お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶

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第89話 side テオ

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〈テオ視点〉


俺が「それは、困る」と言ったら、彼女は、

「貴方が公爵を継いだからと言って、直ぐにどこかへフラフラと出て行く訳じゃないわよ、安心しなさい」
と明るく笑った。

俺が『困る』と言ったのは、頼れる人がいなくなるから……ではない。
彼女が俺の側から居なくなる事が困るんだ。

今はまだ、俺の気持ちを誰にも言う事は出来ない。その立場にないからだ。

まだ俺はただの『テオドール』
彼女は『オーネット公爵夫人』

俺達の間には見えない高ーい壁がある。
そんな事は重々承知だ。

まずは俺が変わらなければならない。
それには彼女の手伝いをしているだけではダメだ。

俺は翌日アーロンさんに頼み事をした。

「教師をつけて欲しい……ですか」
と俺の言葉を繰り返すアーロンさんに、

「はい。ステラ様のお手伝いは続けてさせていただきますが、空いている時間にもっとこの国の事、公爵として必要な知識を教わりたいので」
と俺はお願いした。

公爵としての仕事はステラ様をずっと見ていたので、流れはわかった。
でもそれだけでは全然足りない事ぐらい分かっている。

ステラ様は『ゆっくりで良いのよ。公爵になってからでも勉強は続けられるもの』と言われたが、それでは遅いのだ。

公爵を継ぐと同時に俺にはやらなければならない事がある。
その資格を得る為には、ここで頑張らなければならない。

あの人の事で迷惑をかけている俺は、今の今まで、どこか遠慮しながら生活していた。だから、教師を付けて欲しいと思いながらも言えずにいた。

これからは、図々しいと思われても良い。
俺は自分の要望を素直に伝える事にした。




「さぁ、先ずは基本的なステップから始めましょうか」

今日からダンスレッスンだ。もちろん講師はステラ様。

俺はステラ様から言われた事を忠実に再現しようと試みるのだが、なんだか上手くいかない。……ダンスって難しいんだな。

「そんなに力を入れなくても大丈夫よ。それだと1曲終わる頃にはヘトヘトになるわよ?」
とステラ様が笑う。……その笑顔は反則だ。

俺は領地で、
『貴族ってのはな、感情を顔に出しちゃならんのだとよ。怒っても、悲しくても、楽しくても、無表情なんだとさ。つまりは、腹の中で何を考えてるかわからねーちゅー事だ。怖えーなぁ』と聞いていた。

確かに、俺の父親だと言われる人物はいつも無表情で、笑顔など向けられた事はない。
俺はそれを聞いて、貴族って、つまらない生き物だな……と思ったものだ。

だが彼女は……違った。
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