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白薔薇は狼を見る
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わたしが初めてその狼を見たのは、その年の新入生の入学テストの時だった。
「良いのはいるか? パトリック?」
わたしは腰まで延びた真っ直ぐな銀色の髪を肩へと払うと、薄い水色の瞳を会場に向けた。
「……メリドウェンか」
鋭い、刺すような青い瞳がわたしを一瞥する。短く切られた金の髪が揺れて、会場を指す。
「間違いなくあれだな。白い服の方だ」
黒髪の男だった。くせのある、いかにも適当に切られた髪がゆるやかにうねって耳にかかっている。
頭には耳がある。ひょこっと動いた耳は形状から行くと、狼のもののようだ。白くて動きやすそうな体術師の道着を着ていて、半ば空いた胸から無駄のない筋肉が覗いていた。
彼は大陸の東を治めるオオカミ族〈狼の巣 〉の者だろう。オオカミは身体能力が高く、優秀な戦士を輩出している。純血に近いものほど、優秀で有能な戦士となると聞く。そして、オオカミ族には多くのロマンスが伝えられていた。
運命の相手とつがい、世界を救うとか、運命の相手を助ける為、死地に赴き奪還するとか。
そして、その情熱的な性質故に数を減らし、今は東方に小国を残すに留まってしまっていた。
開始の合図だ。
剣を握った相手に無手で緩やかに立っている姿には、殺気のかけらも感じられない。
剣士が剣を構えると、トンとその細い体が跳ねる。その足が地面につくと同時にゆらりと身体が揺れて、目にも止まらぬ速さで剣の持ち手の反対側に回り込み、低く這いつくばった形から脚を払う。
剣士が大きく仰け反ると、正確に剣を持つ手が裸足の脚で弾かれ、剣が宙に舞う。
狼は空中で剣の柄をつかむと、倒れた剣士の首に垂直に当てる。
「そこまで!」
速い。
そして、鮮やかとしか言えない滑らかな動き。
会場からどよめきと歓声があがる。狼はちょっとビクッとして、それから誇らしげに微笑んだ。
その姿にわたしの身体から汗が噴き出す。
薔薇の匂いがする。
香水や干した花びらではなく、咲いたばかりの薔薇の匂い。
欲情した時のわたしの体臭だ。それは微かな匂いだから、ヒトであるパトリックには気づかれないだろう。
そう思いながら、一歩距離をあける。
狼はどんな目の色をしているんだろう。
わたしはパトリックに気付かれないように、呪文を唱えた。
ふわりと精神だけを狼の前に飛ばす。
溶けた銀の色。
煌めく銀に晴れやかな笑顔。
健康的な色の頬がほんの少し赤らんでいる。
くせのある髪がその回りをふんわりと覆っていた。なんて……素敵なんだろう。ずっと見ていたい。
このままキスが出来たらいいのに。
「主席はあいつで決まりだろうな」
その声に意識が体に戻った。
ほうとため息をつく。
「名前は?」
「ロー。ロー・クロ・モリオウ」
ローか。いい名だ。
狼は歩く姿も美しいらしい。しなやかに歩く姿にうっとりしていると、脇から茶色の毛玉が出てきてローに笑いかけた。
なんだ、あれ?
親しげな姿にイライラする。
原種に近いオオカミ族らしく、茶色い尻尾がある。狼に比べると全体的に小さい。まあそこそこ可愛らしい。狼というか犬か? ポメラニアンに似ているかもしれない。
狼がポメラニアンを振り返って蕩けるような微笑みを浮かべた。
多分それは、わたしが今浮かべていた表情だ。交わし合う笑顔に頭痛がしてくる。
あれは惚れてるよな。絶対そうだよな。
「嘘だろ……」
一目惚れから失恋まで、3分だなんて酷すぎる。
わたしは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「良いのはいるか? パトリック?」
わたしは腰まで延びた真っ直ぐな銀色の髪を肩へと払うと、薄い水色の瞳を会場に向けた。
「……メリドウェンか」
鋭い、刺すような青い瞳がわたしを一瞥する。短く切られた金の髪が揺れて、会場を指す。
「間違いなくあれだな。白い服の方だ」
黒髪の男だった。くせのある、いかにも適当に切られた髪がゆるやかにうねって耳にかかっている。
頭には耳がある。ひょこっと動いた耳は形状から行くと、狼のもののようだ。白くて動きやすそうな体術師の道着を着ていて、半ば空いた胸から無駄のない筋肉が覗いていた。
彼は大陸の東を治めるオオカミ族〈狼の巣 〉の者だろう。オオカミは身体能力が高く、優秀な戦士を輩出している。純血に近いものほど、優秀で有能な戦士となると聞く。そして、オオカミ族には多くのロマンスが伝えられていた。
運命の相手とつがい、世界を救うとか、運命の相手を助ける為、死地に赴き奪還するとか。
そして、その情熱的な性質故に数を減らし、今は東方に小国を残すに留まってしまっていた。
開始の合図だ。
剣を握った相手に無手で緩やかに立っている姿には、殺気のかけらも感じられない。
剣士が剣を構えると、トンとその細い体が跳ねる。その足が地面につくと同時にゆらりと身体が揺れて、目にも止まらぬ速さで剣の持ち手の反対側に回り込み、低く這いつくばった形から脚を払う。
剣士が大きく仰け反ると、正確に剣を持つ手が裸足の脚で弾かれ、剣が宙に舞う。
狼は空中で剣の柄をつかむと、倒れた剣士の首に垂直に当てる。
「そこまで!」
速い。
そして、鮮やかとしか言えない滑らかな動き。
会場からどよめきと歓声があがる。狼はちょっとビクッとして、それから誇らしげに微笑んだ。
その姿にわたしの身体から汗が噴き出す。
薔薇の匂いがする。
香水や干した花びらではなく、咲いたばかりの薔薇の匂い。
欲情した時のわたしの体臭だ。それは微かな匂いだから、ヒトであるパトリックには気づかれないだろう。
そう思いながら、一歩距離をあける。
狼はどんな目の色をしているんだろう。
わたしはパトリックに気付かれないように、呪文を唱えた。
ふわりと精神だけを狼の前に飛ばす。
溶けた銀の色。
煌めく銀に晴れやかな笑顔。
健康的な色の頬がほんの少し赤らんでいる。
くせのある髪がその回りをふんわりと覆っていた。なんて……素敵なんだろう。ずっと見ていたい。
このままキスが出来たらいいのに。
「主席はあいつで決まりだろうな」
その声に意識が体に戻った。
ほうとため息をつく。
「名前は?」
「ロー。ロー・クロ・モリオウ」
ローか。いい名だ。
狼は歩く姿も美しいらしい。しなやかに歩く姿にうっとりしていると、脇から茶色の毛玉が出てきてローに笑いかけた。
なんだ、あれ?
親しげな姿にイライラする。
原種に近いオオカミ族らしく、茶色い尻尾がある。狼に比べると全体的に小さい。まあそこそこ可愛らしい。狼というか犬か? ポメラニアンに似ているかもしれない。
狼がポメラニアンを振り返って蕩けるような微笑みを浮かべた。
多分それは、わたしが今浮かべていた表情だ。交わし合う笑顔に頭痛がしてくる。
あれは惚れてるよな。絶対そうだよな。
「嘘だろ……」
一目惚れから失恋まで、3分だなんて酷すぎる。
わたしは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
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