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しおりを挟む飲んだり食べたり踊ったりで、楽しい時間はあっという間に過ぎる。太陽が西の丘の端に触れる頃、宴は自然とお開きになった。
片付けが終わった広場で、カレルと並んで、帰っていく人達と挨拶を交わしていると、
「なんでそんなペコペコ頭を下げるんだよっ!」
と服の裾を引っ張られた。引っ張っているのは不満げに唇を尖らせたミゲルだ。その後ろに小さな女の子。
「ペコペコなんかしてないよ」
「してた! カッコ悪ぃ」
しかめっ面のミゲルは、文句を言いながらオレの踵を蹴ってくる。
「イテッ! なんだよ、元々カッコ悪いんだからしょうがないだろ」
ムッとして言い返すと、慌てた様子で走ってきた白髪交じりの男が
「コラ、ミゲル! 乱暴はいけない。ちゃんと謝りなさい」
とミゲルの首根っこを掴んでつり上げた。ミゲルのお父さんだろうか?
「ゴメン……蹴ったのは謝る。でもっ! アキオはもっとしゃんとしろよ! アンタがすごい事したって父さんから聞いたんだぞ。威張って良いのに、なんでそんなフニャフニャしてんの!」
ミゲルはむくれながら言う。父親らしき人は申し訳なさそうに苦笑して、
「すまない。私がファタリタの内乱で何があったかを話して聞かせてしまったせいで、この子は君に憧れを抱いたみたいなんだ……」
とオレに軽く頭を下げた。
驚いて見下ろすと、ミゲルは赤い顔をしてそっぽを向く。むくれたほっぺたが可愛らしくて、指でつつくと、思いっきり振り払われた。ツンデレってヤツかな?
「あの時、私は同胞に剣を向けることも覚悟していた。そうならなくて、本当に良かったよ。君とカレルには、いくら感謝してもしきれない。ありがとう。慣れない土地で暮らすのは大変だろうが、手助けがいる時はいつでも言ってくれ」
ミゲルの父親に握手を求められ、オレはギクシャクしながらそれに応えた。急に有名人になったような気分で照れちゃうな。
男はカレルにも手を差し出し、
「君も無事でよかった。おめでとう」
と軽く肩を抱いた。
「なー、アキオ。なんでそんなビクビクしてるんだよ? オレらが怖いのか?」
その隣でミゲルがチョイチョイとオレの手を引っ張り、唇を尖らせて聞いてくる。オレは慌てて首を横に振った。
「違うよ! ビクビクなんかしてないって」
「してるよっ! アキオは動きがイチイチ弱そうなんだよ」
「それはしょーがないじゃん。実際弱いんだから……」
「弱くてもいいから、もっと堂々としててよ! オレはカレルにもアキオにも両方カッコ良くいて欲しいのっ! 南の村の英雄なんだからさあ!」
ミゲルは顔を真っ赤にして地団駄を踏む。思いがけないことを言われて、オレは思わず胸を押さえた。
格好良さとは無縁の人生だと思ってたのに、こんな小さい子から「カッコ良くいて欲しい」なんて言われる事があるなんて、わかんないもんだな。でも、子どもの期待には答えた方が良いよね。
「……わかった。気をつける」
なるべくキリッとした顔をして片膝を突き、ミゲルと目線を合わせると、
「……その顔も別にカッコ良くない……コレ、アキオにやるから、カッコ良くなれるように持っとけ!」
と細い革を編んだ紐を渡された。ミゲルは同じようなものをもう一つポケットから取り出して、カレルにも渡す。
「ありがと……?」
オレが首を傾げると、カレルが隣にしゃがんで手首に紐を巻いてくれた。
「魔除けの紐だ。手首か足首に巻いておくと、不運を遠ざけると言われてる。これはミゲルが編んだのか?」
カレルに頭を撫でられたミゲルは、オレに対するツンデレぶりとは打って変わった素直さで、嬉しそうに頷いた。
「そうだよ。上手くなっただろ? 帰ってきたら一番に渡そうと思ってたんだ!」
「本当に上手くなったな。 ありがとう。大事にする」
「うん! ほら、アナも渡すのがあるんだろ?」
歯を見せて笑ったミゲルは、後ろでモジモジしていた女の子を前に押しやった。オレも会ったことがある子だ。そういやこの子はカレルのことが好きなんじゃなかったっけ?
オレがうろたえていると、アナは恥ずかしそうに俯いたまま、小さな花輪を差し出してきた。
「オレに? カレルにじゃなくて?」
聞くと、アナは小さく頷く。
「……アキオのほうがにあうとおもったの」
白と青の小さな花を連ねた輪っかは、手首に通せるくらいの大きさだ。アナが手で握りしめていたせいで若干しおれてるけど、オレに似合うのを選んでくれたんだと思うと、すごく嬉しかった。
「ありがとう! すごく上手にできてるね」
大げさに褒めると、アナはまん丸のほっぺたをピンク色に上気させて一瞬ニコッと笑った後、
「あのね、おふねにのったら、どんなだったかおしえて」
とオレの耳に囁いた後、親らしき大人の方へとすごい勢いで走って行った。
「あっ、もう~! アナはしょーがない恥ずかしがり屋さんだなあ! じゃあねカレル、いつでもいいから弓を教えてくれよ! 約束だかんな!」
ミゲルはアナを追いかけていき、彼の父親らしき男性も、軽く会釈してから、のんびりとその後を追う。
オレたちは立ち上がって、帰っていく人の群れを見送った。
雲間から差し込む夕焼けの中、廃屋の目立つ道に数人の影が長く伸びている。駆け回る子どもの影はたったの二人分。
もうすぐ夏が来るのに、海から吹いてくる風はまだまだひんやりと冷たく、ねぐらへ帰る海鳥の声が、夕暮れの寂しさをかき立てる。
賑やかにしている間は気がつかなかったけど、本当に人の気配が薄い土地だ。
オティアンにいくらせっつかれてもカレルが戦うことに慎重だった理由が、今更痛いほどに理解できた。
もしもファタリタで同士討ちが起こっていたら、この少ない人数がさらに少なくなっていたはずだ。それを想像すると背筋がひどく寒くなった。
広場に誰もいなくなるまで無言で立ち尽くし、オレたちはどちらともなく手を繋いだ。
「帰ろう」
穏やかに笑うカレルが、オレの手を引いて歩き出す。
黄昏のオレンジ色の光の中、二人で並んで知らない小道をゆっくりと歩いた。
全然知らない道なのに、これが帰り道なんだと思うと、安らぐようでもあり、雲を踏むように不安定でもあり、なんだかとても不思議な気分だった。
「ここだ」
カレルが足を止めたのは、広場からそれほど離れていない場所だった。藁葺きの屋根を乗せた石造りの一軒家だ。住んでいない期間が長いせいか、他の家のように花や緑で飾られてはいないけど、きちんと手入れはされているようで、屋根や壁に崩れた部分は見られなかった。
「長い間戻っていなかったから、片付いていなくて悪いが……」
カレルが片開きの木のドアを押し開ける。鍵はついてないみたいだ。窓をふさいでいた木戸を開けると、うっすらとした光が差し込んで屋内の様子が見えた。
部屋は長方形で、真正面にレンガを積んだ小さな炉があった。料理と暖房の両方に使う炉は、燃えかすや灰もなく、きれいに掃除されている。
炉の前には小さなテーブルと背もたれのないベンチ。
左は石を積んだ壁で区切られている。納戸と厩があるって言ってたから、向こうがそうなんだろう。壁には簡単な押戸がついていて、室内から納戸に直接移動できるようになっている。
右奥には木でできた衝立があって、その陰にベッドが置かれているのが見えた。
出入り口側の壁には雑多な道具類が吊され、壁に沿って低いチェストが並んでいて、先に誰かが運んでくれたらしいオレたちの荷物が載せてある。
飾り気はないし物も少ないけど、全てがよく手入れされ、使いやすいように整頓されている、家主の性格をよく表した家だ。物やゴミで溢れてたオレの自室とは大違い。
「おじゃましま~す……」
恐る恐る中に入ると、カレルが片眉を上げた変な顔で振り向いた。
「邪魔? なぜ?」
「あ、『おじゃまします』は単なる挨拶。オレの世界では、他人の家に入る時に言う決まりになってるから……」
「ここはもうお前の家でもある。他人の家じゃない」
めちゃくちゃ真顔で言われてしまった。確かにそうかも知れないけども、まだここが自宅の実感はゼロだよ。
「あ、そ、そっか! じゃあ『ただいま』……?」
これで正解かな?と、上目使いでカレルを見ると、カレルは真顔のまま大股にオレの間近まで迫ってきた。
「グエッ! 何!? 何なんだよ! ぐるじい゛……!」
勢いよく抱きしめられ、弾力のある胸に顔を押しつけられて息ができなくなる。ジタバタもがいていると、
「おかえり、アキオ……! 本当に嬉しい! 今どれだけオレが喜んでいるか、言葉にできないのがもどかしいよ。今すぐオレの胸を開いて、心の全部をお前に伝えられたら良いのに……!」
と抑えた声でカレルが囁くのが聞こえた。ぴったり抱き寄せられた胸の奥で、鼓動が速い。
オレはもがくのを止めて、力を抜いて素直にカレルに体重を預け、広い背中に両腕を回した。
「オレも嬉しい。この世界に自分の帰る家ができて、やっと旅が終わった気がする。ここに迎えてくれてありがとう……カレルも、おかえり」
「……ただいま」
見つめ合うと、カレルの目も、その目に映るオレの目も、ちょっと潤んでいるように思えた。
ここまで怒濤の勢いで流されてきたような気がするけど、それで良かった。ここに流れ着けて、本当に良かった。
幸福で満たされた温かな気分で、オレは静かにそう思った。
「今、炉に火を入れるから、こっちで座っててくれ」
手招かれてオレは炉の近くのベンチに腰を下ろした。カレルは納戸から薪を運んでテキパキと炉に積み上げて火を入れる。どういう仕組みか分からないけど、煙は上手く屋根の方に上っていく。家自体がそういう造りになってるみたいだ。
昼間は日射しが強くて汗ばむくらいだったけど、日没とともに急に気温が下がってきていたので、火の温かさがありがたい。揺れる炎を見ていると、頭がボンヤリして眠くなってきた。
色んな事がありすぎた一日だったから、すごく疲れた。
───フィオレラ達はもう聖都に帰り着いただろうか?
マイアリーノに会えなかったのは残念だろうな……手紙を書いて知らせてあげなきゃ。それとも直接言いに行く機会はあるだろうか……
他にもやるべき事が沢山ある。
食料とか水をどこで手に入れるのか知っときたいし、持ってきた荷物をほどかないと明日の着替えもないし、顔も洗いたいし、カレルと話したいことも沢山あるし……
けど、もう、今は眠くて無理……
オレは眠気に耐えられなくなって、ちょっとだけ目を閉じる。ちょっとだけ仮眠して起きたらやるから……───
ちょっとだけ仮眠したつもりだったのに、目が覚めた時には、すっかり朝になっていた。
「!?」
目を開けると、まず知らない天井が見えた。
ビックリして飛び起きようとしたら、丸太みたいな腕が胴に巻き付いてきて、ベッドに引き戻される。
「まだ早い。もうすこし寝てて良い……」
半分眠ったような声で言うカレルの胸に抱き込まれて、足を絡められて動きを封じられた。窮屈な腕の中から目だけ動かして辺りを確認すると、昨日の記憶がゆっくりとよみがえってくる。
───そうだった、オレはエラストのカレルの家にいるんだった。
昨日はベンチに座ったまま寝落ちした気がするけど、カレルがベッドに運んでくれたんだろう。寝ている間に脱がせてくれたのか、下着のシャツとパンツだけになっていて、昨日着ていた服は衝立に引っかけられていた。
ベッドの頭の方には、布で目隠ししただけの小さな窓があって、カーテンと言うには素朴すぎる布越しに、弱い光が差し込んでいた。
ちなみにガラスは超贅沢品だから、窓に使えるのは余程の金持ちだけだ。ファタリタでは大抵の民家の窓はただの壁に開いた穴でしかなくて、それはエラストでも変わらないっぽい。
ファンタジー世界の住環境は思った以上にワイルドだけど、野宿に比べれば全然マシではあった。
「……起きるのか?」
ゴソゴソしてるのが伝わったのか、カレルが眠たげな目を瞬かせて言った。
「ごめん、なんか目が覚めちゃった。水飲んでくる。あっち?」
「ああ、オレも行こう」
カレルは欠伸をしながら起き上がって伸びをして、ベッドからさっさと立ち上がった。薄明かりの中で、厚い筋肉に覆われた大柄な身体がしなやかに動く。何気ない仕草がとても美しくて、オレはちょっと見とれてしまった。
「? どうした?」
「いーや、何にもないよ」
ブンブンと首を振ると、カレルはちょっと可笑しそうに頬をゆるめる。いつも通りカレルは下履きだけ身につけた上裸だ。引き締まった上半身には所々に薄い傷跡が残っている。一番ひどいのは、まだ塞がって間もない左胸の傷。深く抉ったせいで皮膚が引きつれてくぼんでいる。
痛々しいそれに触れようと手を伸ばすと、カレルはそれを引っ張って立たせてくれた。
水は、夜の間に汲んできてくれてあったみたいで、わざわざ外まで出る必要はなかった。
バケツから柄杓で救ってコップ一杯飲んだ後は、浅い桶に水を移して顔を洗って、濡らした布で身体を拭く。
さっぱりした後でシャツを着直していると、じっと見られていることに気がついた。
「なに?」
「いーや、何も」
さっきと同じやり取りを逆の立場でしていることに気がついて、じんわり頬が熱くなった。
俯いて濡れた布を手でもてあそんでいると、カレルはオレからそれを取り上げてテーブルの上に放り出す。
抱き寄せられて親指の腹で唇をなぞられる。むず痒くて、撫でられたところを歯で噛むと、頬を両手で包まれて上を向かされる。ふ、と吐息がかかって唇と唇が触れた。
「ん……」
ついばむように何度もキスされて、じわっと腹の奥に火が灯る。
もっと深く口づけたくて爪先立ちになって伸び上がると、着直したばかりのシャツの裾から大きな両手が入ってきて、強く引き寄せられた。
「ぅん……ん……」
舌を絡めあう濡れた音に混じって、外で小鳥がチュンチュン鳴く声が聞こえる。朝なのに、こんなことしてて良いんだろうか。ひどく背徳的な気持ちになるけど、キスが気持ち良くて止められない。
口づけ合ったまま、カレルがちょっと後ずさってベンチに腰掛け、オレは自然とその膝を跨いで腿に乗り上げて座る形になってしまう。ぐっと腰を引き寄せられて、お互いに興奮したものが下着の布越しに触れた。
「んっ……カレル、いま朝だよ……」
「それが何か?」
「朝からこれ以上は、ちょっと……」
「オレは昨日からずっと待ってる。もう待てない……」
欲情して掠れた声を耳に直接吹き込まれて、体中から力が抜ける。頭に血が上って目の前がチカチカした。
「い、いっかい出すだけなら……」
譲歩案を出して太い首筋に顔を埋めると、獰猛な唸り声の後に耳を甘く囓られた。
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