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白薔薇は狼を茨で繋ぐ5

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「操られていたというのか。このルーカスが」

 緑の目が屈辱に揺れ、唇を噛んだ。

「誰が」

「わかりません。探している時間もない。陛下の中でローの気が何をしているのか。もし、目的を果たしたならば、もっと早く消えていくのではないかと思うのです。しかしながら、陛下の身には振り切れるほどのローの気が蓄えられている。
 ローの気は陛下の鎧を打ち砕きました。陛下を殺すため、防御を無力化しようとした。鎧の下に陛下の命を守る呪いが存在していたのだとしたら、それを攻撃しているのではないでしょうか。
 それによって、呪いは解けないまでも弱体化し、聖の力による浄化を受けられるようになった」

「呪いが陛下の生命を維持している、ということですか」

 呆然としたようにエドワード殿が呟く。

「もし、ローの気が呪いを打ち砕いたら、陛下の闇は一気に陛下の命を奪うかもしれない。そして、呪いを打ち砕き陛下の命が失われれば、ローの気は目的を果たしたとして霧散する可能性があります」

 なんてバランスなんだ。どこかひとつ間違っても片一方の、もしかすると両方の命が失われる。でも……やる。やるしかない。

「陛下の闇をまず最初になんとかしましょう。
 もし、呪いが残ったとしても、陛下を殺すのは呪いではなく、身中に蓄積された闇なのであれば、まずは闇をなんとかしなければならない。
 その後に呪いについているローの気を回収し、ローに戻す。そこからは少しばかりでも猶予があるのではないでしょうか」

 わたしが言うとエドワード殿の瞳に理解が閃いた。

「パトリック殿の聖なる力を増幅し、浄化を進めましょう。
すべてとまではいかなくても、王の命をお救いする……」
「全部だ」

 エドワード殿の計画をパトリックが冷たく遮る。

「全部払う。この機会を逃すつもりはない」

「パトリック」

 王が震える声で恋人を呼ぶ。

「俺があなたを自由にする。そうして欲しいと言ってくれ。
 あなたに痛みと苦しみを与える闇から自由になりたいと。そして、俺と共にありたいと願ってくれ」

「この闇は、私が殺戮した人々の怨嗟だ。……どれだけ殺したと思っている」
「それでも。あなたは俺のものだ」

 パトリックが王の言葉を遮った。

「どんなに血塗られた花であろうとも、あなたは俺のものだ。俺があなたのものであるように。そういう風に作られた。あなたは知っているはずだ。俺の産まれた意味を」

「救われたかったわけではない!」

「愛されたかっただけだ。そして愛している。だからこそ、俺は剣を掲げ、あなたを守る盾になる」

 冷たく厳しい青い瞳が否定してみろと挑発する。

「願え」

 パトリックの言葉に王の唇がはくっと息を吐いた。恐れに見開いた緑の瞳から涙が溢れて蒼白な頬を流れていく。

「ダメだ」

「俺がすべてを許す。そしてもし、それに咎があるなら、その咎を一緒に背負う」

「……」

 言いかけた王の言葉をパトリックが力強く遮る。

「願え。時間がない」

 子猫が泣くような小さな声が囁く。

「我が身を助けよ」

「御意」

 パトリックが晴れやかな微笑を浮かべた。くしゃっとパトリックが王の後ろ髪をつかんで顔を仰向かせると唇を重ねる。

「許せ。弱い私を……救われる価値などないのに……」

 囁く王にパトリックが青い目を光らせて獣じみた笑みを浮かべる。

「あなたはそうやって俺に溺れていればいい」

「ひどいことを言う」

「年下の恋人など、そのようなものです」

 もう一度唇が重なった。

 とりあえず、いちゃいちゃしてる気持ちの悪いパトリックと陛下はおいといて、ローを助ける準備をしてもいいかな。
 わたしの大事なローがね、死にかけて冷たい地面に横たわっているんで、超特急で助けたい気持ちとか判って貰えるよね。それもこれも全部陛下とパトリックのせいで起きたんだよね?かんしゃく玉を爆発させないわたし偉いよね?

 きっぱりと熱く抱き合う二人のことは無視して、感動に目を潤ませるエドワード殿に向き合う。

「術を行使するに当たって、懸念される点は何でしょうか」

 ごしごしとエドワード殿が目をこすっている。咳払いをすると口に手を当てて考えた。

「まずはわたし自身の魔力の不足でしょうか。先ほどのオオカミへの治療もありますし」

「父上、エドワード殿に祝福をお願いします」

 振り返って父上に指示をする。氷のような目をしたわたしに、一言の反論もなく父上の祝福が始まる。

「それが終わったら出来るようでしたら、わたしにももう一度お願いしますね」

 言い捨てると、父上が怯えながら頷く。

「では、パトリックに頑張って貰って、陛下の中の闇とやらを払拭し、呪いは残したままで、呪い部分に残ったローの気を引き剥がし、ローに戻すということでよろしいでしょうか?」

 頷くエドワード殿に微笑みかけると、父上と兄上が何やら顔を引きつらせている。まあ、本気でイラついているからね。

「ところで、エドワード殿の高速呪文をわたしに教えてはいただけませんでしょうか」

 父上の祝福を受けながらにこやかにお願いする。

「そ、それは」

 エドワード殿が顔を引き攣らせる。わたしは悠然と微笑んで言った。

「陛下のお命に関わることとなれば、万全にて事に当たらねば。万が一エドワード殿の身に何か起きた時には、わたしが後を引き継いで事を完遂致しますし」

「しかし、あの術式はヒトの国の秘術で……」

「エドワード殿?陛下をお助けするのに秘術の一つや二つなんだと言うのですか?」

「わ、わたしの独断……」
「陛下の恋を邪魔する勇気がおありとは、エドワード殿は勇気がありますね」

 しっかりと抱き合ってキスしているパトリックと陛下を手で示す。まだやってたよ。心の中で盛大に顰め面をする。
 結果オーライじゃなかったらパトリックに皮肉の一つも言ってやるとこなんだけどな。

「陛下は気性の荒いお方と伺っていますが?」

 エドワード殿がうろたえた表情を浮かべる。陛下、自分の気に入らない奴には容赦ないってのは本当なんだね。

「簡単に身につくものでもありませんし」

「時間を無駄にするのはやめましょう。まずは理論をお聞かせ願いたい。ざっとで結構です」

 王族の我儘オーラ全開でエドワード殿に言い放つ。エドワード殿の視線が一瞬泳いで、それから溜息をついて俯く。あ、折れたね。普段から陛下に我侭放題されて飼い慣らされてるんだね。

 要点を押さえた説明を頷きながら聞く。

 なるほど……つまり呪文の最初の音を古代のルーン語の正確な音で発音し、そこに残りの呪文を頭の中でイメージして載せると。その時の詠唱は同時に終わらないといけない。

 頷くわたしにエドワード殿が不安な表情を見せる。

「やってみますね。古代ルーン語には多少の知識がありますし」

 少しづつ体力の減っていくローをターゲットすると回復の魔法を唱える。呪文を二つに分けて頭の言葉をルーン語に置き換える。同時に詠唱が終わらないといけないということは、同じ長さではいけないというのがいやらしい所だ。

 正確な二つの音の高低が口から漏れる。

 出した音に頭の中で残りの呪文を蔦の様に絡めるように載せる。
 うん、これは出来ているね。

 ぱちんと指を鳴らすとローが光に包まれた。

 エドワード殿の黄色い目が驚愕で見開かれる。

「なんと……」


 ね、簡単でしょ?って言いたいとこをとりあえず堪える。

「さて、増幅の魔法と、魔力の吸引の魔法を教えていただけますか?元の呪文を教えていただければ、あとは自分で」

 エドワード殿の呪文を暗記する。ふむ、これはかなり禁忌に近い呪文だね。強力すぎて封印された魔法を現代風にアレンジした感じだ。

 教会の奇跡に頼らないとすれば、そちら方向しかないのだろうけど。

 ……まあ、これは門外不出だろう。

 高速魔法を使うことで元になる呪文が誤魔化せているからこそ使える呪文といった所か。何も知らない顔で呪文を復唱し、全体の文から、呪文を二つに分ける場所とルーン語を言ってみせた。

 エドワード殿の顔に苦笑いが浮かぶ。


「メリドウェン様が優秀な魔法使いであるとはお聞きしておりましたが、これほどまでとは……」

「出る釘は打たれると申しますから、出過ぎぬようにしませんと。
 しかし、ローの命の為ならば、すべてを使うつもりでおります。もちろん、陛下のお命も拾ってさしあげるつもりです。そうでなければ幸せにはなれないのです。わたしのオオカミは」

 艶やかに微笑むわたしをエドワード殿が凝視する。

「モリオウ殿の為……なのですね」

「いけませんか?」

 横たわるローの姿を見た。
 壊れた人形のような姿に心がキリキリと痛む。こうやって虚勢を張っていなければ、泣き崩れそうだ。

「わたしは護られるだけの薔薇ではない」

 そうだとも。ぎりっと歯を食いしばる。

 泣いている暇なんかない。泣くなら、ローを助けてその腕の中でだ。

「さあ、始めましょう」

父上の横に立つ兄様に声をかける。

「そういえば、ナル兄様は魔力消費軽減をお持ちではなかったですか?」

「半減もあるよ」

「腕を上げておいでですね。さすがは我が兄君。わたしとエドワード殿にかけていただけますか?」

「……あとでちょっと髪……」
「絶交しますよ」

 はあと溜息をついた兄様が呪文を唱え始める。空気を読まない忠実な欲望っていうのは遺伝なのかな。

 呪文が終わってやっとで終わったっぽい、パトリックと陛下に向き会う。

「作戦はわかっているか?」

 パトリックの目が鮮やかに燃え上がる。

「闇をすべて滅するのみだ」

「いいだろう」

 わたしは頷いて、パトリックの横で怖れと希望に震えるながら立つ王に声をかけた。

「痛みは避けられないかもしれません。闇は光で焼かれるものですから」

「その痛みは知っている。ずっと耐えてきた……終わりがあるのであればいくらでも耐えてみせる」

 緑の瞳に怒りがよぎる。パトリックと離れなければならなくなった理由である闇を心の底から憎悪しているのだろう。

 わたしは頷くと、エドワード殿に声をかける。

「では始めましょう」

 エドワード殿が頷く。

「パトリック殿、陛下の中の闇に気持ちを集中していただけますか?身のうちの光を集め、それに打ち込んでいただきたいのです。私が光を増幅致します。一度にではなく、矢を打ち込むように小分けに何度もお願い致します」

 パトリックが頷いて陛下の両肩に手をかける。目を閉じて集中しているパトリックの胸が青白い光を放ち始めた。

 エドワード殿がパトリックをターゲットする。


 最初に声をあげたのは、マーカラム師だった。

「なんということだ!」

 声に振り返ると、マーカラム師が手のひらをみて驚愕の表情を浮かべている。

「敵だ!闇の者が近くにおりますぞ!」

「どうしました?」

 わたしが駆け寄るとマーカラム師が必死の形相で周りを見回している。

「護符が割れた」

 護符?なんの?

「ローにかかる呪いを避ける為に作った護符が割れたのだ!誰かがローに呪いをかけた!」
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