忘れられない思い

yoyo

文字の大きさ
上 下
86 / 95

これから⑺

しおりを挟む
   10分ほどで美鈴さんの家には着いた。美鈴さんの家は、住宅街の中の同じような家が並ぶ中の一つだった。強い日差しの為か、お盆休みのためか周りに人影は見当たらなく、蝉の鳴き声だけが響いている。
   美鈴さんに促されて中に入ると、奥の扉から男の人が顔を出し、夫の樹生さんとその足元にはこちらを伺っている娘の小夏がいた。リビングに入るとずっと会いたくてたまらなかった先生の姿がみえる。ボクは泰輔さんの後ろにいるから、先生からは見えてないかもしれない。


「春人っ。ホンットに心配したんだからなっ」

「泰輔……遠いところ悪かったな……」

「悪いと思ってるなら、今度何か奢れよ。なっ、真野くん」


   泰輔さんが振り返りボクの方を見ると、つられるように先生の視線もボクの方へと向けられ目が合う。言いたい言葉はいっぱいあったはずなのに、声が出てこない。


「真……野……ひ、久しぶり……」


   10日程会っていなかったから、久しぶりというのも間違いではないけど、だけど、時間の感覚が今、ボクが感じているものと先生が感じているものでは全く違うのだろう。聞き慣れた先生の声の筈なのに、戸惑っているような、驚いているような、ちょっと距離を感じさせる雰囲気に、やっぱり今のボクのことは覚えていないんだなと痛感させられる。

   見知らぬ男2人にびっくりしたのか、先生の側にいた柚夏が今にも泣きそうな顔でこちらをじっと見つめていた。






「あー何か見たことあるような……懐かしいような……」

   お寺をバックにした集合写真を見て先生がつぶやく。去年、先生が引率していた修学旅行の写真だった。都築さんに先生の記憶喪失のことを話すと何か手がかりがあった方がいいんじゃないかと、佐藤さんから修学旅行の写真を借りてきてくれたのだ。もしかしたら、この夏休みで記憶が戻るかもしれなかったから、佐藤さんには余計な心配はさせたくなかったけど、今はこの写真を借りてこられて良かったと思った。



「真野との修学旅行も、京都だったよな」

「はい。京都と大阪にも行きました」

   さっきから、先生との会話は高校のときの思い出話ばかりだ。去年、修学旅行から帰ってきた先生を、ボクの家に呼んで誕生日プレゼントに手料理をご馳走して、告白して付き合うようになったことなどは、今の先生の中にはないのだな……と考えると今、ボクの隣に先生はいるのだけど、なんだかすごく遠くにいるように感じてしまう。


「そういえば、この修学旅行から帰ってきてからだったよな。お前ら2人が付き合い始めたのって。俺がだいぶアシストしてやったんだぜ。そこら辺も全部覚えてないのかよ」

「えっ。なになに。聞きたい。春人と真野くんの馴れ初め」


   興味津々の美鈴さんか話に割り込んでくる。ボクら4人で少しゆっくり話せるようにと、樹生さんが小夏と柚季を外に遊びに連れ出してくれていた。


「春人の誕生日に真野くんが、確かロールキャベツご馳走したんだよな」

「はい。泰輔さんに先生の好きなもの聞いて……あ、あとポテトサラダも作りました」

「へーぇー。で、で、どんな感じに、どっちから告白したの?」

「あ……えーっと……」


   ここら辺の詳しい告白の経緯は、たぶん泰輔さんも知らない。先生やボクに聞き出そうとしていたけど、先生が全て突っぱねていたのだ。ボクも恥ずかしかったし、積極的に話すようなことはしなかった。先生はあまり知られたくないだろうなという思いと思い出してもらうためには、話した方がいいのかと言葉を探す。


「あー、もういいだろ。真野も困っているし」

「えーでも、春人も聞いたら思い出すかもしれないじゃん。ほらっ、自分のためだと思って」

「うるさいっ、お前らに教える必要はないだろっ。真野も言わなくていいからな」


   そう言うと部屋を出て行ってしまう。こういう態度を取るときは先生の照れ隠しだということは頭ではわかってはいるけど、それを受け止められる余裕がなくなっていた。泰輔さんが心配そうにボクの顔を見て、肩に手を置く。心配させたくないから、必死に顔を繕おうとしたけど、うまくいっただろうか……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダメリーマンにダメにされちゃう高校生

タタミ
BL
高校3年生の古賀栄智は、同じシェアハウスに住む会社員・宮城旭に恋している。 ギャンブル好きで特定の恋人を作らないダメ男の旭に、栄智は実らない想いを募らせていくが── ダメリーマンにダメにされる男子高校生の話。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

23時のプール

貴船きよの
BL
輸入家具会社に勤める市守和哉は、叔父が留守にする間、高級マンションの部屋に住む話を持ちかけられていた。 初めは気が進まない和哉だったが、そのマンションにプールがついていることを知り、叔父の話を承諾する。 叔父の部屋に越してからというもの、毎週のようにプールで泳いでいた和哉は、そこで、蓮見涼介という年下の男と出会う。 彼の泳ぎに惹かれた和哉は、彼自身にも関心を抱く。 二人は、プールで毎週会うようになる。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

処理中です...