけた。
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