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追放令嬢になりました
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「もうあなたのお姿を見るのも最後になるんですかね。ラウラさま」
馬車に揺られながら、きれいに梳かれた柔らかな黄色のロングヘアに尋ねる。私の言葉は聞こえていないのか、ラウラさまは窓の向こうを眺めるだけ。
「ま、私が悪いよ。好きでもない将軍家の男を、王女から奪おうって。これが私の意思じゃなかったとしても、誰が悪役かなんて一目瞭然ってことだ」
若干ハスキーな声で、普段通りのお嬢様言葉のかけらもない口調が並ぶ。私と2人で話すときはいつもこうだ。
「アリスもいろいろ巻き込んじゃったな」
事の顛末は私も知っている。
公爵家の末っ子であるラウラさまは、将軍家と関係を深めるために利用されたのだ。しかし相手は王家の女。どうなったってこの運命が待ち受けるのは必然だった。その結果ラウラさまは悪役令嬢のレッテルを貼られ、今から人の踏み入らない森の奥地へと追放される。
私はその最後の見送りだ。
この先彼女は、飢えるか渇くか、獣に食い殺されるかしてその生涯を終えるのだろう。
「これから楽しみだな」
は?
え、いまなんて言った? 楽しみだなんて声が聞こえた気がする。
「たの……しみ?」
おそるおそる聞き返した。もしそんなこと言ってなかったとしたら待ち受ける死に対して楽しさを見出そうとするおかしな女になってしまうことには気づけずに。
「ああ、なんでもないなんでもない」
私の言葉は淡白に受け流され、ラウラ様は窓の景色を眺めたまま、会話はそこで終わってしまった。
何もない、気まずい時間が流れる。馬車が進むまま、民家は数を減らしていき、夕日の赤色も見えなくなってきた。いよいよ深い森に入っていく。
もうラウラさまには、会えない。
幼い頃は、平民と令嬢という関係ながら、妹のように接してもらった。
使用人になってラウラさまと再会したとき、視線を下げないと目が合わなくなったことを除いては、彼女はほとんど変わらなかいお姉さんだった。
それからまた数年が経って……。
やっぱり、ここでお別れなんて嫌だ。
「おい、大丈夫か? アリス」
ハッと我に返った頃には、私の両頬は大粒の涙に濡れていた。やっと見せてくれた赤色の瞳はぼやけて見えるけれど、いつもと同じ「お姉さん」の瞳だった。
私……
「私、ラウラさまと離れたくない」
唐突に言葉になった衝動は、そう簡単に抑えられるようじゃなかった。
「今までずっと一緒にいてくれた人と離れ離れだなんて考えたくない! 私は使用人だけど、たくさんお世話されて。そんな日々がなくなるだなんてありえないから」
だから……
「ついていかせてください! 誰もいない森の中に二人きりでも、あなたと一緒じゃなきゃ!」
死ぬまでずっと、この人と一緒じゃなきゃ、私はいけない。
彼女の両手を握りしめて言い放ったその言葉は考えてみると少し痛くて恥ずかしい。でもそれだけ、伝えなきゃいけないことが詰まっている。
「あれ、私は最初からそのつもりだったけどな」
ん?
「人手が増えるのはいいことだからな。いろいろ頼むことになるぞ?」
つい今までボロボロこぼれていた涙は事切れたかのように引っ込んだ。
あの頃と変わらない、ニヤリと上がる口角に気を取られているうちに、私の両手は握り返されていた。
「今夜から伯爵家とも王家とも将軍家とも、しょうもない男の争奪戦ともおさらばだ。素晴らしい人生が待ってる」
マジで……何言ってるかわからなかった。
「これからずっと、一緒だ」
どうやら私の望んでいた未来が待っていそうではあるので、とりあえず頷いておいた。
真っ暗な夜道を想像していたけれど、月明かりがメイド服のシワの一つまで見えるくらいには照らしてくれている。
前の席に座る二人の傭兵が少々気まずそうにしている。
馬車に揺られながら、きれいに梳かれた柔らかな黄色のロングヘアに尋ねる。私の言葉は聞こえていないのか、ラウラさまは窓の向こうを眺めるだけ。
「ま、私が悪いよ。好きでもない将軍家の男を、王女から奪おうって。これが私の意思じゃなかったとしても、誰が悪役かなんて一目瞭然ってことだ」
若干ハスキーな声で、普段通りのお嬢様言葉のかけらもない口調が並ぶ。私と2人で話すときはいつもこうだ。
「アリスもいろいろ巻き込んじゃったな」
事の顛末は私も知っている。
公爵家の末っ子であるラウラさまは、将軍家と関係を深めるために利用されたのだ。しかし相手は王家の女。どうなったってこの運命が待ち受けるのは必然だった。その結果ラウラさまは悪役令嬢のレッテルを貼られ、今から人の踏み入らない森の奥地へと追放される。
私はその最後の見送りだ。
この先彼女は、飢えるか渇くか、獣に食い殺されるかしてその生涯を終えるのだろう。
「これから楽しみだな」
は?
え、いまなんて言った? 楽しみだなんて声が聞こえた気がする。
「たの……しみ?」
おそるおそる聞き返した。もしそんなこと言ってなかったとしたら待ち受ける死に対して楽しさを見出そうとするおかしな女になってしまうことには気づけずに。
「ああ、なんでもないなんでもない」
私の言葉は淡白に受け流され、ラウラ様は窓の景色を眺めたまま、会話はそこで終わってしまった。
何もない、気まずい時間が流れる。馬車が進むまま、民家は数を減らしていき、夕日の赤色も見えなくなってきた。いよいよ深い森に入っていく。
もうラウラさまには、会えない。
幼い頃は、平民と令嬢という関係ながら、妹のように接してもらった。
使用人になってラウラさまと再会したとき、視線を下げないと目が合わなくなったことを除いては、彼女はほとんど変わらなかいお姉さんだった。
それからまた数年が経って……。
やっぱり、ここでお別れなんて嫌だ。
「おい、大丈夫か? アリス」
ハッと我に返った頃には、私の両頬は大粒の涙に濡れていた。やっと見せてくれた赤色の瞳はぼやけて見えるけれど、いつもと同じ「お姉さん」の瞳だった。
私……
「私、ラウラさまと離れたくない」
唐突に言葉になった衝動は、そう簡単に抑えられるようじゃなかった。
「今までずっと一緒にいてくれた人と離れ離れだなんて考えたくない! 私は使用人だけど、たくさんお世話されて。そんな日々がなくなるだなんてありえないから」
だから……
「ついていかせてください! 誰もいない森の中に二人きりでも、あなたと一緒じゃなきゃ!」
死ぬまでずっと、この人と一緒じゃなきゃ、私はいけない。
彼女の両手を握りしめて言い放ったその言葉は考えてみると少し痛くて恥ずかしい。でもそれだけ、伝えなきゃいけないことが詰まっている。
「あれ、私は最初からそのつもりだったけどな」
ん?
「人手が増えるのはいいことだからな。いろいろ頼むことになるぞ?」
つい今までボロボロこぼれていた涙は事切れたかのように引っ込んだ。
あの頃と変わらない、ニヤリと上がる口角に気を取られているうちに、私の両手は握り返されていた。
「今夜から伯爵家とも王家とも将軍家とも、しょうもない男の争奪戦ともおさらばだ。素晴らしい人生が待ってる」
マジで……何言ってるかわからなかった。
「これからずっと、一緒だ」
どうやら私の望んでいた未来が待っていそうではあるので、とりあえず頷いておいた。
真っ暗な夜道を想像していたけれど、月明かりがメイド服のシワの一つまで見えるくらいには照らしてくれている。
前の席に座る二人の傭兵が少々気まずそうにしている。
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