追放令嬢は野宿がお好き

雨谷雁

文字の大きさ
上 下
1 / 1

追放令嬢になりました

しおりを挟む
「もうあなたのお姿を見るのも最後になるんですかね。ラウラさま」

 馬車に揺られながら、きれいにかれた柔らかな黄色のロングヘアに尋ねる。私の言葉は聞こえていないのか、ラウラさまは窓の向こうを眺めるだけ。

「ま、私が悪いよ。好きでもない将軍家の男を、王女から奪おうって。これが私の意思じゃなかったとしても、誰が悪役かなんて一目瞭然ってことだ」

 若干ハスキーな声で、普段通りのお嬢様言葉のかけらもない口調が並ぶ。私と2人で話すときはいつもこうだ。

「アリスもいろいろ巻き込んじゃったな」

 事の顛末は私も知っている。

 公爵家の末っ子であるラウラさまは、将軍家と関係を深めるために利用されたのだ。しかし相手は王家の女。どうなったってこの運命が待ち受けるのは必然だった。その結果ラウラさまは悪役令嬢のレッテルを貼られ、今から人の踏み入らない森の奥地へと追放される。

 私はその最後の見送りだ。

 この先彼女は、飢えるか渇くか、獣に食い殺されるかしてその生涯を終えるのだろう。

「これから楽しみだな」

 は?

 え、いまなんて言った? 楽しみだなんて声が聞こえた気がする。

「たの……しみ?」

 おそるおそる聞き返した。もしそんなこと言ってなかったとしたら待ち受ける死に対して楽しさを見出そうとするおかしな女になってしまうことには気づけずに。

「ああ、なんでもないなんでもない」

 私の言葉は淡白に受け流され、ラウラ様は窓の景色を眺めたまま、会話はそこで終わってしまった。

 何もない、気まずい時間が流れる。馬車が進むまま、民家は数を減らしていき、夕日の赤色も見えなくなってきた。いよいよ深い森に入っていく。

 もうラウラさまには、会えない。

 幼い頃は、平民と令嬢という関係ながら、妹のように接してもらった。

 使用人になってラウラさまと再会したとき、視線を下げないと目が合わなくなったことを除いては、彼女はほとんど変わらなかいお姉さんだった。

 それからまた数年が経って……。

 やっぱり、ここでお別れなんて嫌だ。

「おい、大丈夫か? アリス」

 ハッと我に返った頃には、私の両頬は大粒の涙に濡れていた。やっと見せてくれた赤色の瞳はぼやけて見えるけれど、いつもと同じ「お姉さん」の瞳だった。

 私……

「私、ラウラさまと離れたくない」

 唐突に言葉になった衝動は、そう簡単に抑えられるようじゃなかった。

「今までずっと一緒にいてくれた人と離れ離れだなんて考えたくない! 私は使用人だけど、たくさんお世話されて。そんな日々がなくなるだなんてありえないから」

 だから……

「ついていかせてください! 誰もいない森の中に二人きりでも、あなたと一緒じゃなきゃ!」

 死ぬまでずっと、この人と一緒じゃなきゃ、私はいけない。

 彼女の両手を握りしめて言い放ったその言葉は考えてみると少し痛くて恥ずかしい。でもそれだけ、伝えなきゃいけないことが詰まっている。

「あれ、私は最初からそのつもりだったけどな」

 ん?

「人手が増えるのはいいことだからな。いろいろ頼むことになるぞ?」

 つい今までボロボロこぼれていた涙は事切れたかのように引っ込んだ。

 あの頃と変わらない、ニヤリと上がる口角に気を取られているうちに、私の両手は握り返されていた。

「今夜から伯爵家とも王家とも将軍家とも、しょうもない男の争奪戦ともおさらばだ。素晴らしい人生が待ってる」

 マジで……何言ってるかわからなかった。

「これからずっと、一緒だ」

 どうやら私の望んでいた未来が待っていそうではあるので、とりあえず頷いておいた。

 真っ暗な夜道を想像していたけれど、月明かりがメイド服のシワの一つまで見えるくらいには照らしてくれている。

 前の席に座る二人の傭兵が少々気まずそうにしている。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

penpen
2024.11.07 penpen

前世マタギとかですか???

解除

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

婚約破棄された悪役令嬢は聖女の力を解放して自由に生きます!

白雪みなと
恋愛
王子に婚約破棄され、没落してしまった元公爵令嬢のリタ・ホーリィ。 その瞬間、自分が乙女ゲームの世界にいて、なおかつ悪役令嬢であることを思い出すリタ。 でも、リタにはゲームにはないはずの聖女の能力を宿しており――?

聖女として豊穣スキルが備わっていたけど、伯爵に婚約破棄をされました~公爵様に救済され農地開拓を致します~

安奈
ファンタジー
「豊穣スキル」で農地を豊かにし、新鮮な農作物の収穫を可能にしていたニーア。 彼女は結婚前に、肉体関係を求められた婚約者である伯爵を拒否したという理由で婚約破棄をされてしまう。 豊穣の聖女と呼ばれていた彼女は、平民の出ではあったが領主である伯爵との婚約を誇りに思っていただけに非常に悲しんだ。 だがニーアは、幼馴染であり現在では公爵にまで上り詰めたラインハルトに求婚され、彼と共に広大な農地開拓に勤しむのだった。 婚約破棄をし、自らの領地から事実上の追放をした伯爵は彼女のスキルの恩恵が、今までどれだけの効力を得ていたのか痛感することになるが、全ては後の祭りで……。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

俺の娘、チョロインじゃん!

ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ? 乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……? 男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?  アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね? ざまぁされること必至じゃね? でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん! 「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」 余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた! え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ! 【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。