19 / 68
第19話
しおりを挟む
公爵の足が止まる。
「着いた」
小さな声は私への言葉だった。
「陛下と約束している。ジョシュ・ベイカーだ」
部屋の扉の両側には騎士が立っている様だ。公爵が名を告げると、
「聞いております。陛下もお待ちです」
とその騎士は素早く動いて扉を開けた。
公爵に合わせて、私もその部屋へと足を踏み入れる。ここでもまだ俯いたまま、私は少しずつ前へと足を進めた。
「そこで止まれ」
よく通る声が聞こえる。そしてその声は、
「皆、席を外せ」
と周りの者へ言い聞かせる様にそう言った。
周りの者達が少しざわつきながらも、部屋を出て行く。
パタンと扉の閉まる音が聞こえ、部屋は静寂に包まれた。
沈黙を破ったのは、よく通る声の主だった。
「その娘か?」
「はい。お約束通り連れて参りました」
公爵はそう答えると、私に
「さぁ、帽子を脱いで。陛下に顔を見せて」
そう言うと、そっと私の手を自分の腕から離した。
支えがなくなって少し心細くなりながらも、私は帽子を外す。そして、ここに来て初めてしっかりと前を見た。
そこには豪華な椅子に腰掛けた、男性が座っている。髪は白髪混じりだが、口髭はまだ黒い。その切れ長の瞳が、私を見た途端に大きく見開かれた。
「……なるほど」
陛下は絞り出す様にそう言うと、席を立ち私の方へと近づいて来た。威圧感が凄い。私はつい後ろに仰け反った。
陛下は直ぐ前まで来ると歩みを止め、私の顎を掴んで上を向かせた。
「文句はないでしょう?約束は果たした。彼女を返してくれ」
公爵の声は静かながらも、何故かそこには怒りの色が見え隠れしている。
しかし陛下はそれを無視して、
「お前はどこの娘だ」
と私に訊いた。
私は顎を掴まれて顔を大きく動かせず、視線だけで、公爵に助けを求める。自分は平民だ。こんな所に来てしまって、不敬だと切り捨てられるのではないかと恐怖で震えてしまう。
「街で見つけました。食堂で働いていた孤児です」
「孤児……。偶然見つけたというのか?」
「そうです。本当に偶々でしたが、神の思し召しとしか思えません。このタイミングで巡り会えた奇跡を信じたい」
すると、陛下は急に私への興味を失ったかの様に、手を離して、またあの豪華な椅子へと戻っていった。
私はそっと息を吐く。またもや冷や汗が額に滲んでいた。
陛下は後ろの扉に向かって、
「おい!」
と声を掛けた。すると、少し年配の侍女と思われる女性が豪華なドレスを身に着けた女性の手を引いて現れた。
「メリッサ!!」
公爵がその女性を見た途端に声を上げた。ドレスの女性はその声に、
「ジョシュ!!」
と公爵の名を呼ぶと、侍女の手を離れ、公爵へと駆け寄った。
そして二人は熱い抱擁を交わす。私はその光景を目を丸くして見つめていた。
驚きで声も出ない。その女性は……とても私に良く似ていた。
「着いた」
小さな声は私への言葉だった。
「陛下と約束している。ジョシュ・ベイカーだ」
部屋の扉の両側には騎士が立っている様だ。公爵が名を告げると、
「聞いております。陛下もお待ちです」
とその騎士は素早く動いて扉を開けた。
公爵に合わせて、私もその部屋へと足を踏み入れる。ここでもまだ俯いたまま、私は少しずつ前へと足を進めた。
「そこで止まれ」
よく通る声が聞こえる。そしてその声は、
「皆、席を外せ」
と周りの者へ言い聞かせる様にそう言った。
周りの者達が少しざわつきながらも、部屋を出て行く。
パタンと扉の閉まる音が聞こえ、部屋は静寂に包まれた。
沈黙を破ったのは、よく通る声の主だった。
「その娘か?」
「はい。お約束通り連れて参りました」
公爵はそう答えると、私に
「さぁ、帽子を脱いで。陛下に顔を見せて」
そう言うと、そっと私の手を自分の腕から離した。
支えがなくなって少し心細くなりながらも、私は帽子を外す。そして、ここに来て初めてしっかりと前を見た。
そこには豪華な椅子に腰掛けた、男性が座っている。髪は白髪混じりだが、口髭はまだ黒い。その切れ長の瞳が、私を見た途端に大きく見開かれた。
「……なるほど」
陛下は絞り出す様にそう言うと、席を立ち私の方へと近づいて来た。威圧感が凄い。私はつい後ろに仰け反った。
陛下は直ぐ前まで来ると歩みを止め、私の顎を掴んで上を向かせた。
「文句はないでしょう?約束は果たした。彼女を返してくれ」
公爵の声は静かながらも、何故かそこには怒りの色が見え隠れしている。
しかし陛下はそれを無視して、
「お前はどこの娘だ」
と私に訊いた。
私は顎を掴まれて顔を大きく動かせず、視線だけで、公爵に助けを求める。自分は平民だ。こんな所に来てしまって、不敬だと切り捨てられるのではないかと恐怖で震えてしまう。
「街で見つけました。食堂で働いていた孤児です」
「孤児……。偶然見つけたというのか?」
「そうです。本当に偶々でしたが、神の思し召しとしか思えません。このタイミングで巡り会えた奇跡を信じたい」
すると、陛下は急に私への興味を失ったかの様に、手を離して、またあの豪華な椅子へと戻っていった。
私はそっと息を吐く。またもや冷や汗が額に滲んでいた。
陛下は後ろの扉に向かって、
「おい!」
と声を掛けた。すると、少し年配の侍女と思われる女性が豪華なドレスを身に着けた女性の手を引いて現れた。
「メリッサ!!」
公爵がその女性を見た途端に声を上げた。ドレスの女性はその声に、
「ジョシュ!!」
と公爵の名を呼ぶと、侍女の手を離れ、公爵へと駆け寄った。
そして二人は熱い抱擁を交わす。私はその光景を目を丸くして見つめていた。
驚きで声も出ない。その女性は……とても私に良く似ていた。
140
お気に入りに追加
546
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
もう一度だけ。
しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。
最期に、うまく笑えたかな。
**タグご注意下さい。
***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。
****ありきたりなお話です。
*****小説家になろう様にても掲載しています。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
会うたびに、貴方が嫌いになる
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。
アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく
矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。
髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。
いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。
『私はただの身代わりだったのね…』
彼は変わらない。
いつも優しい言葉を紡いでくれる。
でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる