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第七話〈好きな色⓶〉

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「今夜もお仕事ですか?」


 食事を終え、後片付けをしながら尋ねるナウラに、俺は答えた。


「ああ、今夜のうちに一つ仕上げておきたくてな。先に寝てていいぞ」


「……はい、おやすみなさい」


「おやすみ」


 ナウラのはにかむ笑顔に、俺はほんわかとした気持ちで作業場に入った。


 ♢♢♢

 もう……眠っただろうか。

 作業の手を休めたとき、ふとナウラの顔が浮かんだ。

 最近は忙しくて、同じ時間に寝所へ入っていない。

 同じ時間に寝たからといっても、布団を並べて朝まで眠るだけだが。

 ───まだ、そう決めている。

 だから気にしても仕方ない。

 ───気にするって。

 何をこんなに気にすることがあるんだろう。

 心が葛藤し始めるのは、とても面倒くさいことなので。

 軽く息を吐きながら、俺は気分転換に外へ出た。

 星が瞬く夏の夜空を見上げながら、今日のあれこれを思い出す。

 弟のところの山羊に仔が産まれそうなこと。

 友人に川へ釣りに誘われたこと。

 パミナが布を持って来たこと。

 ナウラが兄貴のところから、今日もまたいろいろ貰ってきたこと。

 ────そうだ、なんか礼を考えないとな。

 パミナも家へ遊びに来いとうるさかったし。

 布も貰ってるし。

 三日後にはまた、ナウラは兄の家へ行く予定だった。

 兄貴の家にはそれまでに何か用意しておくか。

 考えること数分。

 良い案が一つ思いついたことにホッとして、俺は仕事場へ戻り残りの作業に集中した。


 今夜これを作り終えておけば明日から夜の作業は減らせる。

 もっと話もできるし、いろいろ聞いてやることもできるだろう。

 明日、あの場所へ連れて行ったら、ナウラはどんな顔をするだろうか。

 冗談の一つも言えない、つまらない俺だけれど。

 今日よりもっと、あの子が笑ってくれるといい。

 俺はそんなことを想いながら作業に没頭していった。


 ♢♢♢


 夜半にようやく作業を終え、俺は母屋へ戻った。

 寝着に着替え寝所へ向かうと、燭台の灯りがいつもより明るく部屋から漏れているのが判り、俺は驚いて足を止めた。


 ……まさか、起きてる?

 部屋を覗くと、布団の上ではなく部屋の隅っこに座り、壁に寄りかかりながら目を閉じているナウラがいた。


「おい、ナウラ?」

 どうしたというのだろう。

 気分でも悪いのだろうか。

 こんなことは初めてなので、俺はどう対処していいのか判らなかった。

「ナウラ」

 そっと肩を揺すると、ナウラの瞳がゆっくりと開いて、俺に向いた。


 ぼんやりとした表情で、藍色の瞳が瞬く。


「……おか、ぇんなさい、アクバルトさん……」


 ナウラはゴシゴシと両目を擦りながら言った。


「どうした、具合でも悪いのか?」


「……ほぇ……?」


「寝ぼけたのか?……ダメだろ、こんなとこでそんな寝方したら。布団へ入って早く寝なさい」


「……ぇ、と。………私、聞きたいことがあって……」


「聞きたいこと? 俺に?」


 ナウラはうんうん、と頷いた。


「なんだい?」


「アクバルトさんの………好きな色は………何色ですか?」


「えッ。そんなこと聞くために起きてたのか?」


「ぇ、あ……それもあるけど、やっぱり私が先に眠るのは悪いと思って。……だって、アクバルトさんが……まだお仕事してるのに。……嫁としては……なんだか……申し訳ない気持ちに……なって……しまいま、す……」


「いや、ナウラ、おまえさ……」


 言ってるわりにはものすごく眠そうで、こっくりウトウトしてるように見えるの、俺の気のせいか?


「とにかくもう布団へ入れ。質問には答えるから」


「………ふぁい……」


 ナウラはぼ~っとしながらのろのろと自分の布団へ入った。


 それを見届けてから、俺も自分の布団へ入った。


「……………アクバルトさん……」


「ん?」


 少しして、ナウラが言った。


「怒ってますか?」


 薄い掛布を鼻先まで隠した顔で、ナウラはこちらを見ていた。


「べつに怒ってないよ」

「じゃあ教えてくれますか?アクバルトさんの好きな色」

 色、か……。

 薄暗い真上を見つめながら俺は考えた。

「そうだなぁ。翠とか好きだな」


「翠……。私も………ミドリは好きです」


「そうか。………そうだ、ナウラ。明日は朝から出かけるぞ」


 返事がないので、俺は真上に向けていた身体を動かし、隣りのナウラへと静かに向きを変えた。


「なんだ、寝たのか」


 ナウラは既に夢の中だった。


 鼻まで掛かった薄布が、なんだか苦しそうに見えて。

 俺はそっと手を伸ばし、掛布を避けてやった。


 あどけない寝顔があらわになる。


 ───ナウラ。………好きな色はほかにもあるよ。


 心の中で俺は語りかけた。


 陽が沈み、夜の暗闇が空を覆いはじめて、天がゆっくりと紫から紺青の色へ変化するときの空の色。


 美しい藍色。


 そして夜の終わり、ゆっくりと闇が薄らいでいくときの瑠璃色。


 ふたつとも、ナウラの瞳と同じ色だ。


 以前はそんなこと思ったこともなかったが、最近はとても綺麗だと思う色だ。

 いつまでも、眺めていたいと思う色になった。


「………おやすみ、ナウラ」


 早く夜が明ければいい。


 君がはにかむ朝が早く来ればいいなと。


 そんなことを想いながら妻の寝顔を見ているうちに、


 自分の瞼もかなり重くなり……。


 いつの間にか眠りの中に、俺の意識は深く沈んでいった。


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