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幼馴染み〈2〉

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 ♢♢♢


 アルザークとレフが向かった先は街の酒場だった。

 彷徨いの森が現れるという噂のせいか、広い店内に客は多くなかった。


「しかしアレだな。眠り夜空って俺は初めて見るけどさ、なんか不気味だな。やっぱりエナシスの天空はどこから眺めてもパーッと! 満天の星空が広がってないとね。───ほら、久しぶりなんだ飲めよ、アル」


「強い酒頼みやがって。いったいなんの用だ。俺に会いたいとはよく言う。腹黒め」


 運ばれた料理を口に運びながら言うアルザークに、レフは笑った。


「会いたいなぁと思ってたのは本当だぜ。あれからお互い移動も多かったしさ、今夜は飲み明かそうぜ」


 レフは空になった自分のグラスに酒を注いだ。


「飲み明かすのはやめておく。一応、護衛職だ。二十四時間勤務なんでな」


「えー。そんなに心配しなくたって、あの子が夜に黙って出かけるとは思えないけど。そうでもないの?意外と夜遊び好き? 」


 答えないアルザークを面白がるようにレフは見つめた。


「そんなことしないでしょ。しかしさぁ、星護りってみんな過保護だねぇ。星読みのことになると。なんで?」


「さあな」


「相変わらず口数少なすぎるっ。女子にモテないぞ! でもいいなぁ、あんなかわゆい子と毎日一緒なんてさぁ。むさ苦しい上司にこき使われる毎日な俺とはえらい違いだ」


  レフはその後も「いいなぁ、羨ましい」を連呼し、日々の職務の愚痴を言い続けた。


「なあ、レフ。おまえ俺に聞きたいことでもあるんだろ。ふざけてないで言えよ。星護りの仕事は軍とは一線引いてる職務だ。旧友のよしみで相談にのってやらなくもない」


 アルザークの言葉にレフは少し思案しているようだったが、やがてニヤリと笑った。


「やっぱアルを訪ねてよかったな。実はな、いま俺が探してる奴の尻尾がどうにも捕まらなくてな」


「人探し? なんだっておまえがそんなこと」


「うん、まあ極秘だからここから先は言えんが、特徴だけ教えとくわ。見かけたら連絡な……と言ってもなぁ。そいつ、外見は生粋のエナシスっ子だからさ。茶色の髪と目で歳は二十前後で。そんなのこの国じゃウヨウヨいるだろ。だから見つからないんだな、きっと」


「名前は?」


「愛称しか判ってない。セス、って呼び名だ。これもありふれてる。でさ、あの星読みちゃん、彼氏とかいるの?」


「なんだ、その話の流れは」


 呆れるアルザークにレフはニヤけ顔で言った。


「別に聞いたっていいだろ」


「知るか。それにあれはまだ子供だ。おまえ年増が趣味じゃなかったのか?」


「ん~、お姉さんなのも好きだけど、ああいう庇護欲そそられんのもいいなぁとね。でも星読みには恐~いお兄さんが四六時中見張ってるから無理かぁ」


 あははと笑ったレフに、アルザークの冷めた視線が刺さる。


「なに怒ってんのさ。ま、おまえがそんな顔してんのはいつものことか。でもあんまり怖がらせんなよ、星読みちゃん」


 ふふふとレフはまた笑い、アルザークのグラスに酒を注いだ。


「レフ、俺も一つ聞いていいか?」


 アルザークが尋ねた。


「麻薬草でもあるシュカの葉、知ってるだろ。あれは今でもエナシスで裏取引されてるのか?」


「シュカねぇ。最近は聞かねーぞ。検問も厳しくなってるし。第一あの草は育てるのも大変だ。その分高値で売れるが。なんかあったか?」


「極秘。そっちと同じだ。これ以上は話さない。何か情報が入ったらお互い連絡し合うってことでいいだろ」


「ああ、そうだな。よし! 仕事絡みの話はこのへんにしとくか。あーあ、早く任務終わらせて休暇でも取りてーな」


「俺は早く北に戻りたい」


「げ。よせよ、死神が戻ってみろ。せっかく停戦になってるとこがまた火の海になる。それにあんなとこつまんねーだろ。何にもねぇとこじゃん」


「何もないからいいんだよ」


 アルザークは酒を呷って呟いた。


「俺はあんな場所しか知らない。戦場いくさばしか知らないからな」


 だからいいのだと、アルザークはぼんやり思った。


 あそこが自分に一番合うような気がする。

 落ち着くようにも思う。

 何もないわけでもない。荒野と冷たい風。それから……。


「冬は雪原が綺麗だ」


「そういや北は星空も格別だよな」


 思い出すような遠い目をしてレフが言った。


「虹のとばりとか。たまに見えたりするだろ。あれは美しいよな」


「ああ」


 虹の帳。


 ────「………お、お、ろ、ら。とも言うんだよ」

 懐かしい声を思い出し、幼かった頃の情景がアルザークの胸に甦る。


 おおろら。


 発音の難しい異国の古い言葉を教えてくれた人。

 そういえば彼は、夜空のことをよく知っていた。

 好きなのだと言っていた。

 星空が。

 天の輝きが。


「なあ、レフ」


 夜空の星々に願いや祈りを捧げるこの国、エナシスで。


「俺たちこの国で……」

「んあ? ほらぁもっと飲めー、アルぅ……」


 酔いのまわったレフにアルザークは苦笑して言いかけた台詞を呑み込み、心の中で問う。


 この国で生き続けて。

 俺は変わったろうか。───あの頃と。

 この先も、これからも。

 変わっていくのだろうか。


「なんだぁ?なんか言ったか?」

「なんでもない。ほら、レフ。空になったぞ。もう一瓶頼むか、酒」

「え~っ。こぉんな強いの、一瓶で充分だろがぁ」

「なんだ。誘ってきたのはそっちだろ」

「だってよぅ」


 ────底なしめ。

 もう一度、今度は別の懐かしい声を思い出す。

 酒が飲める歳になって、初めて養父と酌み交わしたときに言われた言葉。

 ───誉め言葉だぞ、一応な。

 くしゃりと顔を歪ませて、あいつは笑って言った。

 北ではなく、この仕事が一段落したら家に帰ってみてやるかと。

 アルザークはほろ酔いになりながら、ぼんやりとそんなことを思った。


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