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第60話

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「ありがとな、手伝ってくれて」
アダンは笑顔で私達を見送る。

「明日も来るわ!」
と言う私の脇腹をノアが突っつく。

「おい!今日だけじゃないのか?」
小声のノアに、

「当たり前じゃない。女将さんが復帰するまでよ」
私も小声で答えた。

帰る前に女将さんの部屋も覗いた。顔色は思ったほど悪くなかったが、老けたな……と思った。

少し先に繋いだ馬まで向かう道すがら、私はノアにさっきの違和感について話た。

「ねぇ、さっきのベイカー公爵領の話、どう思った?」

「怪しいよな。……領地を手土産に他国へ渡る……か。あり得るな」

「でも……前公爵様が療養していらっしゃるのでは?」

「だよなぁ。まさかもう亡くなった……とか?」

「葬儀も無し?」

「これは……内密な話だが、前公爵の事故は誰かに仕組まれたのではないか……と言われている」

私は陛下の話を思い出していた。陛下もはっきりとは言っていなかったが……。

「陛下から落馬の事故の話を聞いたけど……陛下は公爵様を疑っているような口ぶりだったわ。もちろんはっきりと口にはしなかったけど」

「陛下だけじゃない。何人かの貴族はそれを疑っていた。証拠はなかったが。それを考えると前公爵が亡くなった事を別に知らせなくてもおかしくない」

「自分の父親なのに……?」

「それを気にする男か?」

ベイカー公爵の優しげな笑顔を思い浮かべた。人というのは表面をあれほどまでに取り繕う事が出来るのかと考えると怖くなる。

「はぁ……人間不信になりそう」
私のため息にノアは少しだけ辛そうな顔をした。

「さぁ、馬に乗るぞ」
私の呟きを無視する様にノアは馬に跨り、私に手を伸ばした。




王宮に着き、また枝を伝ってバルコニーへ降り立つ。

「じゃ、俺は戻る。さっさと寝ろよ」
ノアは私に背を向け、バルコニーの縁に足をかける。私はその背に声をかける。

「ノア、ありがとう。私を連れて行ってくれて。あと……店の手伝いも」
ノアは結局、私と共に店を手伝ってくれた。ノアは振り返る事なく、軽く片手を上げてまた木へと飛び移った。

それから私は三日間、王宮を抜け出して店を手伝いに行った。

「ニコル、本当にありがとう。女将さんも明日からは店に立てそうだ」
アダンの笑顔に私もホッとして笑顔を返した。

「じゃ!アダンも身体に気をつけて」
私が手を振ると、アダンも手を振り返しながら、

「お前もな!元気で!」
と私に声をかけた。私はその言葉に胸が痛む。私は処刑される為に存在している身代わりなのに……。

アダンから私達の姿が見えなった頃、ノアが急に立ち止まった。

「ノア?どうしたの?」
私も立ち止まり足を止めたノアを振り返る。

「このまま……お前は逃げろ」

「逃げる?このまま?」

確かにここは王宮じゃない。今なら逃げ出せる。しかし……

「私が今逃げたら……廊下で護衛している近衛はどうなるの?罰を受けるぐらいじゃ済まないんじゃない?」
私の問いにノアは黙り込む。

「……私のせいで誰かが罰を受けたり……命を落としたりするのは嫌だわ。さ、馬に乗りましょう」
私はノアの答えを待たずに、スタスタと馬の方へと歩みを早める。
ノアのその提案に心が飲み込まれてしまうような気がした。
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