60 / 68
第60話
しおりを挟む「ありがとな、手伝ってくれて」
アダンは笑顔で私達を見送る。
「明日も来るわ!」
と言う私の脇腹をノアが突っつく。
「おい!今日だけじゃないのか?」
小声のノアに、
「当たり前じゃない。女将さんが復帰するまでよ」
私も小声で答えた。
帰る前に女将さんの部屋も覗いた。顔色は思ったほど悪くなかったが、老けたな……と思った。
少し先に繋いだ馬まで向かう道すがら、私はノアにさっきの違和感について話た。
「ねぇ、さっきのベイカー公爵領の話、どう思った?」
「怪しいよな。……領地を手土産に他国へ渡る……か。あり得るな」
「でも……前公爵様が療養していらっしゃるのでは?」
「だよなぁ。まさかもう亡くなった……とか?」
「葬儀も無し?」
「これは……内密な話だが、前公爵の事故は誰かに仕組まれたのではないか……と言われている」
私は陛下の話を思い出していた。陛下もはっきりとは言っていなかったが……。
「陛下から落馬の事故の話を聞いたけど……陛下は公爵様を疑っているような口ぶりだったわ。もちろんはっきりと口にはしなかったけど」
「陛下だけじゃない。何人かの貴族はそれを疑っていた。証拠はなかったが。それを考えると前公爵が亡くなった事を別に知らせなくてもおかしくない」
「自分の父親なのに……?」
「それを気にする男か?」
ベイカー公爵の優しげな笑顔を思い浮かべた。人というのは表面をあれほどまでに取り繕う事が出来るのかと考えると怖くなる。
「はぁ……人間不信になりそう」
私のため息にノアは少しだけ辛そうな顔をした。
「さぁ、馬に乗るぞ」
私の呟きを無視する様にノアは馬に跨り、私に手を伸ばした。
王宮に着き、また枝を伝ってバルコニーへ降り立つ。
「じゃ、俺は戻る。さっさと寝ろよ」
ノアは私に背を向け、バルコニーの縁に足をかける。私はその背に声をかける。
「ノア、ありがとう。私を連れて行ってくれて。あと……店の手伝いも」
ノアは結局、私と共に店を手伝ってくれた。ノアは振り返る事なく、軽く片手を上げてまた木へと飛び移った。
それから私は三日間、王宮を抜け出して店を手伝いに行った。
「ニコル、本当にありがとう。女将さんも明日からは店に立てそうだ」
アダンの笑顔に私もホッとして笑顔を返した。
「じゃ!アダンも身体に気をつけて」
私が手を振ると、アダンも手を振り返しながら、
「お前もな!元気で!」
と私に声をかけた。私はその言葉に胸が痛む。私は処刑される為に存在している身代わりなのに……。
アダンから私達の姿が見えなった頃、ノアが急に立ち止まった。
「ノア?どうしたの?」
私も立ち止まり足を止めたノアを振り返る。
「このまま……お前は逃げろ」
「逃げる?このまま?」
確かにここは王宮じゃない。今なら逃げ出せる。しかし……
「私が今逃げたら……廊下で護衛している近衛はどうなるの?罰を受けるぐらいじゃ済まないんじゃない?」
私の問いにノアは黙り込む。
「……私のせいで誰かが罰を受けたり……命を落としたりするのは嫌だわ。さ、馬に乗りましょう」
私はノアの答えを待たずに、スタスタと馬の方へと歩みを早める。
ノアのその提案に心が飲み込まれてしまうような気がした。
128
お気に入りに追加
546
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
もう一度だけ。
しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。
最期に、うまく笑えたかな。
**タグご注意下さい。
***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。
****ありきたりなお話です。
*****小説家になろう様にても掲載しています。
洞窟ダンジョン体験ツアー案内人役のイケメン冒険者に、ラッキースケベを連発してしまった私が患う恋の病。
待鳥園子
恋愛
人気のダンジョン冒険ツアーに参加してきたけど、案内人のイケメン冒険者にラッキースケベを連発してしまった。けど、もう一度彼に会いたいと冒険者ギルド前で待ち伏せしたら、思いもよらぬことになった話。
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく
矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。
髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。
いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。
『私はただの身代わりだったのね…』
彼は変わらない。
いつも優しい言葉を紡いでくれる。
でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる