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しょんぼりわんこ3

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 すれ違う生徒達がびっくりしてオレ達を見おくる。まっすぐ前を見ていた影虎くんがちらっとオレに視線を落として、ぼそっと言う。


「豆と呼ばれて喜ぶのは、俺だけにしろ」


「え?」


「いいからそうしろ」


 ぷいってすねたみたいに前を向いて、影虎くんが足を速める。


 どうして怒ってるのかなあ。

 よくわかんないけど。


 影虎くん、あったかいな。カリカリが食べれなくなって、ずっと寒くて、それで眠れなくて。だからこうして、あったかい影虎くん腕の中でゆらゆら揺れていると、眠くなってくる。


 体から力が抜けたのかな。影虎くんがおれをゆすりあげて抱き寄せた。ほっぺが影虎くんの肩について、はっとして目を開ける。


「眠いなら寝ていろ」


 ん。や。何寝てるんだ。オレ。


 びくびくんと震えると、影虎くんが微笑んだ。


「おり、おろ、おろして」


 じたっと暴れたオレを影虎くんが抱きなおす。


「断る」


 こ、ことわる?断るって?え?


「甲斐影虎」


 聞き覚えのある声にはっとして視線を巡らせると、柴陽先輩と柴田くんと柴犬のみんなが廊下を塞いでいる。


「それは、柴犬の神子だ。返して貰おう」


 柴陽先輩がにっこりと笑うと手を差し伸べる。

 その隣で柴田くんが、すごく怖い顔でオレを睨んでいた。


『────!』


 柴田くんに言われた言葉が耳の奥に響く。

 ぐうって喉の奥が熱くなって、気持ちが悪くなる。ふっふっって息が短くなって、影虎くんに抱きついている腕に力が入った。


『────!』


 ああ、そんなこと言わないで。言わないでよ。


 どうしようもなく悲しくなって、じわじわ涙が出てくる。

 柴陽先輩のとこ、行かなきゃいけないのに、なのに。


 オレ、やだ。こわい。助けて。



 とんって背中が叩かれた。



 その瞬間、オレは影虎くんに抱きついていた。温かい腕の中のいい匂いのする首に顔を押しつける。



 勝ち誇ったように、影虎くんが喉の奥で唸る。


「これが何であろうとも、もう既に俺の婚約者。碌に飯も食わせずに痩せ衰えさせるならば、俺が貰って世話をする」


「それは困る」


 ゆったりとした柴陽先輩の声に、ざわっと空気が揺れる。

 あ、そうだった、いっぱい柴犬がいたんだった。柴陽先輩は、次の柴犬の頭領で、だから柴犬はみんな柴陽先輩の言う事を聞かなきゃいけなくて、きっと、影虎くんを襲うつもりなんだ。


 影虎くんが怪我をするの、嫌だよ。

 どうして、オレ、我慢が出来なかったのかな。


 顔をあげて真っ直ぐ前を見てる影虎くんの顔を見る。影虎くんはすごく冷たく微笑んでいた。


「あの……オレ、帰る」

「ダメだ」


 即答で言われてびっくりする。


「もう、貰い受けると決めた。貰えぬというのなら、奪い取るだけだ」


「だって」


 きゅうって喉が閉まって、くーんって声が漏れる。その声に影虎くんが笑い声をあげた。


「そう簡単に譲るわけにはいかないんだ」


 柴陽先輩の声が聞こえて、そっちを見ようとすると頭を胸に抱えられた。がるるるって威嚇する声がいっぱい聞こえる。


「力で来いと最初から言っている。正々堂々単騎でなどとケチくさいことは言わん。かかって来い。柴犬ども」


「何を生意気な!」


 柴田くんの声。たって足音がする。

 オレを抱いていたんじゃ避けられないよな。腕の中から出ようとするけど、しっかり押えられてて抜け出せない。


「かげとら……」


 反対側から気配がして、影虎くんの肩の上に誰かの手が乗った。そこを始点にして、宙に何かが舞い上がる。影がオレの上に落ちて、柴犬の群れの方に飛んだ。


 うめく声、倒れる気配。


 押さえつける腕が軽くなって、視線を巡らせると柴犬の中央にまだらの金髪の髪が見えて、まわりの柴犬を手当たりしだいに殴りつけている。


「な、中虎くん?」


「余計な手出しをするな」


「いやいやいや、飯の支度なんかよりこっちだろ!」


「お前の飯はまずいから、構わんが」


「ああ?なんだそれ、聞き捨てならなねえなあ」


「他人の見せ場を盗るからいかんのだ」


「豆にいいとこ見せようとしたんだな。くそ笑えるぞ」


 中虎くんが近くの柴犬を蹴り飛ばす。影虎くんがふんと鼻を鳴らすと柴犬の群れの方にすたすたと近づいて行く。


「あぶ、あぶないよ」


「そうか?」


 ひゅっと伸びてきた手を、横から中虎くんがつかんで反対側に投げた。壁に当たった柴犬がぎゃんと鳴くと床に崩れ落ちる。


 また別な方向から突っ込んできた柴犬を影虎くんがひらりとかわして柴犬の群れの中から抜け出す。

 後ろを向かずに歩く影虎くんの前に中虎くんが立って、廊下を塞いだ。


「武勲を示し、名をあげよ」

「御意」


 ぱあんと中虎くんが手を打って、腰を落とす。


「ここは通さねえ」


 中虎くんが吠えた。


 柴犬達がびくって震える。柴陽先輩が涼しげな笑みを浮かべていた。その横で柴田くんが怒りにこぶしを握り締めている。


「行っちゃって、いいの?」


 楽しそうに柴犬を殴りつける中虎くんを見ながらそう言うと、つまらなそうに影虎くんが言う。


「俺達は単騎で戦うほうが格段に強い。一緒の場で戦うと、このように狭い場所では同士討ちの懸念で実力が出せんのだ。それに、中虎が多少殴られたとしても、俺の見せ場を奪ったのだから、当然だ」


「で、でも」


「さっきのはよかったぞ」


「え?」


「影虎と呼んだだろう」


「は?」


「婚約者に敬称は、他人行儀だろう」


 上からじろりと睨まれて、腕の中で体を小さくする。

 つまり、その、呼び捨てで呼んで欲しいってこと?


「か、かげぇ……と……」


 う、わ、呼び捨てとかムリムリ。

 そんなオレを見て影虎くんは微笑んだ。

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