上 下
14 / 91

白薔薇は狼を迎える2

しおりを挟む
 持ってきてくれた包みは、甘く煮た洋ナシだった。


「俺が作ったんで、うまいかはわからないんですけど」


 そう言いながらローはがさがさと紙の包みを開けて、びんに入った果物を見せた。クリーム色の皮をむいた洋梨が、少し黄色い液体に浸かっている。ローは生真面目な表情で慎重に瓶を開いた。


 中の洋梨を皿に取ると、フォークで細かく切っている。その一つを刺すとわたしの口に向けてそっと差し出した。


 自分で食べれるんだけど、でも、ローが食べさせてくれるって言うんだからお断りする理由なんかないよね?


 溶けた銀の瞳が、わたしを不安気に見ている。おずおずと口を開けるとそっと口にかけらが押し込まれた。柔らかく煮てあるそれは、とても風味が良く、噛むとあっという間に蕩けて消えてしまった。


「うわ、すごくおいしいよ!」


 ぱっとローの顔が明るくなる。耳が嬉しそうにひょこっと立った。わたしはにっこり微笑んで、餌を求める雛鳥のように口を開けた。ローが慎重に次のかけらを口に入れてくれた。もぐもぐと噛みながら頷くと、ローが笑み崩れる。


「ローは果物食べないって言ってなかったっけ?」


 飲み込んで、はあと溜息をついてそう尋ねる。


「食べませんね。肉食ですから。パンくらいは食べますけどね」


 洋梨を切りながらローが答える。


「わざわざ、エルフの食べ物を調べてくれたの?」


 びっくりしてそう言うと、ローの視線が恥ずかしそうに泳いで、耳が後ろを向く。


「果物屋の主人にエルフはどんなものを求めて行くかを聞いたんです。

 雑貨屋の主人は蜂蜜が好きだと言って。蜂蜜は栄養があるからそれで煮たらいいんじゃないかって……」


「とても美味しいよ」


 正直にそう言うと、ローが嬉しそうに微笑んだ。その銀色の瞳の輝きにうっとりしてしまう。


「では、もっと食べてください」


 洋ナシがぶら下がる。汁が垂れそうだ。わたしは舌を出してそれを舐めてから口に含む。その様子をローはじっと見ている。


 さっきキスしたばっかりなのに、またしたくなるってなんだろう?エルフって発情期とかないよね。ドキドキしっぱなしなんだけど。


 もぐもぐと洋梨を噛んで飲み込むと、ローの方へ身体を乗り出しかけてはっとする。ああ、何しようとしてるんだろう、わたしったら。無理矢理身体を起こして、えへんと咳をすると言った。


「今日は退院してもいいみたいなんだけど」


「あなたも特待生ですよね?住まいは?」


「わたしは寮なんだ。個室だけど」


「一軒家の方が気楽じゃないですか?」


「一人暮らしするとか言ったら、恐ろしいことになるからね。

父上がメイドとか、執事とか、護衛とか、わんさかと送り込んで来るに決まってるんだ。こっちはお気楽に暮らしたいのに、迷惑なんだよね」


 ふーって溜息をつくわたしを見て、ローがもの思わしげな様子で首を傾げる。


「……寮だとなかなか俺は行けないですよね」


 寮には寮生しか入れない。面会室はあるけど手続きが面倒だし、時間や場所も指定されるんだよね。


「あ、そうか。……そうだよね。う~ん。ローが寮に入る?

今の状況だと、寮の方が警備厳しいからいいかもしれないよね。わたしの部屋、一人で使ってるけど元は二人部屋だから……ベッドは空いてるけど」


 期待に目を輝かせていると、ローが苦笑いしてわたしを見る。


「それはどうでしょうね?

俺は鼻がいいから、一緒の部屋ではいろいろ不都合が出そうな気がします」


「不都合?」


 にっこりと笑ってローが洋ナシの皿をテーブルに乗せる。


 ゆさっとベッドが揺れる。ベッドに乗ってきたローがわたしの顔を引き寄せた。唇が触れて、ため息が漏れる。

 慣れた楽器を奏でるように、ローの手が背筋を撫でる。気が入っているらしい。ざらりとした感触に身体が跳ねて、嬌声が漏れた。

 ぞくぞくとする刺激に、薔薇の香りが濃く漂う。


 ぱっとローがベッドを離れる。薔薇の香りを払うように強く頭を振っている。


 わたしは真っ赤になって口を塞いだ。


「無理ですね。……俺達が一緒の部屋だと、すぐに学校をやめなきゃなくなる。

あなたは────俺を煽るから」


 はあと息を吐くと、どこか焦点のあわないとろりとした銀の瞳が微笑む。


「俺は個室じゃなくてもいいですよ。ただし、あなたと同室はダメです」


 ローが他の誰かと一緒?眉間に縦皺が出来る。ローの寝顔を見たり、着替えを見たり、朝起こしてあげたり……そんなの他の誰かがとか、絶対に許せない。


「どうして、同室者が必要なの?」


「あなたが来るから」


「どうして行ったらダメなの?」


「今のキスでわかりませんか?薔薇の香りがするんです。あなたの発情香ですよね。俺は鼻がいいから、煽られてしまう」


「つ、つ、辛いのか?」


「ですね。まあ、アーシュには散々待てをされていましたから、大丈夫です。襲ったりはしない」


アーシュと聞いてカチンと来る。


「わ、わたしは待てなんて言わない!ローはわたしの愛する人なのだし」


「お互いの気持ちがはっきりしないのに、肉体の関係を結ぶのはよくないことだとは思いませんか?」


 ローが首を傾げて、わたしを見る。


「わたしの気持ちははっきりしている」


「俺の気持ちははっきりしていない。でも、煽られれば……欲しくなる」


 ローが手を差し出して、ぎゅっと握る。

 その手が微かに震えていて、ローは我慢をしているのだと理解した。


 でも、わたしはローの側にわたし以外の誰かがいるのは嫌だ。


「絶対行かないから、個室でいいじゃないか!」


 激しい口調で言うわたしをローはじっと見ている。

 無表情な顔の中で銀の瞳だけが輝く。


 情熱を湛えた眼差しに、じわじわと頬が赤くなるのを感じた。ローの瞳の情熱に応えるように押さえようもなく薔薇の匂いが漂う。


「……問題は……」


 ローがするりと近づいて、わたしの頬を両手で挟む。

 蕩ける銀の瞳が獲物を捕まえた獣の喜悦の微笑みを浮かべた。その野生的は微笑みに心臓が激しく動く。その脈の音も聞こえているのだろうか、ローの指がゆっくりと頬を伝って激しく動く首の脈の場所を探った。

 誘うように微かに唇が開いてしまう。


 ローが掠れた声で囁く。


「あなたが、俺に対して力を持ってるってことです。

 巣に連れ帰り、めちゃくちゃにしてしまいたいと……そう思わせるだけの力をあなたは持っている」


 息もつけないような激しいキスが降ってくる。


「そうして欲しい」


 唇が離れると短い息を吐きながら懇願する。


「寮ではまずいでしょう?」


 くらくらする頭で考えようとするけど、何も思いつかない。


「も……どこでもいいよ」


 ローが腰に結んでいた布をといて上着大きく開いた。素肌に指を走らせるとぎゅっとその引き締まった腰に手を回して、溜息をつく。


 わたしの肌から薔薇の香りが立ち上る。どうしようもないそれを、もう隠そうとは思わなかった。ローが頭を振って欲望の霧を払おうとしている。


 そうはさせない。


 引き寄せて舌を絡めると、完全に欲望に曇った銀の瞳がわたしを見返す。


 ローの舌が唇を離れて、薔薇の匂いの一番強く出る首筋を舐める。


 「ん……っ……」


 ローが乱暴にガウンのボタンを探って、引きちぎるように外していく。ローの指が直接素肌に触れると、どうしようもなく身体が震えた。肌をローの指がなぞると比類のない快楽に肌が粟立つ。

 その指が胸の突起を見つけて、優しく触る。身悶えする身体を押さえるようにローの身体が重なる。


 ゆっくりとローの手が宙で揺れて、何をしようとしているかに気づいた。


「そ、それっ。だめ……っ」


 逃げようとする身体をぎゅっと押さえられる。ローがゆっくり……ゆっくりと微笑む。欲望に乗っ取られた曇った瞳にゆらゆらと銀色の光が揺れた。


 気を纏った指が胸に触れる。ざらりとした気で出来た舌が胸の突起を舐めあげた。


「──っ──ああっ!」


 快楽の悲鳴が湧き上がる。容赦無く気が流れ込み、その場所を撫でて狂うような快楽を生み出す。びくびくと震える身体見て嬉しそうにローが笑った。


「……ロー……」


 震える声で呼ぶと唇が戻って来て、開いた口に舌がねじこまれた。

 ローの甘い唾液で口の中がいっぱいになる。全部飲み込もうとして、あふれ出て、切ない吐息が漏れる。


 ローがわたしの膝を割って間に入り込んだ。立ち膝になった身体から、震え続けるわたしの身体を蹂躙するように見下ろす。

 だらしなく開いた上衣をするりと脱いで床に落とした。見えたローの体の美しさに息を飲む。広めの肩幅から引き締まった腰に無駄な贅肉は一切ない。隆々とした硬い筋肉に包まれた剣士の身体ではなく、柔らかくしなやかなその肢体は正しく完璧な美しさを持っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】

魔王なんですか?とりあえずお外に出たいんですけど!

ミクリ21
BL
気がつけば、知らない部屋にいた。 生活に不便はない知らない部屋で、自称魔王に監禁されています。 魔王が主人公を監禁する理由………それは、魔王の一目惚れが原因だった!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...