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第18話
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結局、私が欲しい答えは得られぬまま、馬車は静かに王宮へと着いた。
「さぁ、降りようか」
そう言った公爵様は少し緊張している様だった。私はと言えば、公爵の数千倍は緊張している。
公爵のエスコートで馬車を降りるが、長いドレスの裾を踏んでしまって、前のめりに倒れそうになるのを、公爵様がスマートに支えてくれた。そして私を抱きとめるようにしながらも、私の耳元で、
「ここからはなるべく俯き加減で歩いて。体重は僕にかけてくれて構わない。とにかく躓かない様に」
と小さな声で囁かれた。私はコクコクと頷くと、体勢を整えて、公爵の差し出された腕にしっかりと掴まった。
俯き加減で歩けと言われたので、周りを見回す事も出来ないが、足元の絨毯はフカフカで足音が吸い込まれる。私はとにかく集中して躓かない様歩くので精一杯だった。
どうも馬車を停めた場所は正門と言うわけではなさそうで、あまり人の気配はしない。それでも全く誰も居ないわけではないので、
「おや?ベイカー公爵。今日はどうしました?」
と低い声の男性に声を掛けられ、公爵は立ち止まった。
「あぁ、ハインツ侯爵お久しぶりです。少し陛下に用がありまして」
そう公爵が言った途端、何故かその場の空気が凍りついた。
「陛下に?貴方が?」
ハインツ侯爵と呼ばれた男性の声には、戸惑いの色が混じっている。
「ええ。父の代で大臣の職を辞してからというもの、あまり王宮には足を運んでおりませんでしたが……このご時世、公爵として陛下とお話する機会を持ちませんと、自分の身の振り方を間違えてしまいそうですからね」
公爵はハインツ侯爵の戸惑いを感じているのかいないのか、いつもの様に穏やかな口調でそう言った。
「確かに。王国軍が負ける事はないだろうが、反乱軍の狙いには私達上級貴族も入っている。陛下と一蓮托生。密に連絡はとっておきませんとな。しかし……公爵が女性をエスコートしているとは珍しい」
顔を上げる事は出来ないが、何となく視線を感じる。何だが怖い。私は自分のつま先をじっと見つめていた。
「そうですね。この女性も紹介したくて……」
そう笑う公爵に、
「ほう。……という事は公爵もやっと身を固める決意を?いやーおめでたい事です」
ハインツ侯爵の声も角が取れた様に朗らかだ。この会話から、やはり公爵は独身であったと思われる。では……馬車で話た婚約者は、どうしたのだろう?不幸の中とは?
私が小さな脳みそで考えた所で知る由もない。私は黙って二人の会話を聞いていた。
「ところで何処のご令嬢ですかな?」
俯いた私を覗き込む様に、ハインツ侯爵が腰をかがめる。私は何と答えて良いか分からず、心臓が音を立てた。
「実はこの国のご令嬢ではないのです。言葉もまだ……」
公爵の答えに、ハインツ侯爵は困惑した様だった。
「他国のご令嬢ですか?このご時世です。慎重に事を運んで下さいよ」
「もちろん、理解しています。大丈夫、我が国と友好関係にある国ですから」
「ふむ……それならば良いのですがね」
冷静で穏やかな公爵の口調とは真逆で、私は額にじんわりと汗が滲む。公爵を掴む腕にも力が入った。
「すみません。どうも彼女が緊張している様だ。この辺で」
公爵の言葉に、
「あぁ、足止めして申し訳ない。陛下をお待たせしても悪いしな。ではご結婚の際にはまたご連絡を」
そう言い残して、ハインツ侯爵は私達から離れて行った。
私は思わず大きく息を吐いた。
「驚いたろう。もう大丈夫だ」
公爵は腕に置かれた私の手の甲をポンポンと軽く撫でた。手袋越しでも、その温もりが嬉しい。
そしてまた、私達は歩き始めた。
「さぁ、降りようか」
そう言った公爵様は少し緊張している様だった。私はと言えば、公爵の数千倍は緊張している。
公爵のエスコートで馬車を降りるが、長いドレスの裾を踏んでしまって、前のめりに倒れそうになるのを、公爵様がスマートに支えてくれた。そして私を抱きとめるようにしながらも、私の耳元で、
「ここからはなるべく俯き加減で歩いて。体重は僕にかけてくれて構わない。とにかく躓かない様に」
と小さな声で囁かれた。私はコクコクと頷くと、体勢を整えて、公爵の差し出された腕にしっかりと掴まった。
俯き加減で歩けと言われたので、周りを見回す事も出来ないが、足元の絨毯はフカフカで足音が吸い込まれる。私はとにかく集中して躓かない様歩くので精一杯だった。
どうも馬車を停めた場所は正門と言うわけではなさそうで、あまり人の気配はしない。それでも全く誰も居ないわけではないので、
「おや?ベイカー公爵。今日はどうしました?」
と低い声の男性に声を掛けられ、公爵は立ち止まった。
「あぁ、ハインツ侯爵お久しぶりです。少し陛下に用がありまして」
そう公爵が言った途端、何故かその場の空気が凍りついた。
「陛下に?貴方が?」
ハインツ侯爵と呼ばれた男性の声には、戸惑いの色が混じっている。
「ええ。父の代で大臣の職を辞してからというもの、あまり王宮には足を運んでおりませんでしたが……このご時世、公爵として陛下とお話する機会を持ちませんと、自分の身の振り方を間違えてしまいそうですからね」
公爵はハインツ侯爵の戸惑いを感じているのかいないのか、いつもの様に穏やかな口調でそう言った。
「確かに。王国軍が負ける事はないだろうが、反乱軍の狙いには私達上級貴族も入っている。陛下と一蓮托生。密に連絡はとっておきませんとな。しかし……公爵が女性をエスコートしているとは珍しい」
顔を上げる事は出来ないが、何となく視線を感じる。何だが怖い。私は自分のつま先をじっと見つめていた。
「そうですね。この女性も紹介したくて……」
そう笑う公爵に、
「ほう。……という事は公爵もやっと身を固める決意を?いやーおめでたい事です」
ハインツ侯爵の声も角が取れた様に朗らかだ。この会話から、やはり公爵は独身であったと思われる。では……馬車で話た婚約者は、どうしたのだろう?不幸の中とは?
私が小さな脳みそで考えた所で知る由もない。私は黙って二人の会話を聞いていた。
「ところで何処のご令嬢ですかな?」
俯いた私を覗き込む様に、ハインツ侯爵が腰をかがめる。私は何と答えて良いか分からず、心臓が音を立てた。
「実はこの国のご令嬢ではないのです。言葉もまだ……」
公爵の答えに、ハインツ侯爵は困惑した様だった。
「他国のご令嬢ですか?このご時世です。慎重に事を運んで下さいよ」
「もちろん、理解しています。大丈夫、我が国と友好関係にある国ですから」
「ふむ……それならば良いのですがね」
冷静で穏やかな公爵の口調とは真逆で、私は額にじんわりと汗が滲む。公爵を掴む腕にも力が入った。
「すみません。どうも彼女が緊張している様だ。この辺で」
公爵の言葉に、
「あぁ、足止めして申し訳ない。陛下をお待たせしても悪いしな。ではご結婚の際にはまたご連絡を」
そう言い残して、ハインツ侯爵は私達から離れて行った。
私は思わず大きく息を吐いた。
「驚いたろう。もう大丈夫だ」
公爵は腕に置かれた私の手の甲をポンポンと軽く撫でた。手袋越しでも、その温もりが嬉しい。
そしてまた、私達は歩き始めた。
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