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狼は覚悟を決める
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妖精王があの人を連れていく。
心がざくりと音を立てて引き裂かれるのを感じた。震え上がるような恐怖が湧きあがる。オレは……また捨てられるのか。
連れて行ってくれると言った。だから、ずっと一緒にいられるのだと信じた。例えそれが王であるシンオウを裏切ることでも、故郷である<狼の巣>を捨てることでも構わなかった。
振り返った水色の瞳が俺を見る。これが見納めなのか?
寂しさと不安に震える心が血を吐くように叫ぶ。
────助けてと言ってくれ。
そうしたら、その声で俺は狂うことが出来る。狂ったふりをして奪い返すことが出来る。
あの人の肉親を引き裂いてか?
ああ、やるだろう。
やってしまうだろう。
手に入れる資格はないと自分に言い聞かせていた。
力を持ちながら、臆病で頭の悪い自分には、勇敢で賢い白薔薇は上等過ぎるのだと。
だが、強い気持ちに惹かれる狼である自分に差し出されたあの人の愛は、あまりに甘すぎる。あの甘さを知って、拒むことなど出来るわけがない。一度味わったそれは、まるで麻薬のようで何度もそれを求めよと俺を苛む。もう二度とあの人なしでは生きて行けないと思える程に。
奪い取れ、叫ぶ声に耳を塞ぐ。あれはあの人の肉親だ。傷つけてはいけない。震える手をぎゅっと握って、理性を保とうした。
荒々しい声が混濁した意識の向こうから耳をつく。
「狼よ。大儀であった。我が白薔薇を痛みから救い、助けた事を感謝する」
それは礼の言葉に間違いなかった。飛び掛りたい気持ちを抑え、居住まいを立て直し、どうにか膝をつくと礼をつぶやく。
「ありがとうございます」
頭を下げた目の前にほっそりとした手が差し出される。あちこち色の変わった手は愛しい人の手だ。その手におずおずと自分の手を重ねると、柔らかい唇が手のひらに押し付けられる。その温かさと温もりに狂気に満ちた心が凪いで行く。
引き寄せられるままに立ち上がった。
後ろであの人の兄達が憤りの声をあげた。
手のひらに落とされたこのキスは別れの挨拶なのだろうか?
悲しみに胸を引き裂かれながら、美しい顔を覗き込むと水色の瞳が暖かく輝いて、ゆっくりと優しい微笑みを浮かべた。じっと見つめると、死にかけた心からゆっくりと希望が頭をもたげる。
離れないようにと繋いだ手の指を絡めると、あの人がしっかりと力をこめて握りしめる。
側にいるよ。
手から伝わる熱が囁く。
向き直ったあの人が、音楽のような声で妖精王に俺に対する愛を語る。
「──紹介します。父上、そして兄上。
わたしの愛する人、ロー・クロ・モリオウです。わたしはローに死の呪いがかかった時に、真実の愛と王子のキスでそれを打ち払って自らの愛を証明しました。わたしはローを伴侶にと望み、ローはわたしの傍らにあると約束してくれました。
祝福をいただけますか?父上」
どこまでも正直な白い薔薇は、俺が傍らにあるとしか言わなかった。自分が伴侶であると思う俺が、自分を伴侶であると認めていない事実を婉曲に父である王に語っている。
ずきんと心が痛んだ。なんて俺は酷い男なんだ。
あの人の優雅なおじぎに続いて、ぎくしゃくと頭を下げた。視線を感じて目を向けると、あの人は微笑んでいた。
涙の滲んだ目で微笑み返す。
この人は……この白い薔薇は俺のものだ。そして、俺はこの人のものなのだ。
白い薔薇は父である妖精王に俺たちがお互いのものであると宣言した。怒りに震える王が拒否の言葉を吐き出そうとした時、それは────ふいにやって来た。
拍手の音が鳴って、ざわっとうなじから髪の毛が逆立つ。
赤と黒に彩られた強大な闘気が部屋に押し入る。小柄な身体から吹き出る力。その場を緑の炎のような視線が舐めて、ちらりと目が会って確信する。
この人は────とてつもなく強い。
「ルーカス陛下」
パトリック先輩の声がして、下に引っ張られてひざまずく。
床についた手が微かに震える。
強敵であるルーカス王から目を逸らしたくない。
ぎりぎりまでその緑の目を見詰める。目を伏せると、刺すような闘気が背中を撫でる。
繋いだ白薔薇の手からは緊張は伝わって来ないから、この威圧は自分だけに向けられているのだろう。
何か話が続いているようだが、叩きつけられる闘気で集中出来ない。
「はい。ここに居る愛しき狼がわたしを救ってくれました」
白薔薇の声。
微かに震える手に助けを求めているのを感じる。気の力を身体に強く巡らせて、ルーカス王の気を払うと、会話がはっきり聞こえるようになった。
「分かち難く結ばれていると?」
ルーカス王が尋ねた。
もし、俺と白薔薇を分かつものがあるならば、俺はそれを滅ぼすだろう。繋いだ手に力を篭める。
「はい」
「ならば狼が随行することを許そう」
妖精王が言う。妖精王は息子である白薔薇を心から案じている。闇の侵攻は妖精王の心を脅かしているらしい。俺を受け入れてもいいと思うほどに。
ルーカス王と妖精王の応酬が続く。何故ルーカス王は俺たちをそれほどまでに手放したくないのだろう。
「狼と白薔薇はその時は恋仲ではなかったのでは?狼は伴侶を守り抜くと聞いているが?」
ルーカス王は面白がっている。俺は目をあげて緑の目を見た。微かに細められた瞳から見える光が楽し気に揺れて、その正しさを俺に教える。
「白薔薇が狼より先に息絶えることはありません」
「美しいな」
王が邪悪な艶やかさを浮かべて微笑む。
────壊してみたくて堪らないよ。
その後の言葉が聞こえた様な気がした。
パトリック先輩の前にルーカス王が立って、闘気による攻撃が止んだ。臨戦体制になっていた身体を白薔薇に気付かれぬように慎重にほぐす。
ルーカス王がこの場を支配している。皆、何故とも思わずその話に引き込まれていた。
パトリック先輩とルーカス王が言葉を交わしている。
続く言葉に俺は凍りついた。
「いかがでしょう?この者達の実力を妖精王のお眼鏡に叶うか試すというのは?幸いエルフの名高い戦士たる王子が3人もお揃いだ。
我が剣パトリックは剣士たるセルウィン王子と。メリドウェン王子は魔導士フロドウェン王子と。
問題は狼か?ナルウィン王子は高名な弓使いではありますが、接近戦を得意とする狼とでは面白味に欠けますな……」
何故、白薔薇が?この人は治療や強化特化の魔法使いだ。俺やパトリック先輩が、白薔薇を守る力があるかを試されるのは当然として、守られるべき当人が、何故、参加をしなければならないのか。白薔薇は面白半分の力くらべなどに駆り出されるべき存在じゃない。
「名誉を賜われますなら私が」
王の後ろに控えていた黒い騎士が進み出ると膝をついた。
だが、俺はこの人とは戦わないだろう。
「ガレスか。……面白いかもしれないけれど。この国最強の称号は残念ながら、お前のものではないしね」
心がざくりと音を立てて引き裂かれるのを感じた。震え上がるような恐怖が湧きあがる。オレは……また捨てられるのか。
連れて行ってくれると言った。だから、ずっと一緒にいられるのだと信じた。例えそれが王であるシンオウを裏切ることでも、故郷である<狼の巣>を捨てることでも構わなかった。
振り返った水色の瞳が俺を見る。これが見納めなのか?
寂しさと不安に震える心が血を吐くように叫ぶ。
────助けてと言ってくれ。
そうしたら、その声で俺は狂うことが出来る。狂ったふりをして奪い返すことが出来る。
あの人の肉親を引き裂いてか?
ああ、やるだろう。
やってしまうだろう。
手に入れる資格はないと自分に言い聞かせていた。
力を持ちながら、臆病で頭の悪い自分には、勇敢で賢い白薔薇は上等過ぎるのだと。
だが、強い気持ちに惹かれる狼である自分に差し出されたあの人の愛は、あまりに甘すぎる。あの甘さを知って、拒むことなど出来るわけがない。一度味わったそれは、まるで麻薬のようで何度もそれを求めよと俺を苛む。もう二度とあの人なしでは生きて行けないと思える程に。
奪い取れ、叫ぶ声に耳を塞ぐ。あれはあの人の肉親だ。傷つけてはいけない。震える手をぎゅっと握って、理性を保とうした。
荒々しい声が混濁した意識の向こうから耳をつく。
「狼よ。大儀であった。我が白薔薇を痛みから救い、助けた事を感謝する」
それは礼の言葉に間違いなかった。飛び掛りたい気持ちを抑え、居住まいを立て直し、どうにか膝をつくと礼をつぶやく。
「ありがとうございます」
頭を下げた目の前にほっそりとした手が差し出される。あちこち色の変わった手は愛しい人の手だ。その手におずおずと自分の手を重ねると、柔らかい唇が手のひらに押し付けられる。その温かさと温もりに狂気に満ちた心が凪いで行く。
引き寄せられるままに立ち上がった。
後ろであの人の兄達が憤りの声をあげた。
手のひらに落とされたこのキスは別れの挨拶なのだろうか?
悲しみに胸を引き裂かれながら、美しい顔を覗き込むと水色の瞳が暖かく輝いて、ゆっくりと優しい微笑みを浮かべた。じっと見つめると、死にかけた心からゆっくりと希望が頭をもたげる。
離れないようにと繋いだ手の指を絡めると、あの人がしっかりと力をこめて握りしめる。
側にいるよ。
手から伝わる熱が囁く。
向き直ったあの人が、音楽のような声で妖精王に俺に対する愛を語る。
「──紹介します。父上、そして兄上。
わたしの愛する人、ロー・クロ・モリオウです。わたしはローに死の呪いがかかった時に、真実の愛と王子のキスでそれを打ち払って自らの愛を証明しました。わたしはローを伴侶にと望み、ローはわたしの傍らにあると約束してくれました。
祝福をいただけますか?父上」
どこまでも正直な白い薔薇は、俺が傍らにあるとしか言わなかった。自分が伴侶であると思う俺が、自分を伴侶であると認めていない事実を婉曲に父である王に語っている。
ずきんと心が痛んだ。なんて俺は酷い男なんだ。
あの人の優雅なおじぎに続いて、ぎくしゃくと頭を下げた。視線を感じて目を向けると、あの人は微笑んでいた。
涙の滲んだ目で微笑み返す。
この人は……この白い薔薇は俺のものだ。そして、俺はこの人のものなのだ。
白い薔薇は父である妖精王に俺たちがお互いのものであると宣言した。怒りに震える王が拒否の言葉を吐き出そうとした時、それは────ふいにやって来た。
拍手の音が鳴って、ざわっとうなじから髪の毛が逆立つ。
赤と黒に彩られた強大な闘気が部屋に押し入る。小柄な身体から吹き出る力。その場を緑の炎のような視線が舐めて、ちらりと目が会って確信する。
この人は────とてつもなく強い。
「ルーカス陛下」
パトリック先輩の声がして、下に引っ張られてひざまずく。
床についた手が微かに震える。
強敵であるルーカス王から目を逸らしたくない。
ぎりぎりまでその緑の目を見詰める。目を伏せると、刺すような闘気が背中を撫でる。
繋いだ白薔薇の手からは緊張は伝わって来ないから、この威圧は自分だけに向けられているのだろう。
何か話が続いているようだが、叩きつけられる闘気で集中出来ない。
「はい。ここに居る愛しき狼がわたしを救ってくれました」
白薔薇の声。
微かに震える手に助けを求めているのを感じる。気の力を身体に強く巡らせて、ルーカス王の気を払うと、会話がはっきり聞こえるようになった。
「分かち難く結ばれていると?」
ルーカス王が尋ねた。
もし、俺と白薔薇を分かつものがあるならば、俺はそれを滅ぼすだろう。繋いだ手に力を篭める。
「はい」
「ならば狼が随行することを許そう」
妖精王が言う。妖精王は息子である白薔薇を心から案じている。闇の侵攻は妖精王の心を脅かしているらしい。俺を受け入れてもいいと思うほどに。
ルーカス王と妖精王の応酬が続く。何故ルーカス王は俺たちをそれほどまでに手放したくないのだろう。
「狼と白薔薇はその時は恋仲ではなかったのでは?狼は伴侶を守り抜くと聞いているが?」
ルーカス王は面白がっている。俺は目をあげて緑の目を見た。微かに細められた瞳から見える光が楽し気に揺れて、その正しさを俺に教える。
「白薔薇が狼より先に息絶えることはありません」
「美しいな」
王が邪悪な艶やかさを浮かべて微笑む。
────壊してみたくて堪らないよ。
その後の言葉が聞こえた様な気がした。
パトリック先輩の前にルーカス王が立って、闘気による攻撃が止んだ。臨戦体制になっていた身体を白薔薇に気付かれぬように慎重にほぐす。
ルーカス王がこの場を支配している。皆、何故とも思わずその話に引き込まれていた。
パトリック先輩とルーカス王が言葉を交わしている。
続く言葉に俺は凍りついた。
「いかがでしょう?この者達の実力を妖精王のお眼鏡に叶うか試すというのは?幸いエルフの名高い戦士たる王子が3人もお揃いだ。
我が剣パトリックは剣士たるセルウィン王子と。メリドウェン王子は魔導士フロドウェン王子と。
問題は狼か?ナルウィン王子は高名な弓使いではありますが、接近戦を得意とする狼とでは面白味に欠けますな……」
何故、白薔薇が?この人は治療や強化特化の魔法使いだ。俺やパトリック先輩が、白薔薇を守る力があるかを試されるのは当然として、守られるべき当人が、何故、参加をしなければならないのか。白薔薇は面白半分の力くらべなどに駆り出されるべき存在じゃない。
「名誉を賜われますなら私が」
王の後ろに控えていた黒い騎士が進み出ると膝をついた。
だが、俺はこの人とは戦わないだろう。
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