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騎士は赤薔薇に剣を捧げる2

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「あんな想いは一度で充分です」

 目のふちを赤くして、うんと頷く恋人の手を引いて観客席に座る。マントを座席に広げると当然のように寄り添ってくる身体に微笑んだ。

「メリー!」

 ナルウェン王子がメリーを見つけると手をぶんぶん振っている。

「私には祝福はないの?」

「ありません」

「せめて投げキッスくらいくれてもいいんじゃないの?」

 メリーがものすごく嫌な顔をして両手でばつの印を出すと、ナルウェン王子がっくりと項を垂れる。会場に笑いが広がって、妖精の王が嘆かわしいという様に頭を振った。開始の合図があって、パトリック先輩が剣を抜くと、自然にそちらに目が向く。

 金色の髪を編んで垂らしたナルウェン王子は白銀の鎖帷子に白銀の胸当てという姿で、細めの長剣を携えていた。

「兄上ご自慢のミスリル銀の本気装備だよ。大人げないよねえ」

 メリーが頬を頬を膨らませると息を吐いた。

「パトリック先輩は侮るべき相手ではありませんから」

 剣をパトリック先輩がゆっくりと回す。回すと剣のまわりに微かな光が沸いた。

「パトリック先輩は強いです」

 打ちかかるナルウェン王子の剣をパトリック先輩が受け流す。受け流した剣をまたくるりと頭上で回すと刀剣の光が増す。

「ああやって剣に力を貯めている」

 ひゅっと振り下ろした剣をナルウェン王子が受けると、剣が火花を散らした。双方が後方に飛ぶと、またパトリック先輩が剣を回して剣気を刀身に集めようとした。させずと、ナルウェン王子が懐に飛び込み切りかかる。

 避けたパトリック先輩が足でナルウェン王子を払う。

 ナルウェン王子が笑みを浮かべてパトリック先輩の脚に乗ると軽々と後ろに飛んだ。編んだ金色の髪が宙に舞って、くるりと身体が円を描く。

 着地した場所にパトリック先輩が切り込んで、受けた剣と火花を散らす。

 何度も何度も打ち交わされる剣。

 離れる度にパトリック先輩の剣が回る。

 昼間の光の中でも、はっきりと刀身が光を帯びているのがわかる。光を帯びるごとに、パトリック先輩の剣は軽くなるように見えた。

 太刀筋が鋭くなり、ナルウェン王子が押されている。

「残念なことに、兄上も結構強いんだよね」

 メリーが淡々とした調子で呟いた。ひゅんと細身の剣が振られて刀身から風の波動が湧き上がる。

 虚をつかれたパトリック先輩の身体が浮いた。

 隙を逃さずに懐に飛びこんだナルウェン王子が剣を横になぎ払い、間一髪で剣を立てたパトリック先輩が剣ごと吹っ飛ばされて膝をつく。剣から出た衝撃派が横っ腹にもろに入ったのだろう。パトリック先輩が咳きこんだ。あれは相当痛いはずだ。

 ナルウェン王子が微笑むと、軽い身のこなしで切りかかる。
 パトリック先輩が横に転がると立ちあがった。

 パトリック先輩の息が乱れている。

 刀身の光が失われていないのが幸いだ。すばやく剣を回すとまた光が強くなる。

 ナルウェン王子が舌うちをしてまた切りかかった。
 ぶつかる剣から火花が散る。

 離れようとするパトリック先輩とそうはさせないナルウェン王子の攻防が続く。

 パトリック先輩が鋭い突きを繰り出して、ナルウェン王子が溜まらずに離れた。後ろに飛びのいた先輩が剣を顔の横に構えた。刀身は今やはっきりとした青白い光に包まれている。

「ライトニング」

 パトリック先輩の言葉と同時に膨大な量の剣気が放出される。

「あれはまずい」

 メリーが次に来るものを予想して、俺にすり寄った。
 ナルウェン王子が詠唱しながら剣を構える。指を鳴らすと、剣の前に光の盾のようなものが現れた。

「エルフに光は禁物だ」

 盾で光が跳ね返されて、パトリック先輩を貫く。
 元々それほどの硬度を持たない見習いの鎧にひびが入った。

 パトリック先輩の金色の髪が数束宙に舞い、顔に傷が出来る。
 ゆらっとゆらめきながらもパトリック先輩が剣を構えた。

「なんでライトニングを打ったんだ?自殺行為だ」

 メリーが小さな声で何か呪文を唱えると、指を鳴らした。

「黄色いじゃないか」

 先輩の体力を見ているのか。色は体力を表す隠語だ。
 黄色いならばかなり追い詰められているということだ。

 パトリック先輩がそんなミスを犯すなんて。

 かろうじてナルウェン王子の攻撃を避けてはいるが、劣勢は明らかだ。致命的な一撃を食らうまでの時間稼ぎに、会場からため息が漏れる。

 はあっとパトリック先輩が息を吐く。

「赤くなったぞ」

 メリーが呟いた。

 真っ直ぐにナルウェン王子が切りかかる。ガチンと受けた剣をなぎ払って、パトリック先輩が声をあげた。


 観客席にパトリック先輩の鬨の声が響き渡る。
 全身から青白い闘気が噴出し、パトリック先輩の身体を包み込む。

「嘘だろ」

メリーが呟く。

「聖騎士の技が使えるなんて聞いたことがないぞ。
 しかもあれは死に技だ。体力が赤くなったところから残り1まで使って自分を強化するんだ。絶体絶命の聖騎士が君主を守る為に命を削って使う技だよ。一撃でも食らったら死ぬ」

 パトリック先輩が剣を回した。
 一度しか回していないのに、剣が青白く光る。

 今度は光を放たずにまとったままの剣でナルウェン王子に切りかかった。
 横になぎ払った剣を受けきれずに、ナルウェン王子が地面に転がる。瞬時に反応した先輩がその横に立ってまだ光り輝く刀身を王子のミスリルの鎧につきつけた。

 はあ。ナルウェン王子がため息をついた。


「参った」


 観客席がどよめく。

 パトリック先輩が剣を掲げて勝利を告げると、会場が歓喜の声を上げた。先輩はナルウェン王子に手を差し出すと、立つのを手伝った。ナルウェン王子がその身を抱きしめる。

 それから観客席の王に向かって剣を立てると、その刀身にキスをして鞘にしまった。


「我が君に勝利を」


 湧き上がる歓喜の声がパトリック先輩と王の名を呼ぶ。胸に手を当てて、パトリック先輩が礼をする。

 みじろぎもせずに椅子に座っていた王がゆっくりと立ち上がって、呪文を唱える。パトリック先輩の身体を淡い光が包んだ。

「防御の魔法だよ。あの技の最中と、その後、数時間は体力が回復しないんだ。石が当たっても死ぬ」

 メリーの囁きに、正に死に技だと納得する。

 王がゆっくりとパトリック先輩の前に立つ、それは祝福を与えているように見えたろう。歓声にかき消されそうな二人の声に俺は耳をそばだてた。

「この茶番は、命をかけるほどのものか? パトリック」

 皮肉な笑みを浮かべた王がパトリック先輩に聞く。

「勝利が御身の御心であれば」

 頭を下げたままのパトリック先輩が落ち着きはらった声で答えた。

「王に捧げる忠誠とは甘美なものだな」

 王が笑い声をあげた。

「誰か。私の騎士に防御の魔法を頼む。今のままでは転んだだけでも死ぬからな。死んでしまっては役に立たぬ」

 ぎっと睨んだ王の目が、微かにうるんでいると思うのは気のせいだろうか。目をあげたパトリック先輩がその目を感情を交えずに無表情に見あげた。

 風がかすかな香りを運んでくる。それは、メリーとは違う薔薇の香りだった。どこか血の混じったような甘い薔薇の香りはパトリック先輩に届くのだろうか。

 王は身を翻すと軽い身のこなしで控えの間に向かって歩いて行った。

 パトリック先輩はその姿を切なげな目で見送る。

 きっと届いているのだろう。
 届いているからこそ、先輩は命をかけたのだ。
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