上 下
6 / 16

第六話〈好きな色①〉

しおりを挟む

 ♢♢♢


「今夜もお仕事ですか?」


 食事を終え、後片付けをしながら私はアクバルトさんに尋ねた。


「ああ、今夜のうちに一つ仕上げておきたくてな。先に寝てていいぞ」


「……はい、おやすみなさい」


「おやすみ」


 母屋から仕事場へ向かうアクバルトさんを私は見送った。


 最近の旦那様はとても忙しそうだ。


 東の街から装飾品の注文がいくつか入っていて、納期も近いらしい。


 昨夜も遅くまで作業をしていたように思う。


 あまり寝てないんじゃないかな。


 夕飯に葡萄酒なんて出しちゃったけど、眠くなったりしないかな。


 手元が狂って失敗とか……。


 大丈夫かな。


 などと考えながらも、一方では、


 ────大丈夫。


 アクバルトさんはしっかりしてる大人だもん。


 夜遅くまでの作業はこれが初めてでもないんだから。


 そう思ったりもする。


 私がいろいろ心配しても、手伝えるわけでもないし。


 アクバルトさんの仕事が終わるまで、起きて待っていようかと思ったこともあったが。


 寝支度を済ませると、あくびばかりで私の瞼はいつもすぐに重くなる。


 そして布団に入ると、あっという間に眠気が襲う。


 目を閉じてしまうと身体は鳥の羽が付いたみたいに軽くなって、あっという間に眠りの中だ。


 微睡まどろみながらホッと息をつく。

 この瞬間がとても好きだったりする。


 ゆっくりと今日一日を振り返りながら。


 反省しながら。


 疲れや緊張感というものがこの瞬間にようやく溶けて、身体が楽になっていくのだ。


 そして思う。


 やっぱりまだ私、慣れてないのかな。


 ここでの生活に。


 アクバルトさんにも……。


 まだたくさん緊張するし。


 でも。


 アクバルトさんは優しい。


 旦那様が優しい人でよかったと心から思う。


 そういえば、お義姉さんからもたくさん布をもらった。


 何かお礼がしたいな。

 まだ慣れないけど、緊張するけど。


 皆親切で優しくて。


 私はここでの生活が、少しずつ好きになっている。


 今日はアクバルトさんの好きな食べ物の味が発見できて良かった。


 まだすぐには作れないけれど。


 美味しいものをたくさん作れるようになりたいな。


 あとは……


 今日、兄嫁さまに見せてもらった糸の束、綺麗だったなぁ。


 色がとてもたくさんあって。


 私の好きな翠色もあった。


 薄い朱色も綺麗だった。


 織る作業も好きだけど、たくさんの色糸を使う刺繍も好きになってきた。


 三日後にはまた兄嫁さまの家へ刺繍を習いに行く予定だ。


 アクバルトさんは何色が好きだろう。


 ふと思った。


 聞いてみたいな、とも思った。


 また明日。でもやっぱり……。


 今日がいいな。



 なぜかそう思った。


 もっと話がしたかった。


 それに。


 旦那様より早く寝てしまうことはよくないように思う。


 実家の養母も養父より早く寝てしまうなんてことはなかった。


 先に寝なさいと言うアクバルトさんの気遣いに、ついつい私も眠くて甘えてしまっていたけれど。


 こんなことじゃ、ダメだよね……?


 一応、奥さんなんだから。


 でも起きていたら、怒られるかな。


 でもその前にアクバルトさんが戻るまで、私が起きていられるのかが問題かも。


 しばらく悶々としていたのだが、少し眠気も覚めてきて私は横たえた身体を起こした。


 身体を起こしていれば眠くならないはず。



 アクバルトさんの……好きな色はなんですか?


 ……なんだろう。



 青? 赤? 黄色?



 それとも……?



 考え始めると、なんだかドキドキ、わくわくする。


 弾むような気持ちになりながら、私はアクバルトさんを待つことにした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

その日がくるまでは

キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。 私は彼の事が好き。 今だけでいい。 彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。 この想いを余す事なく伝えたい。 いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。 わたしは、彼に想いを伝え続ける。 故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。 ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。 確実に訪れる、別れのその日がくるまで。 完全ご都合、ノーリアリティです。 誤字脱字、お許しくださいませ。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】冷徹な旦那様に溺愛されるまで

アリエール
恋愛
冷徹な旦那・アルベルトに仕えるエリザは、彼の冷たい態度に苦しみながらも、次第に彼への想いを深めていく。そんな彼女に、優しく温かいユリウスが現れ、心が揺れ動く日々が続く。エリザは、二人の間で揺れながらも選択を迫られ、ついにアルベルトとの関係を選ぶことを決意する。冷徹な旦那が少しずつデレていき、エリザとの絆が深まる中、二人の未来はどう変わるのか。愛と信頼の中で織り成す、切なくも温かい物語。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

大好きな旦那様が愛人を連れて帰還したので離縁を願い出ました

昼から山猫
恋愛
戦地に赴いていた侯爵令息の夫・ロウエルが、討伐成功の凱旋と共に“恩人の娘”を実質的な愛人として連れて帰ってきた。彼女の手当てが大事だからと、わたしの存在など空気同然。だが、見て見ぬふりをするのももう終わり。愛していたからこそ尽くしたけれど、報われないのなら仕方ない。では早速、離縁手続きをお願いしましょうか。

処理中です...