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第8話 現状確認

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「ん? ここは、何処だ?」


 眼前に広がるのは何やら白い景色。
 比喩でも誇張でもなく、ただただ白い世界が広がっている。
 方向感覚は無く、自分がどこに立っているのか分からないが、何処と無く身体がフワフワ浮いているような軽いような感じがしているのに落ち着く環境というのはどういうことなのだろうか?


「雪の中? ……いや、雪じゃないのか?」


 一瞬、雪崩に巻き込まれると方向感覚が狂って天地が分からなくなると聞いたことがある。が、初めての感覚であるにも関わらず圧迫感や焦燥感は無く、もちろん自分の今の状態を確認することが出来る。


「あれ? 銃がないぞ!?」


 確か俺は……そうだ、あの剣を持った男に襲われて殺されそうになったときに機関銃で奴を射殺したんだった。しかし、その後の記憶がない上に所持していた機関銃や拳銃といった武器や装備がなくなって丸腰の状態のになっているのはどうしてなのだろう?


「確か、あのあと人が来たから逃げたんだよな?」


 そうそう!
 男を撃ち殺してホッとしたのも束の間、兵士らしき男達の声が聞こえてきたからその場から逃げたんだった。その後で……で、どうしたんだっけ?


「ん~? 思い出せん……」


 ここに立っているということは何かしらの方法を使ってここまで来たということなのだろうが、どうやって来ることができたのだろう?
 そして、このフワフワした居心地の良い空間は一体どういうことなのだろうか?
 と、腕を組んで考えているその時、


「ん? すみません! そこのお方、少しよろしいでしょうか?
 ここは一体、何処なのでしょうか?」


 視界の端に人がいるのが見えたので、振り向くとこちらに背を向けている誰かの姿があった。
 黒い革のロングブーツにフィールドグレー色の衣服に身を包み、帽子を被っている。


「制服? いや、軍服……か?」


 近付いて行くと、それが軍服であることがわかった。
 厚めのウール生地で織られた軍服、頭には軍服と同じフィールドグレー色の皺が全くない円筒形のケピ帽を被り、左腰にはサーベルを佩でいる。そしてよく見ると、腰のくびれや肩幅、髪型から見て女性であることが分かった。


(女性にしては少し背が高いな……)


 軍服を着ている人物は背が高かった。
 恐らく俺よりも背が高い。多分、目測で180センチ近くはあるだろう。
 ケピ帽を被っているボブヘアーに整えられた紫色の髪は透明感があり、軍服の襟元と後ろ髪の隙間から覗くうなじは大変色っぽく、思わず唾を飲み込みんでしまうほど官能的であり魅力的だ。

 声を掛けたにも関わらず、一向にこちらへ振り向いてくれないので素顔は分からないが、全体から漂ってくる雰囲気は間違いなく相当な美人であるということが嫌でも伝わってくる。


(顔を見たいな……)


 そう考えて失礼とは思いつつも、女性の前に回り込もうと一歩を踏み出したところで何処かからか声が響いてきた。


『孝司、起きんか!』


 自分の名前を呼ぶ声に反応して振り返ると誰もいない。
 しかし、頭の中へと直接響いた声は耳元で叫ばれたくらいに大きく聞こえたが、一体何だったのだろうか?ただこの声はごく最近聞いた覚えがあるのだが、何処で聞いたんだっけ?


『孝司! いい加減、起きぬか。
 まったくもう、放っておけばいつまでも寝ておってからに……!
 ほら、起きぬか!』


 そう言われても、現に俺は起きているのだが……
 この声は一体何処から響いて来るのだろう?
 頭の中へ直接声が響いているということは、テレパシーの一種なのだろうか?
 いや、そんなことよりも先程の軍服を着ている女性の方がなんだか無性に気になったので、俺は女性が立っていた場所へと再度目を向けた。


「あれ? いつの間にあんな遠くに……」


 視線を外したのはほんの数秒だというのに、軍服の女性と彼我の距離はかなり離れていた。


「ちょっとすいません! 貴女は一体、誰なんですか?」


 大きな声で語り掛けるが、距離が開いているためか軍服の女性は俺の声が聞こえていないらしく、こちらに背を向けたままである。


「ねえ! あの、ちょっと……!」


 どうしても彼女の顔が見たいという一心で軍服の女性の元に駆けて行き――――もう少しで己の手が触れそうになったところでまたあの声が頭の中に響いてきた。


『ええい! いい加減に起きぬと、このまま強制的に逆レイプをかますぞえ?』


 『逆レイプ』という普通であればまず聞かないであろう単語を耳にした瞬間、俺は思わず驚いて反射的にこう叫んでいた。


「あんた何言っとんのじゃあぁぁぁ!! こんのエロ神ッ!!」

「おお、ようやく起きたかえ?」

「え? あれ、ここは……あ」


 ああ、そうか……
 思い出した。


「何、寝惚けとるのじゃ? ここは儂の家じゃぞ、孝司」

「ああ、そうでしたね……」


 そうだった、そうだった。
 俺は異世界に行ったばかりなのに早速殺されそうになって、襲って来たあの男を撃ち殺した後に駆け付けてくる警官……というか兵士たちから逃げていたんだけれど、雪の上に残される己の足跡や動員された警察犬らしき犬の追跡を振り切れなくて異世界の神様こと『イーシア』さんから渡されていたモバイル端末で連絡を取って彼女の自宅に緊急避難させてもらったんだった……


「まったく、早速連絡が来たと思えば家に避難させてくれとは……呆れてモノが言えんわい」

「仕方がないでしょう。
 まさか異世界に警察犬がいるとは思わなかったんですから……」


 てっきり兵士と鬼ごっこで終わると思って逃げている際、突如として犬の鳴き声が聞こえてきたと思ったら、みるみる内に犬に追いつかれてしまいって振り切れなくなったのだ。しかも、俺の衣服には撃ち殺した男の血や銃の硝煙の匂いが染み付いてしまっていたようで、行く先々に匂いで先回りした警察犬と兵士たちが待ち受けており、徐々に包囲網が狭まっていったのだ。

 本当はこの街に入った段階で警察犬のような犯罪者追跡用の犬が存在していることを念頭に置いておかねばならなかったのだ。何故なら、街に入る際に受けた手荷物検査時に麻薬探知犬がいたのだから、当然警察犬もいるかもしれないと警戒しておくべきだった……


「それにしても、儂が気付かぬ内にあの世界は結構なスピードで進歩しておるようだの?」


 イーシアさんが首を傾げながら尋ねてくるが、俺の方こそ彼女に色々質問したいことで頭が一杯である。


「確かにあの世界が地球より文明がいくらか遅れているのは肌身で感じ取って分かりました。
 しかし、一部の技術は地球より進んでいるかもしれないと思います」


 あの世界の文明レベルはどうも俺が信じていた異世界ファンタジーにありがちな似非中世ファンタジーとは似ても似つかない。どちらかというと近代または前近代あたりではないかと思えるのだ。


「私は異世界を渡り歩いたことがないのでなんとも言えませんが、街中で地球とほぼ同じデザインと思しき背広姿の人間や原理は解りませんが、立派な街路灯、透明で大きな板ガラスを使った窓、あと懐中時計などを見かけました……」


 あの世界に降りたとき、最初に懸念していたのは自分の服装が周囲の者たちと比べて浮き過ぎて目立つのではないかと心配していたのだが、それは杞憂に終わった。先ほども述べたように地球とほぼ遜色無いデザインの服を着た人間があちこちにいたからである。

 もちろん地球と遜色無いと言っても洗礼されたデザインではなく、少々野暮ったいデザインではあったが、背広以外にもツイードのジャケット、トレンチコートやセーター、カーディガンといった地球の冬の定番服として見ることが出来るものが多く存在していたのだ。

 さすがにダウンジャケットやPコート、俺が着用しているダッフルコートなどは見かけなかったが、それでも服装だけで言うと地球のヨーロッパの田舎街を歩くのと大差ないような気がした。違いといえば自動車やバイクといった内燃機関を用いた乗り物やLEDなどが無い代わりに、馬車が普通に走っていることと武器や防具で身を固めた兵士や冒険者らが歩いているのを見かけた。


(まあだからからこそ、あそこが異世界であると思いださせてくれたんだよな……)


 獣人を除けば、兵士や冒険者たちこそ異世界ファンタジーの王道ともいえなくもなかった。
 が、その兵士や冒険者たちの格好も実用性重視の武器や装備で身を固めており、無駄な肌の露出や目立つ装飾の類は殆ど見られなかった。


「それにしても、見ないうちに随分と『ウル』も様変わりしておるようじゃのう……」

「様変わりしておるようじゃのうって……その発言を聞くに、イーシアさんは『ウル』の管理をしていなかったんですか?」


 どうにも彼女の今の言い方だとここ暫くの間、異世界『ウル』の管理をサボっていたように聞こえる。


「うむ。 例のインフルエンザの影響で暫く床に伏せっておったからのう。
 その前は同じくインフルエンザに罹って床に伏せっぱなしじゃった御神の看病をしておったから、『ウル』を含めて幾つかの世界の管理を休んでおったでな……」

「でも休んでいたって言いますが、それでも数日でしょうに?」

「何を言うか。 神界と現界では時の流れは違うのじゃ。
 儂らにとってはほんの少しの時間が現界では下手すると数十年になる場合もあるのじゃぞ?」

「え?」


 唐突にすんごいことを言うイーシアさんだが、彼女はフリーズしている俺に構うことなく話を進める。


「仮に人間たちと神の時間の進み具合が一緒じゃったら儂ら神は堪らんわい。
 そんなちまちまと時間を消費していたら、儂は神を辞めるぞえ」

「はあ……?」

「孝司。 お主、儂の話を聞いて平然としているようじゃが、ここにいる以上はお主かて神界の時の流れの影響を受けておるんじゃぞ?
 お主が儂のところに避難してきて数時間寝ているうちに『ウル』ではもう既に3日が経過しておる」

「ええッ!?」

(嘘だろ!?)


 まさか疲れて数時間寝ているうちに3日も時間が経過しているとは……浦島太郎もビックリである。


「まあ儂としてはお主がいても一向に構わんがの。
 ここは普段、誰も訪ねて来ない場所じゃから、お主がいれば暇になることはあるまいて。
 話し相手でも子作りでもズッコンバッコン、ヤッてくれて構わんぞ」

「いやいや、ズッコンバッコンって……何言ってるんですか、貴女は?」

「しょうがないじゃろう。 神というのは普段は独りぼっちなんじゃから、寂しいんじゃよぉ……
 温もりが無いんじゃよぉ。
 であるからしてな?
 折角戻ってきたんじゃから、帰る前に責めて10発ほどヤッて行かんか?」

「だあーッ!? ズボンの裾掴まないで! 『せめて』が責めてになってるし!
 何で俺が知り合って間もない神様とズッコンバッコンしなくちゃいけないんですか!?
 大体、俺に仕事を依頼したってことは、そっちはクライアント&上司になるんでしょうが!
 そんな関係なのに、ソウイウコトしたらダメでしょうが!」

「良いではないか! 作者もあの時、御神が来なかったら、儂が孝司を押し倒してそのままノクターンに投稿する手筈じゃたんだからのう!」

「そんな裏事情聞いてませんよ! もう駄目だったらダメです。
 この作品が規約違反で運営に通報されて、消されますよ!」

「なら、ノクターンに移籍すれば良いのじゃな?」
 
「良いわけないでしょう!」

「ちっ! 全く堅い奴じゃのう。 下のほうはバッチリギンギンに硬いくせに……」

「おい、何か言ったか? エロ神」

「さあのぅ~?」

「まったく……はあ、もういいです。
 私は『ウル』に戻ります。 助けてくれてありがとうございました」


 本当に何なんだろうね!? この神様は!
 いずれにせよ3日も時間が経過しているのなら、早く戻らねば。
 それによくよく考えたら、未だギルドにすら行っていないではないか。向こうの世界でやることは多いのだ。時間を無駄にして良いことはない。


「そういえば孝司、お主の身の上のことじゃがのう。
 儂の権限でお主を人間のカテゴリーから『神』へとクラスチェンジしておいたでな。
 これでお主はほぼ不老不死の存在となったから、注意しておくのじゃぞ?」

「え?」


 何それ?





 ◇





「どういうことだってばよ? イーシアさん」

「どうもなにもそのままの意味じゃよ。
 既にお主は人間ではなく、神の末席として神界に登録されておる。
 これは儂が御神を始めとした他の神々に提案して受け入れられた結果じゃ」

「結果じゃ……って、いや本人の同意も無しにそんな」

「とは言ってものう……
 最終的に神と闘う可能性も考慮するとお主が神であるほうが儂らにとっても都合が良いのじゃよ」

「どういう意味ですか、それは?」

「実はの……インフルエンザのおかげでここ最近、御神以外の神々と接触を絶っていたのじゃが、御神経由で他の神々の世界も儂が管理している世界と同じ状況に置かれていることが分かったのじゃよ」

「はあ……?」

「であるからしてな、他の神々も無名の神がやらかしている問題に対処すべく色々と試行錯誤しておるらしくてのう?
 その過程で孝司と同じ状況の人間が無名の神から妨害を受けたことが判明した」

「で、その妨害を受けた人間はどうしたんですか?」


 まさか死んだんじゃないよな?


「うむ。 
 かの異世界に呼ばれたのは生粋のアメリカ人で、様々な能力を付与されたらしいのじゃが……」

「じゃが?」


 やっぱり死んだのか……?
 アメリカ人とはいえチートな能力を貰っても神には敵わなかったということなのか?


「Sometimes you got to run before you can walk!と叫んで頭のてっぺんから爪先まで褐色の全身鎧を纏い、己の調査活動を妨害してきた無名の神と2日間どつき合いを敢行して周囲の街を巻き込んだ挙句、更地に変えた」

(アイアンマーン!? 正義の味方が無茶したらいけねえだろうがよ!!)


 まさかのハリウッドアクションに被害甚大である。
 因みにイーシアさん曰く、街を更地にするまで闘った割には双方特にダメージを負うこともなく、お互い再戦の約束をして別れたそうだ。


「まあイイところまでイッたようなのじゃが、惜しかったのう!」

「いやいや、イイところまで行ってないですからね?
 っていうか、彼らに巻き込まれた周囲の被害が甚大じゃないですか!」


 街を更地って人死にとか出なかったのだろうか?


「まあ事前に避難しておったり、重傷を負っても何故か次のシーンでは軽傷になったり治ったりしてたそうじゃから大丈夫であろう?
 あとの孝司、ではなくじゃぞ」

「えぇ……?」


 おいおい、野郎同士のじゃなくて女同士のどつき合いかよ……
 頭に血がのぼっていたのかは知らないが、周囲の人々は大迷惑だろうに。


「まあ、さすがに街を一つ更地にしたのはマズかったらしく、国から指名手配を受けてしまっての。
 今もまだその世界で絶賛逃亡中らしいぞ?」


 アホか!
 無名の神と対決して街を更地にした挙句に指名手配とか、現地での調査活動に支障をきたすだろうが!


「呆れるとしか言いようがありませんね。
 ところでつかぬ事を聞きますが、神様というのは全員女性なのですか?」


 正直、相手の性別が女性だとよほどの悪事を働いているとか、それに比例して外見が非常に醜い存在でもない限り、相手と対峙した際に手を出し難い。特に見かけが異世界ファンタジーの神様にありがちな幼女やうら若い女性だったりすると男としては攻撃を加えることは躊躇われる。それまでに女性の仲間とかがいれば良いのだが、相手が神様とはいえ同性に手を出せるほど苛烈な性格の女性に出会えるとは限らない。


「お主が考えていることは分かるぞ。
 大方、相手の神が女性の姿だった場合、手を出しづらくなることを懸念しておるのであろう?」

「ええ、まあ……」

「それに関しては何とも言えないが、基本的に神の殆どは成人男性の姿をしておる。
 稀に動物の姿を具現化した者もおるが、女神や幼女は少数派じゃな」

「そうですか」


 ふむ。
 それならば、ひとまずは大丈夫か?


「さて、アメリカ人とは無名の神のどつき合いや神の性別や姿に関することはこっちに置いておくとして、ここからが本題じゃ。 さっき儂が言った孝司を神々の末席に据えた件じゃが、これには一種の実験的な意味が含まれておる」


 おっと、イーシアさんの雰囲気が変わったぞ。
 ここからは真面目な話というわけか。というか、実験?


「実験……ですか?」

「うむ、実験じゃ。
 実はの、さっきのどつき合いに関連するのじゃがの。
 件のアメリカ人にはその世界の神によって様々な力や能力を付与されて合衆国から異世界に送り込まれたのじゃが、彼女が人間のカテゴリーのままであったが為に相手に決定的な打撃を加えられなかったのじゃ」

「はあ……?」

(決定的な打撃?)


 これは要するにどつき合いはしたけれど、神様を倒せなかったということなのだろうか?
 でも、これはおかしな話だ。俺もだが、異世界の調査や被召喚者を元の世界に送り返すのが役目であって、無名の神様を倒す指示は受けていない筈なのだが。それともアメリカ人女性は神様を倒す指示を受けていたからこそ、どつき合いを繰り広げたのだろうか?


(だが指示を受けていようがいるまいがただの人間が神様を倒す=殺してしまっても大丈夫なのか?)


 普通、この手の神殺しというのは神様同士が直接決着をつけるべき問題であって、人間が殺ってしまうと後々大問題に発展しそうな気がするんだけれど……


「やはり無名とはいえ、神は神じゃったということかの。
 神々からどれだけ能力を付与されて強化されようとも、人間と神の間には超えられない壁があるということじゃな……」

「だから私の身分を人間から神様のカテゴリーへと移したというわけですか?」

「うむ。 儂も含め神々の意向としては無名の神を人間が倒すのは全く問題ないと判断されたのじゃが、根本的なところである力の根源が違っていては話にならん。
 であるからして、例のアメリカ人とほぼ同じ状況にあるお主を神の末席に据えることにしたのじゃ。
 幸いにも彼女と違って孝司は常に儂や御神のサポートを受けれる状態にあるし、武器なども常時補給される環境が整っておる」

「ええっとお……今の話を聞いてちょっと疑問に思ったことがあるので、質問してもよろしいでしょうか?」

「何じゃ?」

「いや、今さらですけれど、何で『ウル』を管理しているイーシアさん自身が『ウル』に降りて召喚された日本人や元凶の無名の神様を探さないんだろうなって思いましてね?」

「ああ、そのことじゃな?」


 今こうやって思い返すとイーシアさんが俺に異世界の調査を依頼したのは自身がインフルエンザに罹っていることと、神とはいえ管理している世界が『ウル』を含めて複数あり、異常を調べようとすると紙幣の隅から隅までという細かいところまでを顕微鏡で調べないといけないくらいに手間がかかるということだった筈だ。

 まあそういった手間に関しては人間である、いや元人間だった俺でも面倒くさいと思うほどだからそこに疑義を挟むつもりはないが、でも神様の能力なら俺以上に早く探せると思うのだが?


「まず最初に言っておくが、儂ら神は人間から見たら一種の高エネルギーの塊みたいなもんなのじゃ。
 じゃから、儂や御神が何の対策もせずに素の状態で『地球』なり『ウル』なりに降りたらそれだけで儂らが降り立ったその地域は核爆弾が爆発したのと同じように更地になりかねんのじゃよ。
 仮にそうならんように注意しても、くしゃみ一つで超高層ビル群が吹っ飛びかねん」

「え?」

「であるからしての、お主と会ったときに周囲に濃い霧が発生しておったと思うが、あれは既にお主が神界と現界の境界線よりコチラ側にいたから良かったのじゃ。
  もし儂がうっかり現界に行って孝司と会っていたら、お主はもとより周囲のもの全てが蒸発しておったろうよ」

「マジですか?」

「マジもマジ。 大マジじゃ」


 知らなかった……っていうか、知らないで当然なのだが、俺って物語の初っ端から実はヤバい状況に曝されていたってことなのか?


「じゃから、儂らが現界に降り立つときは依代や端末体と呼ばれる儂らより遥かに弱いエネルギーしか持っていない分身を地上に降ろして探索や観察活動を行うのじゃが、これがまた使い勝手が悪くてのう。
 人間よりは遥かに強いが、空を飛んだり水中を移動出来るといった多量のエネルギーが必要になる行動はできんのじゃよ。
 もしやろうと思って端末体のパワーを上げると漏れなく端末体の周囲が蒸発する」


 うへえ……
 そりゃあ確かに俺たち人間に調査を依頼しようとする筈だわ。
 くしゃみ一つで超高層ビル群が吹っ飛ぶとかゴジラも真っ青な破壊力だ。
 あれ? でもそれならば俺はどうなるんだろうか?


「あの、イーシアさん。
 それならば、私はどうなるんですか?
 さっき神の末席と言ってましたが、そうなると私も『ウル』に戻ったら向こうの世界が大変なことになると思うんですけど?」

「それについては心配いらん。
 お主が神の一員に加わって千年以上経って力が上がっているのならば兎も角、昨日今日神の末席に就いたお主にはそこまでのエネルギーは伴っては居らぬよ」

「そうですか……」


 この後、俺は例の無名の神と遭遇した場合の対処法をイーシアさんと話し合い、最後に警察犬などの追跡対策として自分の匂いや気配を自在にコントロール出来る能力を新たに付与して貰ってから異世界『ウル』へと戻って行ったのであった。





 ◇





 前と同じように玄関を出たら即異世界へ異動したのだが、今回はそうではなかったらしく、玄関を出た俺が立っているのは何処かの路地へと転移していた。

 イーシアさんのことだからてっきり最初と同じところに降ろすのかと思っていたのだが、どうやらその心配は杞憂に終わったようだ。もし、街道に降ろされていたら面倒なことになっていたことだろう。


「良かったあ。
 前回と同じように街の外の街道からのスタートにならなくて。
 とはいえ、ここは何処だ?」


 キョロキョロと周りを見回すが、全く見覚えのない路地だ。幅約2メートルあるかないかの路地には人影はなくひっそりとしており、ヨーロッパの下町っぽい雰囲気でありながら、全体的に寂しい空気が漂っている。


「とりあえず現在地は……っと?」


 自分が今現在立っている場所が全く判らないのでモバイル端末のアプリを立ち上げて現在地の確認を急ぐ。ここが帝都とは別の街なりシグマ大帝国とは別の国であればそこまで焦る必要はないのだが、もしあのとき襲われた場所の近くであった場合、未だ張られているかもしれない治安部隊の非常線を突破しなければならない。


「…………ほっ。 良かったぁ。
 泊まっている宿の近くじゃないか」


 どうやら俺が今立っている場所は帝都ベルサの泊まっている宿の近くらしい。今いる路地裏から表通りに出れば50メートルほどの距離に宿がある。


「よし。 警官や兵士達に見つからない内にさっさと戻ろう」


 念のため肩から吊っている機関銃をストレージに収納して、周囲に治安部隊の人間がいないことを確認した俺は、そそくさと路地裏を抜けて表通りに通じる道へと足を進めた。







 



「よし。 誰もいないな……」


 無事に宿へと戻って来た俺は受付で鍵を受け取ってから泊まっている部屋へと一目散に戻った。
 幸いにも宿の受付には女将さんだけが立っており、余計な詮索はされずに済んだ。

 宿泊客の中には冒険者などの不規則な生活をしている者も含まれているため、よほど怪しい風体の人物でもない限り余計な詮索はしないのがこの宿のルールらしく、俺もその恩恵に預かることができた。


「今の時間はと……?」


 腕時計を見ると現在の時刻は午前7時08分を指している。
 神域に行って3日が過ぎているとはいえ、午前中に戻ってこれたのは幸いだった。


「取り敢えず、少しだけ寝てから飯食ってギルドに行ってみるか……っと、その前に」


 室内を見回して誰かが入ってきていないか点検を行う。ストーブや机、ベッドなどを見るが誰かが触った形跡はなく、窓のから外を見るが、誰かが監視している様子はない。一応、双眼鏡でこちらが見える位置にある幾つかの建物を見るが、こちらに注意を払っている人影はなく、次に部屋の扉を少しだけ開けて廊下を見るがこちらにも見張っている者は見当たらない。


「隣の部屋はどうかね?」


 聴診器をストレージから取り出して壁越しに左右の部屋の音を聞くが、物音は聞こえない。どうやら、両方の部屋は共に人が居ないようである。


「監視は……心配ないか?」


 一応、素人範囲ではあるが、監視されてはいないようだ。
 イーシアさんの所に避難していたのが功を奏したのか、警察犬の追跡もここまでは辿り着けなかったようだ。


「さてと、寝るか……」


 イーシアさんの家で少し寝たとはいえ、流石に疲れが溜まっている。
 やはり生まれて初めての異世界というのもあるが、あの殺人鬼と対峙したのが精神的に疲れた。


「何か肩が凝っちゃったな……やっぱり、疲れてるんだろうなぁ」


 ただ不思議と人間を撃ち殺したことに対する罪悪感は湧いてこなかった。銃弾が命中したときの手応えはエアガン以上に感じたが、射撃後に出来上がった男の射殺死体を見ても吐き気は襲ってこなかった。あったといえば少し気分が悪くなった程度で、歩けないほど貧血なるということもない。


「寝よ寝よ……」


 ストーブを点けて部屋が暖かくなった頃合いを見計らって装備を外し、用心のため服はそのまま着た状態でベッドに入る。布団は寒さのおかげでかなりひんやりしていたが、暫くすると己の体温が布団に移って暖かくなってくる。


「変な夢見ませんように……!」


 あんなことがあったばかりなので夢でうなされないか心配だが、体が休息を求めているので直ぐに瞼が重くなり始める。


「じゃ、お休み……」


 自分以外誰もいないのだが、つい癖でお休みの挨拶をしてから就寝に入る俺。
 一応用心のために枕元に護身用のポーランド製短機関銃Wz.63ことPM-63を置いてから俺は夢の中へと沈んで行った。





 ◇





「ん……ふぁー! あ~……よく寝た」


 不意に目が覚めたのでそのまま起き上がると同時に盛大にな欠伸が出た。
 枕元に外して置いていた腕時計を見ると時刻は午後14時32分を指している。


「7時間……か」


 確かによく寝たようで体が幾分軽く感じる。
 肉体年齢が若返っているお陰だろうか?
 30代の身体だったときは7時間眠っても疲れが取れなかったり、逆に更に疲れてしまっていたものだが、今はそのようなことは全然無い上に気分爽快である。


「うーん、若いって素晴らしい!」


 そのままベッドから降りてストーブを見るが、青い炎が美しいブルーフレームストーブは異常無く元気に灯油を燃やして部屋を暖めてくれていた。


「うん。 良い匂い」


 灯油を吸った布の芯が燃える独特の匂いに顔の表情が緩むのを感じながら、ストレージからから洗面用具一式を取り出す。洗面器にタオルに歯ブラシや歯磨き粉、洗顔用石鹸などが入っているのを確認して俺は泊まっている部屋を出る。


「ええっと、洗面所、洗面所っと……」


 本当は冷たい水を飲みたいところだが、口の中がヌルヌルし涎が頬を伝い溢れていて汚いので取り敢えず歯磨きと洗顔をしようと思う。あとトイレにもいかないと膀胱が尿意でマッハだ。


「やっぱり、誰も監視していないな……」


 何のために右肩にはPM-63短機関銃をスリングで吊っているが、今のところ問題は起きていない。階段を下る際に冒険者と思われる数人の男達とすれ違ったが、誰ひとりとしてこちらに注意を払う者はいなかった。


「ま、問題が無ければそれで良いんだけれど……」


 いつまでも用心深く歩いていると逆に不審思われてしまうのでそのまま普通に堂々と洗面所を目指した。





 ◇




「あーさっぱりした! まさかお湯が出るとは思わなかったなぁ……」


 この前行った食堂の『飢える噛む』で水道の蛇口や流し台を発見していたのでここの宿にもそれ相応の設備があるのではと予想していたのだが、まさかお湯が出て来る蛇口が用意されているとは思わなかった。
 当初は冷たい水で口を濯いだり、顔を洗わないといけないものだと思っていたので水を温める発熱剤や携帯ガスコンロと薬缶を用意していたのだが、嬉しい意味で裏切られた。


(まさか上下水道が完備とはね。
 考えてみれば、この世界の時代はよくある中世ではなく、地球で言うところの近代に相当する文明レベルだし、しかもこの国はこの大陸でも上位に位置する列強国の首都だから宿も上下水道が完備されているのは当然なのかな?)


 しかも簡易的とはいえ、水洗式トイレが用意されていたのである。これには正直驚いた。
 てっきり第二次世界大戦を題材にした戦争映画の収容所などでよく見る板に穴が開いた直下式や良くて日本の古き良きボットン式便所のようなトイレを想像していただけに、水洗式トイレを見たときは喜びのあまり叫びそうになった。

 だがこのような設備が整った国でも郊外や田舎、人里離れた場所だと余程の重要施設でも無い限り日本のように上下水道が整備されているとは限らないので、油断は禁物である。まあ、地球であっても欧米や東南アジアの田舎だと上下水道が整備されていない場所などザラにあるので、文明レベルが遅れている異世界の田舎で生活インフラが整っているのを期待すること自体が間違いであるのだが……


(さてと朝飯、朝飯っと……って、もう昼過ぎだからブランチか?)


 というか、宿の食堂はまだ開いているのだろうか?


「まあ行ってみれば分かるか?」


 洗面用具一式を片付けた俺は洗面所から食堂へと通じる廊下を歩きながら、僅かな期待を抱きつつ食堂へ向かって行った。





 ◇




「美味かった、美味かった! 腹が苦しいわ」


 結局、宿に併設されている食堂は午前の営業は終わり昼休憩に入っていた。
 そこで受付にいた宿の女将さんに聞いたら、宿の斜向かいにある『ベルグ食堂』ならまだ開いているとのこと。





「うちの旦那の弟が営んでる食堂だから、うちに泊まってると言ったら少し安くしてくれるはずよ。
 そういえば、あなたはここ二~三日の間、姿を見なかったけれど何処に行っていたの?
 何か事件に巻き込まれたんじゃないかって心配していたのよ」

「すいません。 帝都に住んでいる友人の元を訪ねてました。
 ずうっと飲んでは泊まりを繰り返していて、漸くさっき帰って来たばかりだったんですよ」


 うむ。
 我ながらよくビックリするほど嘘がスラスラと口から出てくる。もしかしたら、俺には詐欺の才能があるのかもしれないな。ってそんなわけないか……


「そうなの? それならば良いけれど、外出するときは気をつけるのよ。
 特に夜なんかはここ最近、通り魔が出没してるから出歩くのなら日中だけにしなさいね?」

「ありがとうございます。 ではちょっとそこの食堂で食べてきます。
 その後、用事でギルドに行きますので帰りは夕方になると思いますので」

「分かったわ。
 うちの食堂は夜八時まで開いてるから、それまでに戻って来れば大丈夫だからね」

「ありがとうございます。 では行ってきます」

「はい。 行ってらっしゃい」





 …………ということで早速食堂に行って見たのだが、結果は大当たり!
 カフェというよりバルのような店でつまみ系のメニューが豊富だったけど、ちゃんと腹が膨れるメニューも用意されていたので助かった。

 さっき食べてきたのは分厚いベーコンとトマトと葉野菜が挟まれた具沢山のクラブハウスサンドイッチっぽいものとソーセージの盛り合わせにコーヒー。コーヒーは少し苦味が強かったが、サンドイッチもソーセージも下手な日本の店よりも美味かった。


「さてと、ギルドに行くか……」


 遅くなった朝食を食べて食後のコーヒータイムにモバイル端末の地図アプリで確認したところ、『ギルド』はここから北へ3km離れた場所にあるらしい。そして、ギルドの近くに行政機関の建物が密集しているところを見ると、どうやら官庁街の中にあるようだ。


「3kmか……車は当然ないし、歩きかねぇ?」


 辺りをグルッと見渡してもバスやタクシーのような交通機関があるわけでもないので必然的に徒歩でギルドに向かわねばいけないのだが、3kmもの道程をえっちらおっちら歩いて行くのも現代人にとっては億劫に感じる。


(バイクや自転車も走ってないなあ……)


 目に見える範囲でバイクや自転車さえも走っていないし、停まってもいない。
 やはり文明レベルが近代に相当するとはいえ、乗り物の技術レベルは馬や馬車留まりのようだ。これで自転車の一台でも走っていれば俺も軍用自転車で颯爽と街中を走行したいのだが、誰も乗っていないのであれば乗ることは不可能だ。

 いや、石畳で舗装されているので路面状況的に自転車に乗ること自体は不可能ではないのだが、誰一人として自転車に乗っていないのであれば俺一人が自転車に乗っていたらかなり目立ってしまう。まあそれでも一向に構わないのだが、あの事件の後であるので万が一、俺を目撃していた人物がいたとして、いたずらにその人の目に付くような真似は避けたい。


(まあ、歩くしかないか……っと、ん?)


 さて行くかと思い一歩を踏み出した直後にある光景が目に入ってきた。
 その光景とは俺が宿泊いる宿の前に停まっている馬車で、ちょうど荷台から樽を降ろしているところだ。樽はワインなどのアルコール飲料が入っているのか、かなり大きくて重量感がある。


「今日の配達は葡萄酒を二樽で間違いないかい?」

「ええ、大丈夫だよ。 そのまま食堂へ運んでくれるかい?」

「へーいっ!」

「この後もまだ配達かい?」

「へい。 この後数軒回って最後にギルドの職員食堂に納品したら、今日の仕事は終わりでさあ!」

「あらあら、そうなの。 ご苦労さんだねえ!」

 どうやら酒問屋の配達らしい。
 樽の中身を検めた女将さんの指示で髭もじゃの中年の男性が二人、樽を転がして女将さんと一緒に宿の中へと入って行った。


「ふーん…………」

(少しあの男たちが出て来るまで待って見るか……)



――――10分後



「毎度あり!」

「集金は月末に来るんでよろしくお願いしますね」

「はいよ! ちゃんと用意して待ってるよ」

「では、あっしたちはこれで……」


 荷台に積んでいた樽の固定を確認した男達は御者台に座って馬車を発車させようとしていた。


「すいません。 ちょっとよろしいですか?」

「ん? 何だい、兄ちゃん?」

「ギルドに行きたいのですが、道が分からなくて……よろしければ道を教えていただけませんか?」

「なんだ、兄ちゃんはこの国の人間じゃねえのか?」

「ええ、このあいだ来たばかりでして」

「そうか。 じゃあ分からなくて当然だわな。
 ギルドはな、このデカい道をずうっと北に向かって歩いて行って、『ルーデン橋』っていう橋を渡ったらすぐ側にあるレンガで作られた大きな建物がギルドだ。
 まあ、この街に住んでる人間でギルドの場所が分からない奴はいねえから、適当に道を聞いたら良いぜ」

「そうですか、ありがとうございます」


 もちろん、ギルドの場所が分からないというのは真っ赤な嘘なのだが、ここでは敢えて知らないふりをしている。この後に向こうから掛けられるかも知れない声を期待して彼らに背を向ける。


「兄ちゃん、良かったらギルドまで乗って行くかい?」


 その声を聞いた瞬間、自然と顔がにやけてしまうが、振り向く直前に申し訳なさそうな表情に変えてから彼らに向き直る。


「え? よろしいのですか?」

「ああ。 兄ちゃんは運が良いな。
 ちょうどオレ達はギルドに向かうところなんだ。 
 まあその前に数軒この樽を下ろす作業があるが、それでも良いなら荷台に乗って行けよ」

「ありがとうございます。 では、お言葉に甘えてご一緒させていただきたいと思います」


 笑顔でお礼を言いつつ、さっさと荷台に乗り込む。


「乗ったかい、兄ちゃん?」

「ええ、乗りました」

「よっしゃ! じゃあ、馬車を発進させるから、振り落とされたり倒れないようにしてくれよ」

「はい」


 応えると同時に馬車がゆっくりと動き出す。
 馬車は次第に速度を増していき、人が小走りで進むよりも少し早い速度で街中を進んで行く。


(ほう? こう見ると、ヨーロッパの街並みそのものだな……)


 昨日も同じような思いに至ったが、人間の身長よりも高い位置から街並みを見ると異世界に来たというよりハンガリーか何処かの国に来たのではと錯覚する。建物の殆どには窓ガラスが使われているし、看板の文字が日本語でなければ違和感は殆どない。

 原色の色彩を持つ髪の毛やケモミミが生えた者もチラホラと見えるが、服装は周囲を歩いている人間と比べてもそこまで奇異な服を着ているわけではないので慣れれば普通に思えてくるから不思議なものだ。


(お? あれは冒険者の集団か?)


 しかし、直ぐにヨーロッパ風の街並みとは全然マッチしない集団が目に映る。
 古着のような使い込まれて良い感じにくたびれた服に革や金属を用いた防具と剣や弓で武装した集団、冒険者である。その冒険者らの持つ武器に見慣れたモノが目に入り、俺の瞳孔と瞼が最大限に開く。


(あれは銃……なのか?)


 木製の銃床に黒い銃身、見間違える筈もなく、まごうことなきボルトアクション式のライフルを持った冒険者が集団の中にいた。


(と、取り敢えず確認を! って、急に馬車は止まれないか……)


『気をつけろ! 馬車は急には止まれない!』ではないが、自分から乗せてくれと言った手前、馬車を止めてくれと言える筈もなく、俺を乗せた馬車は冒険者の集団から遠ざかって行く。


(仕方ない。 画像で保存して、後で確認するか……)


 本当はあの冒険者のいるところまで行ってどんな銃なのか確認したいところなのだが、馬車から降りれない以上、デジタルカメラで撮影する他あるまい。ということで、俺はこの世界に持ち込んだデジタル一眼レフカメラをストレージから取り出して直ぐにシャッターを切る。


「おい、兄ちゃん。 一体、何やってるんだ?」

「いえ、何でもないですよ。 お構いなく」

「?」


 俺の行動を訝しんだおっさんの質問をテキトーに受け流しつつ、先程撮った冒険者の画像を確認するとデジタルカメラの液晶画面に映し出されていたのは肉眼で確認したのと同じライフルが映っていた。


(ふうむ。 長いな……)


 まず最初に思ったのは冒険者の持っていたライフルの全長が長いことだった。
 俺の大好きなSVDドラグノフが全長1220mmほどなのだが、このライフルの全長は約1400mm以上はあるだろう。

 外観は日本の火縄銃の銃床を曲銃床に改良し、撃発機構をボルトアクションに変更したような感じで、銃口の下には銃身内部掃除用のクリーニングロッドらしき突起が飛び出しているのが確認できる。恐らく長年に渡って使い込んで来たのだろう。油が染み込み、磨き込まれて黒々としている金属部分は少々角が取れて丸みを帯びているが、木製の銃床はグリップ部分が握りこむ際の摩擦によってツルツルになり、使い込まれて全体的に良い感じになっている。

 さすがにスコープなどの光学照準器は装備されていないが、リヤ・フロント共に大型の金属製サイトが取り付けられており、形状としてはアメリカのモスバーグ社製M590A1 12ゲージショットガンに装備されているゴーストリングサイトを彷彿とさせる形をしており、アイアンサイトでの照準がしやすそうに見える。


(口径は……分からんな。 でも、見た感じだと大口径っぽい?)


 銃身が太いことから恐らく7.62mm以上の口径とは思うが、あのように大型のサイトを設けているのだから命中精度はそれなりに良いと考えたほうがいいのだろう。射程距離は不明だが……

 外観上、前装式の朔杖さくじょうに似たロッドを銃身下部に装備していることから、ぱっと見はマスケット銃やミニエー銃に見えなくもないのだが、薬室後部に大型の装填ハンドルが配置されているところを見ると後装式のスナイドル銃でもなさそうだ。


(まさか薬莢式の弾薬を使用するのか? ……って、ん? 排筴口が見当たらないぞ?)


 上または左右のどちらにも排筴口が無い場合は必然的に下へと空薬莢を排出する必要があるのだが、地球の銃器でも空薬莢を銃本体から下へと排出する機構が備わっているのはイサカ M37やP90、M2重機関銃など一部に限られている。まさかこの世界の銃器の排筴口の位置がデフォルトで下側に向けられているとは考えづらい。

 また、排筴口が無いということは空薬莢を排出する必要がないということだが、現代の一般的な銃器は金属製薬莢を使用するので排筴口の存在は不可欠だ。もちろんドイツのG11などといったケースレス無薬莢弾薬を使用する銃など一部例外はあるが、この世界の銃器がケースレス弾薬を実用化しているとは思えない。


(うーん、紙薬莢を使う銃なのか? それとも火薬の代わりに魔法を使う?
 ダメだ。 この画像だけじゃ判断が難しいわ……)


 一瞬、ボトルネック状の形をした魔法の石に金属の弾頭が合体したライフル弾を想像したが、今ひとつピンと来ない。仮にそうだとしてもこの画像から分かるのは、この世界でも銃が使われているという事実だ。


(この冒険者が実は発明家で尚且つ銃を自作しているというわけではないのならば、このライフルは何処かからか手に入れたということだけど……一体何処からだ?)


 銃砲店や鉄砲鍛治から購入したのか、それとも戦場で死んだ兵士から取り上げたのかは知らないが、この世界で作られた銃があれ一丁だけというわけではないだろう。少なくともこの国の軍隊もアレと同じかそれよりも高性能の銃を持っていると考えるべきだ。


(恐らく短筒や短銃、拳銃なども存在しているに違いない……)


 連射が効くのか、どこまで小型化されているのかは知らないが、剣や弓、魔法以外にも注意すべき問題が発生した。この世界に来る前に銃が存在しているとは聞いていたが、まさかあんなに立派なライフルを冒険者が所持しているとは思わなかった。精々、火縄銃に毛が生えた程度のシロモノだろうと高を括っていただけに、衝撃的な驚きだった。


(救いなのはそこら中に銃が存在していないことかね……)


 幸いなことにすれ違う冒険者や傭兵風のガラが悪い男達、街角に立つ兵士たちの手や腰に銃らしきものが装備されていないことに俺は内心安堵していた。


(価格が高いのか、銃の操作性や威力に信頼性がないのか、それとも規制されているのかは知らないが、撃ち合いになることだけは避けたいなぁ……)


 何故、あの冒険者だけがライフルを持っているのかは分からないが、彼しか持っていないのは相応の理由があるのだろう。でなければセマが言っていたように高価な武器であったとしても、ある程度離れた距離から射撃が出来る便利な銃を装備しない理由がない。まあ、この世界には魔法があるので、もしかしたら魔法のほうが武器として有用なのかもしれないが……


(何れにしても防弾装備や威力と射程距離が長い銃器やミサイルなどの兵器の拡充を図る必要があるか……)


 頭の中に東側の様々な銃器や誘導兵器の名前や型番、使用する際のシチュエーションが浮かんでくる。
 っと、その時だった。
 前方、馬車の進行方向に人垣ができているのが見えた。
 

「何だ、ありゃあ?」

「さあな。 憲兵が何人も立ってるところを見ると、何か事件か?」


 御者台で曳き馬を操る髭もじゃのおっさん達2人が訝しみつつ眺めているが、馬は速度を落としことなく道を進み、直ぐに人垣ができている場所まで到達する。
 すると馬車は徐々に速度を落として最徐行で走行し、停車してしまった。


「よお。 何かあったのか?」

「ああ? ……よお、ザックじゃねえか! なんだ、午後の配達か?」


 御者台に座ってる髭もじゃのおっさんの内、左側に座っているおっさんが近くにいた商人風の格好をした男に声を掛ける。どうやらお互いに顔見知りのようだ。


「まあな。 で、何かあったのか?」

「ああ。 何でも一昨日の夜にここで人殺しが起きたらしいぜ?」

「ほお? 一昨日前ってことはアレだろ? 例の通り魔か?」


『例の通り魔』と言っているということは、ここ最近通り魔が出没しているということなのだろう。この前、剣で女の子を刺し殺した奴といい、異世界は物騒だ。まあ、日本が平和すぎるだけで、地球でも南米などの治安の悪い街では武器の強奪を目的に警官や警察署が襲撃されるという事件も発生しているので、これでもまだマシなのかもしれない。


「らしいぜ? 何でも、憲兵と若い女が犠牲になったらしい」

(ん? 若い女? 憲兵? まさかな……)

「憲兵もか? 今までは若い女やじじいやばばあとかばかりが殺されてたじゃねえか。
 何で憲兵までが死んでんだよ?」

「俺が知るかよ。
 聞いた話じゃあ、現場に駆けつけたときにまだ通り魔がいて返り討ちに遭ったって話だぜ?」

「何だ? じゃあ、何か? 例の通り魔って結構腕が立つってことなのか?」

「まあ、憲兵が殺されてるんだから、そういうことにならあな。
 殺されてた憲兵の死体は相当な状態だったらしいぜ?
 死体は女の分も含めてとっくの昔に運び出されてるから、見てねえけど」

(うーん、死体を見ないと何とも言えないが、もしかしてももしかしなくても、ここがこの前の現場か?)


 あのときは身を守ることと初めて本物の殺意をぶつけられて気が動転していたので周囲をよく見ていなかったが、よくよく思い出してみると確かにの場所だったような気がする……


「かあーっ! ええなあ……そんなんじゃあ、夜は出歩けねえよ」

「ああ、泣く子も黙る鬼の憲兵までもが殺されるとあっちゃあなあ……
 憲兵隊は『仲間の弔い合戦だ!』って言って憲兵を殺した奴を血眼になって探してるし、治安警察軍や警保軍の連中は何故か憲兵隊を敵視してるみたいだしでそこら中、物騒なことになってるぞ?
 一昨日の事件だってのに治安警察軍や憲兵隊に警保軍と入れ替わり立ち替わりで未だに事件があった場所を調べてるんだぜ?
 なんかおかしいよなぁ……」

(ん? 何だ? 仲間の弔い合戦て? 
 っというか俺、憲兵を撃ち殺してしまったのか?
 でもって憲兵隊が俺を探してるのって仲間を殺されたからなの!?)


 冗談じゃない!
 こちらは正当防衛で銃を撃ってあの狂人を倒したのに、何でそれでお尋ね者にならなければいけないのだろう?


「そんなことになってるのかよ?」

「ああ、まだまだこの街に平和は訪れないってこった」

(こりゃあ、不味いな……今までの話を聞いていると、憲兵の皮を被った連続通り魔を倒したのに、射殺した憲兵が被害者で、俺が通り魔になってるぞ)


 何だか連続殺人の真犯人が現職の警察官だったという内容の刑事ドラマのような展開だが、彼らの話を聞くにドラマと違って事件を解決したらそれでお終いとは行かないらしい。それどころか、何で被害者と加害者の立場が入れ替わっているのだろうか?


「おい、そろそろ……」

「ああ、悪い……じゃあ、そろそろ行くわ。 またな」

「おう、またな。 気を付けろよ?」


 俺が内心、頭を抱えていると不意に馬車が動き出す。
 どうやらお喋りは終わったらしい。


(ああっ、もう少し話を聞きたかったのに……!)


 無情にも馬車は動き出す。
 その後、酒樽俺を載せた馬車は数軒の酒場や食堂を巡って酒が入った新しい酒樽を納品し、替わりに空になった酒樽を載せて漸くギルド・シグマ大帝国支部へと到着した。


「ここがギルド支部だ。
 オレ達はここの食堂に最後の酒樽を納品する為に裏へ向かうから、兄ちゃんとはここでお別れだな。
 そこの正面の出入り口が見えるだろう?
 そこ入って直ぐに受け付けがあるから、座ってる職員に用件を言えば案内してくれるぜ」

「乗せていただいてありがとうございました。
 少ないですが、どうぞ受け取って下さい」


 そう言って俺は銀貨10枚を取り出しておっさん二人に渡そうとしたが、二人は笑いながら銀貨の受け取りを断ってきた。

「良いってことよ。 行き先が一緒だったからな。
 客車でもねえのに、そんな金額受け取れねえよ。
 ま、気持ちだけ受け取っておくわ!」


「ガハハハ!」とおっさん二人は笑いながらそそくさと建物の裏へと馬車を移動させて行った。
 てっきり受け取ると思っていた俺は彼らの行動に呆気にとられていたが、気をとりなおしてギルドの建物へと向き直る。


「これは、東京駅……か?」


 煉瓦を積み重ねて建てられた建物の外観は日本の東京駅に瓜二つだった。
 第二次世界大戦で米軍の空襲で焼け落ち、2012年に復元工事が完成した3階建ての東京駅。
 よく見ると窓の数や形状、装飾品など細部に違いがあるが、遠くから見たらそっくりに見えるだろう。


「でもって、ここがギルド……」


 異世界ファンタジーの定番である『冒険者』を取り纏める組織。
 物語によって国だったり、民間の組織だったり、国家以上に発言力がある組織だったりと色々な位置付けにある団体だが、果たしてこの世界のギルドとはどのようなものなのか……


「取り敢えず、入ってみるか……」


 出入り口の扉の右横の壁に『ギルド シグマ大帝国支部』と力強く太い文字で書かれた看板を横目に俺はギルドの扉を開けて中へと入って行った。
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