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取り引き〈1〉

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 レフが滞在しているという宿に着くと、アルザークは先に様子を見てくるからとルファに廊下で待つように言った。

 数分して戻ったアルザークがルファに尋ねた。

「あいつがおまえに幻眼者だと打ち明けたのは本当か?」

「はい……」

 不機嫌な表情で自分を見下ろすアルザークに、ルファはビクビクしながら次の言葉を待っていたのだが。

「あいつの部屋へ案内する」

 小さく息を吐いただけで、アルザークは歩き出した。

 そしてレフの借りている部屋の前で扉をノックして開けた途端、

「わーい! ルっファちゃーんッ。まさかまた会えるなんて! よく来れたねぇ。お兄さんはとっても嬉しいよう!」

 両手を広げ、いまにも抱きついて来そうなレフだったが、アルザークが羽交い締めとまではいかないものの、強く阻む。

「レフさん、どこかへ出かけるところだったんですか?」

 レフの装いと出入り口にまとめられた荷物を見てルファは訊いた。


「ああ。この部屋は今日の夕刻までの契約でね。宿を変えることにしたんだ。これから移ろうとしていたところでね、ちょうどよかったよ行き違いにならなくて。まあでもどうせまた夜に会えたけどね」

「どういう意味だ? さっきはそんなこと言ってなかったろ」

 アルザークの問いにレフはにっこりと笑って言った。

「実は俺も君たちと同じ宿館を借りたから。今夜からよろしくぅ」

 レフはアルザークの身体をかわし、ひょいとルファの両手を取り、ブンブンと強引に握手をしたのだが、その手をぺしっとアルザークが叩いた。

「痛ってーな! も~。握手くらいいだろ!」

「うるさい、離れろ」

「はいはい。で? 俺に話ってなんだいルファちゃん。とりあえず座って話そうか」

 椅子を勧めるレフに従い、ルファとアルザークはテーブルに着いた。

「私、レフさんが話そうとしていた〈不吉な風〉のことが気になっていて」

「ああ、その話ね。そうだねぇ、話の途中で脱線とかしたからねぇ」

「いえ、それは私がちゃんと聞いてなかったから。あの、もっと詳しく知りたいんです」

「いいよ。あれはね、一ヶ月くらい前、仕事で西方のトスカって街に滞在してたときに、おかしな風を視たんだ。風の獣が視えるって話はしたよね。視えると言ってもそんなに頻繁に視るわけじゃないし、彼等も滅多に現れることはない。いつも吹く風はどれも〈風の吐息〉ばかりで、風の中に獣が視えるのは稀だ。でもあのとき現れた風の獣の色は全く違ったんだ。くすんだ灰色で美しくなかった」

「本来の風の獣は書物に描かれているのと同じなんでしょうか。美しい月星の輝きと同じですか?」

「そうだよ。キラキラとね、ルファちゃんの髪色みたいにね。でもそれが急に俺んとこ襲ってきてさ、焦ったのなんのって」

「襲われた? レフさんも?」

「おいっ、この阿呆!」

 自分に向けられたアルザークの鋭い声に驚きながらも、ルファはなぜ阿呆と言われたのかさっぱりわからなかった。

「今の言い方、ルファちゃんも襲われたことがあるってことかな?」

「あ………」

 うっかり出た言葉が、自分が言ってはならないことだったとルファは気付いた。

「君も視たの? 灰色の大きな魚、風の獣を。春の季節風を視たんだね」

 ルファをじっと見つめるレフの薄い緑の瞳。

 その中にある不思議な黒点が、一瞬ゆらりと揺れたような気がした。

(………なぜだろう。目が離せない)

 まるで暗示がかかってしまったように。

───視たの?

 頭の中に飛び込んでくる声に、意識が無になるような感覚に。

 ルファが思わず頷きを返しそうになったそのとき、視界が闇に閉ざされ、大きな手がいきなりルファの両眼を覆った。


「こいつの眼を見るな、ルファ」

「アルザークさん……⁉」

 自分の瞳を塞いだのがアルザークの片手だと判り、ルファは慌てた。

 反射的にそこへ触れようと伸ばしたルファの手が、やんわりと掴まれた。

「こいつは瞳の力で人を惑わす」

「……あのなぁ。変なこと言うなよ、アル」

「変なこと? 本当だろ」

「俺がいつそんなこと……。まったく! 見つめるのもダメなわけ? んじゃあどこ見て話せっつうの!」

「あっ、あの。 アルザークさん」

(く、暗いんですけど。いつまでこんな状態に───)


「ここから先は取り引きだ、レフ」

 いつも以上に低く冷たいアルザークの声に、ルファは緊張した。

「俺たちがこれから話す内容には、天文院にもまだ伝えてない情報がある」

 アルザークの手がそっと離れた。

 ルファの視界が晴れると同時に掴まれていた手も自由になる。

「あの、取り引きってどういうことですか?」

「あー!もうっ。ルファちゃんの前でそういうこと言うなよな。なんかすっげえ悪い事してる気分」

「取り引きも仕事のうちとかおまえよく言うくせに」

「そ、それは……」

 くしゃくしゃ!  と、レフは息を吐きながら自分の頭を掻いた。

「わかったよ。でもホントに俺は惑わすような視線なんぞ送ってないからな!ねっ、ルファちゃん!」

「は、はぁ……」

 返事はあったものの、なんだかあまりこちらを見ようとしないルファにレフは口を尖らせた。

「ひどいや、ルファちゃんまで信じてくれないのぉ?」

「あ、いえあのっ。私も灰色の風の獣を視たのは本当です。でもこれはアルザークさんが言ったように、まだ天文院にも報告してない事なので」

「わかったよ、秘密だね。約束する。指切りしよっか!」

 レフはルファの目の前に小指を出したのだが、アルザークがその小指をつまんで力いっぱい捻った。

「イテテッ。も~っ」

 フーフーと小指に息を吹きかけるレフを冷ややかに見つめながら、アルザークは言った。

「ルファから不吉な風とやらの情報が聞きたいなら、おまえが知るシュカの葉の情報をよこせ。俺にも妖魔に関する情報がある。妖魔絡みの件に奔走しているおまえにとっては良い情報となるはずだ」

「ふーん。じゃあさ、なんで麻薬草の情報なんて集めてるのか俺に教えてくれるわけ?」

「ああ。それぞれの情報は根となるところで繋がってる気がするんでな」

「そういうことなら取り引きしてやるよ」


 ルファは彷徨いの森で迷子になり、そこで不思議な双子の子供と出逢ったことを話した。

 星の泉とそこに現れた灰色の魚、風の獣のことも。

 そして春の季節風であるその風がどうやら『狩られた風』のようだとラアナが言っていたことをレフに告げた。


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